「マネジメントがうまくいっている」とは、目標に向かってプロセスが着実に進んでいて、現場には混乱がなく、例外にも対処できる秩序がある状態を指す。そういった現状のやり方そのものが合っているかどうかを見極め、導いていく「変革」が、リーダーシップのキーワードになる。リーダーシップは、会社のドメインを大きく変えたり、新たな絵に向かって人々を巻き込んで、望ましい変革を実現したりするのには欠かせないため、リーダーシップ育成と組織開発(leadership and organization development)は非常に相性のいい概念だと言える。経営者たちから聞いた数々の声を元に、金井氏がリーダーシップ開発の育み方について語った。
リーダーシップは、一日や二日の研修で、突然身に付くものではない。自分が直接にリーダーシップを発揮する経験と、その際に自分の上位にいるリーダーの薫陶を受けながら、身につけていく。リーダーを育む上で、自分の経験、鍛えてくれた上位のリーダー、研修のウェイトは、それぞれ70、20、10だ。経験が圧倒的に大事だが、リーダー候補に対する上位のリーダーの薫陶は、研修の倍のインパクトがある。この薫陶に連鎖があるという意味合いは、社長が役員を、役員が部長を、部長が課長を育成していくことで、「リーダーを育むリーダー(リーダー・ディベロッピング・リーダー)」になっていく連鎖が大事だと金井氏は言う。この連鎖はリーダーシップ・パイプラインと呼ばれるが、その中には、会社全体の大きな事業の方向付けや戦略、ポリシーなどを、階層間、世代間で伝えていくことも含まれる。また、連鎖が組織の階層の上になるにつれ、絵を描くという側面のリーダー行動は、経営戦略の策定に近くなる。絵に描いた餅にはせず、その絵を実現することで、変革リーダーには、組織開発を活用する力が世代から世代へ伝導されるようになる。このように金井氏は問題設定する。そのうえで、軸としてのリーダーシップ持論も世代間で語り継ぐべきだともいう。
「この(世代継承の)リーダーシップ・エンジンを回し続けるには、軸が必要です。リーダーシップのキーワードは『変革』ですが、ブレることのないよう、同時に貫くものが不可欠です。不動点があるからこそ、変わることができるのですね。その軸として重要なのが、リーダーシップ論を持つことです。リーダーシップの理論を学ぶだけではありません。それぞれが自分自身の持論を持つことが大事です」
リーダー職の経験がないからといって、敬遠する必要はないと金井氏は言う。例えば、「学生時代に体育祭でイニシアチブをとった」「あるプロジェクトで自分なりの絵を描いた」といった身近な体験の中にも、リーダーシップは存在するからだ。まずは、過去にどこかで行った、自分自身のリーダーシップを振り返ってみることから始めればいいのだ。
次に金井氏は、リーダーシップ持論づくりの参考になる経営者たちのエピソードを紹介していった。まずは、ヤマト運輸の創業者である小倉昌男氏が取り上げられた。
「『小倉昌男経営学』はよく読まれている本で、リーダーシップの持論が10ヵ条書かれています。ところが、小倉さんの後継者の方々に聞いてみると、ご本人は全部できていたわけではなかったそうです。たとえば、10ヵ条の中に〈明るい性格〉がありますが、『小倉さんは論理的思考タイプで、明るい人でなかった。周囲を見ながら自分に不足していると感じ、努力目標として書いたのかもしれません』と小倉さんの近くでリーダーシップをシェアしていた都築幹彦さんは、よくおっしゃっていました」
自分なりのリーダーシップ持論を書くにあたっては、自分が実行できていなかったり、不完全だったりする面を掲げても構わない。箇条書きに一通りまとめた後、しっくりこない部分は修正、加筆する。箇条書きは、覚えてしまうぐらいにするのが理想だという。
