企業の業績を左右する組織文化。いざ変革しようとしても、見えないものだけにどうとらえればいいかと戸惑う企業は多い。しかし、株式会社ジェック取締役の越膳哲哉氏は「業績向上を後押しするのが組織文化であり、必ず見える化はできる」と断言する。見えない組織文化をどう明らかにし、社員に自覚させ、どう変革へと導くのか――。講演では、その具体的な手法を紹介した。
株式会社ジェックは「需要創造型経営への変革支援」を使命に、企業へのコンサルティング、研修・トレーニング事業を展開。同社の企業理念は「行動理論(≒固定観念)の改革と集団性格(≒組織文化)の革新で企業の発展を図る」。これまでに企業約2万社(うち一部上場400社)を支援、のべ受講者は245万人もの数に上る。1972年から自社で定期ビジネス誌『KODOJIN』を発行するなど、独自に開発してきた企業支援ノウハウを誇っている。
越膳氏はまず、企業の実態と比較するために必要な「好ましい組織文化」とは何かを考えてほしいと語った。「米国の心理学者E.H.シャイン氏は組織文化をこう定義しています。『組織が当然の前提として無意識にもっている価値である“基本的仮定”を、組織文化とは何かという問題すなわち組織文化の本質としてとらえた』。要するに、組織文化は“その組織に根付いている価値観”です」
次に越膳氏は、参加者に四つの問題を示した。「次を読んで、“当たり前”か“おかしい”かを判断してみてください。『拾った財布にあったお金で買い物をした』『夜10時に自宅から徒歩5分のコンビニに買い物に行った』『出張先のホテルで蛇口から水が出なかった』『フロントに何度も電話したが相手が出なかった』。皆さんの判断は、ほぼ一致しますね。なぜかというと暗黙の価値観があるからです。しかし、海外の人が答えれば同じになるとは限りません」
越膳氏は、組織文化とはその組織に所属する大多数の人が「何を当たり前と考え」「どんな行動パターンができあがっているか」「どのようなモノが生み出されているか」によって、生み出される「らしさ」のことと語る。「そのため、見える化しようと思えば、社内にどんな当たり前が根付いているか、どんな行動パターンが普通かを拾う作業になります」
組織文化を考える前に確認すべきこと、それは企業の使命だ。越膳氏はその本質を「顧客に対するお役立ち」と語る。「多くの企業の理念に“社会貢献”という言葉が出てきます。社会や顧客に役立たった結果が利益であり、利益は企業存続の条件であって目的ではないのです。ドラッカーも『企業とは何か。それを決めるのは企業自体ではなく顧客である』と言っています」
そこから同社では「企業にとって好ましい組織文化」について仮説を立てた。「それは、市場へのお役立ちに向かって結束してチャレンジし、新たな価値を創造し続けることができる文化です。すなわち、お役立ち道の文化。これを特定する価値観には『挑戦』『協調』『貢献』があります。この三つが強力なら企業にとって望ましい文化がつくれるはずです」
仮説検証のため、同社では慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の高野研究室と共同でアンケートを実施。さまざまな業種で働く人に対し、インターネット経由2689名、直接アンケート630名の声を集め、そこから興味深いデータを得た。
「組織文化と業績状況に対する認識には正の相関がありました。また、組織文化の4軸『協調』『挑戦』『貢献』『共通基盤』の間にも正の相関がありました」
次に越膳氏は、別の五つの問題を示した。「以下を読んで、“普通”か“おかしい”かを判断してみてください。『お客さまに電話するときに、偽名を使う』『会議参加で事前に資料を熟読するのは難しいため、当日に初めて目を通す』『果敢に挑戦して失敗した人が、規定どおり動いてノーミスの人よりも高い評価を得る』『規律を守っていなくても、業績成果を出していれば高く評価される』『上層部決定の方針に対し、異なる意見を面と向かって発言する』。先ほどと違って、今回はバラつきがありますね。なぜそうなるかというと、組織や仕事の現場に下りた設問だからです」
続いて、同社が行う組織変革に向けた方策について解説する。その中心となるのは、企業の状況を社員が判断し答える設問アンケートだ。実際のアンケートは89もの設問があり、社員が当てはまるかどうかを4段階で答える。データが集まると、さまざまな角度から検証。例えば同じ回答を「入社歴・階層別」「所属グループ」などでまとめ直し、項目ごとのバラつきを見る。すると「このチームは挑戦の価値観が他のチームより高い」などの特徴が見えてくる。そこから、原因を探るために特徴的な設問を分析。すると「この職場では仕事の前例が優先される⇒No、業務量が多く、日々プレッシャーが強い状況でストレスが大きい職場である⇒No、報酬のレベルには満足している⇒Yes」と傾向が見えてくる。
また他には、点数の高い項目と低い項目のベスト10を比較してみる。そして特徴的な傾向については文章化を行う。以下のような内容だ。
ここから仮説を立て、精度を上げるために個別社員へのフェース・トゥ・フェースのインタビューを行っていく。そして全体を整理し、解析レポートを作成。その内容は以下のようなものだ。
全体とやや異質なサブカルチャー(一匹狼型文化:挑戦の価値観が他の価値観より相対的に高い)が形成されています。その要因は以下のようなことが候補として挙げられます。
完成したレポートは企業に提出され、そこから社内で問題解決会議が開かれる。企業は自ら検証する場を設け、同社がその会議に出席し、変革作業をサポートする。「レポートは社員アンケートから作られたものですから、まさに自分たちの真の姿を目の当たりにすることになります。そのインパクトが本気にさせるのです」
ここで越膳氏は、最近の事例を紹介する。あるエネルギー関連会社で180名ほどの課からコンサルティングの依頼があった。5月に診断、6月にフィードバックを兼ねた問題解決会議が開かれた。課は6班があり、各班代表3名が出席。変革すべきポイントについて、各班で具体的なアクションプランを考え、結果、プランを実行できたのは4班だったが、9月に再診断すると、実行した4班すべてでレポートのポイントが上がっていたのだ。「組織文化は『見える化』すると、自身のことと捉えやすくなります。すると行動にも移しやすくなり、自然と変革へ進むようになるのです」
ドラッカーも、企業における問題解決について以下のような言葉を残している。「元々しなくても良いものを効率よく行うことほど無駄なことはない」「手っ取り早く、効果的に生産性を向上させる方法は、何を行うべきかを明らかにすることである。そして、行う必要のない事をやめることである」「ごくわずかの例外を除き、原則と手順を理解していれば問題は実務的に解決できる」。これはまさに問題を明確化、「見える化」する重要性を語っている。問題が見えれば、自然と実務的に解決できる。また、越膳氏は組織文化と同様に課題があるものとして、教育効果の検証を上げた。
「企業からの相談でこの5~6年多いのは教育効果です。人事が上層部から『教育効果はどうか』とよく聞かれるようになりましたが、私たちが行う変革支援も『見える化』して、本当に効果が出るポイントに焦点が合わせなければ意味がありません」
企業変革では、レポート結果を「たたき台」に、社員で問題解決会議を開き、実行課題・計画&チェック方法を定め、それを愚直なまでに継続することであると越膳氏は語る。ジェックでは各種コンサルティングプログラムを用意し、企業ニーズごとに細かく対応している。
越膳氏の話を通じて、人や組織という目に見えない対象を扱う人事が物事を「見える化」することの大切さ、その効果の高さを感じることができた講演だった。