「箇条書きにした時、各項目の抽象度がバラついていても構いません。例えば、小倉さんの10ヵ条の中にある〈時代の風を読む〉〈戦略的思考〉は、必ずしも具体的ではありません。〈身銭を切ること〉とは抽象度のレベルが違います。また、〈行政に頼らぬ自立の精神〉〈政治家に頼るな、自助努力あるのみ〉という似た内容を、分けて書いてある項目もあります。行政に頼らないといいつつ、政治家を通じて、行政に影響を与えようとする人もいるが、ヤマト運輸でリーダーになる人は、この両方ともやならいという決意です。ここに、小倉さんが宅急便の事業を開始する時のご苦労と、強固な意志が表れていることは言うまでもありません。言葉の背景にある深い意味が伝わってくるように感じます」
長年にわたりGEのCEOを務めたジャック・ウェルチが作った持論は、子供でも覚えられるような短い単語だ。一つ目は、リーダー自身が元気でなければならないという〈Energy〉。二つ目は、自分が元気なだけではなく、周りも元気づけようという〈Energize〉。三つ目は、人にも事業にも厳しい決定を下すという意味である〈Edge〉。全て「E」で始まっていることもあり、一度耳にすれば記憶に残りやすい。また、例えば与えられた指示が三つのどれに該当しているのか、現場においてピンときやすい作用も併せ持つ。
「最初は三つだけだったのですが、一旦取り組んでも『このあたりでいいかな』と途中で諦める人が見られたため、言った限りは最後までとことんやり抜くことを示そうと〈Execute〉が足されました。ビジネスリーダーには『絶対にこの事業を立ち上げるんだ』という強い気持ちが特に求められますから、ぜひその意味に注目してほしい言葉です」
〈Execute〉は、LIXILグループの執行役副社長である、八木洋介氏がリーダーシップ持論に挙げている〈絶対に逃げない〉と表現こそ違え、似ていると金井氏は語る。「八木さんが掲げた〈絶対に逃げない〉という言葉は、自分の18、19歳の時の原体験から生まれたものだそうです。広い世界を見たいと思ってノルウェーの寒村まで旅して何気なく歩いていた時に目に飛び込んできたのが、よろず屋の陳列棚で売られているタミヤの模型。そのときに、こう気付いたそうです。『日本からここまで使命感を持ってタミヤの模型を持ち込んだ人がいる。しかし、自分はと言えば、目的もなくやってきている。このまま大学には行きたくないなどというのは逃避行ではないか』と。八木さんにとって『今後、自分はもう逃げない』という決意が生まれた体験だったのです」
ペプシコ・ワールドワイド・フーズ社のCEOであるロジャー・エンリコは、ペプシコの歴史の中でも名経営者の一人だという。金井氏は、同社の人材開発センター長へのインタビュー内容に触れた。
「ロジャー・エンリコさんがCEOになった時、彼にリーダーシップ研修の実施にあたって理論を教える必要性を訴えたそうです。すると、学者を招くのは反対だという反応。そこで『ご自分のリーダーシップの考えを披露してはどうでしょうか』と持ちかけてみると、『自分にそんなものはない』との返事。しかし、この人材開発センター長は、エンリコさんが素晴らしいリーダーシップを発揮していると感じていました。ただ、ご本人が言語化されていないだけだと。そこで、『過去の経験から得た考え、薫陶を受けた方の教訓などをインタビューさせてください。そこからリーダーシップ論を引き出しますから、それを研修で語ってください』と提案。そうして出来上がったのがロジャー・エンリコの持論なのです」
このエピソードは、リーダーシップに関する自分の考えがないという上司に対しては、これまでの経験をたずねればいいことを示唆している。言語化された持論がなくても、経験談の中から抽出できるものなのだ。言語化した上で上司に確認すれば、新たなヒントを得られる可能性もある。
「ロジャー・エンリコのリーダーシップ持論の一つ目は〈異なる観点から思考せよ〉です。開発一筋の人が開発のスターとして頭角を現してナンバーツーに登用されるまでには、生産面、販売やマーケティングの面、経営戦略という側面などもキャリアを積むなかで経験することを通じて、異なる複数の観点による思考の重要性に気づくことでしょう。そうでないとゼネラル・マネジャーにもなれません。。二つ目は〈リーダーとしての視点をもて〉。リーダー職に就いていない場合でも、リーダーシップを発揮すべき時はあるものです。日頃からリーダーらしい視点を意識すべきだということです。三つ目は〈アイデアは社内外の現場で試せ〉。自分がくぐってきた現場との照合性は確信できたとしても、それ以外の場において正しいかどうかを実際に試す必要を示しています。四つ目は〈実際にものにする〉。これは、パッと通じるような言語化、ビジョンにまとめ上げろという意味です。エンリコがCEOのときに人材育成の責任者だったポール・ラッセル氏に、直接、取材して聞かせてもらいました」
金井氏が経営者にインタビューする際に必ず聞くようにしているのは「一皮むけた仕事経験とは?」という質問だという。「ハウス食品の社長時代の小瀬さんにインタビューした時のこと。一皮むけた経験を三つ、四つ語られたのです。その中には教訓がいくつか見られました。そこで、『これはリーダーシップ持論ではありませんか』と言い換えてお伝えしてみると、薄々分かっていたことが言語化されたと喜んでくださいました。それは、〈コミュニケーションを大切にする〉〈謙虚さを持つ〉です。これらは、トップだけが盛り上がって現場は逆だったり、現場は盛り上がっているのにトップにまで伝わっていなかったりという経験談から導き出されたものです。小瀬さんの7ヵ条の残り五つのうち、〈温度差をなくす〉は、熱いものはできる限り熱いまま伝導させる大切さをうたっています。〈10のことは10正しく伝える〉は、ポイントだけで周囲に伝わると思い込む経営者の傾向への警鐘。そのほかに、〈明日への仕掛けや仕込みをつくる〉〈クイックレスポンスでいく〉〈心と頭と体をバランスさせる、そして良心を持つ〉があります」
タマノイ酢の播野社長へのインタビューで聞いた、リーダーシップ持論に関する最初の項目は〈自分と向き合う〉だったという。どれだけ忙しくても、内省して自分に向き合う時間がリーダーには重要だという謙虚なスタンスは、この後に続く持論にも表れている。
「二つ目は、〈僕(しもべ)となって働く〉。上に立つ者は、部下を支えなければならないので、僕(しもべ)となって働くぐらいの気持ちを持つべきだとおっしゃるのです。三つ目は、〈答えは全部現場にある〉。上の立場にいても、重要な決断を下す際のヒントや答えは現場にあるという意味です。四つ目は〈受け入れる〉。現場に足を運んだり、ヒアリングの場に出たりすると、さまざまな意見が耳に入りアイデアに結びつく可能性もあるので、軽視してはならないという考えです。五つ目は〈放り出す〉。育成を考えた際に、『本当に大丈夫なのか』『一度試してから』と、受け入れないケースもあるということです」
自分の仕事そのものを通じての「経験」による学びは貴重である。しかし、どうしても経験には限界があるため「薫陶」による気づきは欠かせない。とはいっても、直接人を介した場は範囲が狭い。従って、トレーニングの場として設けられる「研修」の場で、一皮むけた経験の振り返り、また、経験からの教訓の言語化、薫陶を受け上位者から学んだことの言語化、もしもその上位者がリーダーシップの持論を話題にしていたら、それらを総動員して、活用しない手はないと、金井氏は強調した。
「経営者が執筆した本は、リーダーシップ持論の素材の宝庫です。持論づくりの参考になるでしょう。もちろん、本を読むだけでは不充分です。本を通じて自分の経験や上司の薫陶を振り返りながら、リーダーシップ論を考えてみる。一度読み終えた本でも、そういった視点を持って読み返すと新たな気づきが見つかり、実践にもつなげやすくなります」