企業が事業を拡大、継続していくには、その事業を支えていく人材の育成が重要だ。そういった意味でも、「この人は人を育てることができる」と認められるマネジャーが企業内に大勢いることは、企業が事業を発展させていく上で大切な要素と言えるだろう。では、どうすれば「人材育成型マネジャー」を育成していくことができるのか? リクルートワークス研究所所長の大久保幸夫氏が、人材育成型マネジャーに必要なスキルについて語った。
既存事業やスタッフ部門のマネジャーは、一時的に突出した業績を上げることよりも継続的、安定的に業績を上げ続けることを求められている。そのためには部下を育成しつつ業績を推進していく必要がある。これを人材育成型マネジャーと呼ぼう。一方、期限を決めてプロジェクトのマネジャーや新規事業開発を担うマネジャーは、与えられたミッションを完遂するという強い業績推進が求められる。これを業績推進型マネジャーと呼ぼう。比較でいえば圧倒的に人材育成型マネジャーが多いはず。人を育てられるマネジャーの多寡が企業のサステイナビリティを決めるのである。
「自分の会社に、人を育てられる人がどれくらいいるのか、考えてみてください。あまり浮かばなければ、それは大きな問題です。人を育てる大切さをもっと社内に伝播させ、育成スキルなどを研修で磨くべきです」
人は誰でも、才能のつぼみをいくつも持っている。しかし、それを咲かせられる人もいれば、咲かせられずに終わる人もいる。だからこそ、人の才能を花開かせるための支援を、周囲は意識して行わなければならない。
「ひとりの人が才能を開花させるまでに、相当の人が関与しているはずです。今年、リクルートワークス研究所では、才能が花開くまでを助けたバイプレーヤーはどんな人たちなのかを調べていますが、技術を教えてくれた人、目利きをしてくれた人、水先案内人になった人、親代わりになってくれた人など、さまざまです。周囲のバックアップは、本当に重要だと言えます」
リクルートワークス研究所では、「新たな商品を開発した人」「何期も営業成績でトップにある人」など、群を抜いて活躍するビジネスパーソンのインタビューを継続して行っている。そこで「あなたの成長の物語に登場する人は誰ですか」と質問すると、驚くくらいに上司の話ばかりが出てくるという。
「ビジネスパーソンは意外に人間関係が狭い。この事実から逆に、上司が与える影響は本当に大きいのだと思い知らされました。とりわけよく出てくるのは、最初の上司です。良い上司はもちろん、『あの人みたいにはなりたくない』『本当に辛い思いをした』『嫌だった』など反面教師としても出てきます。どちらにしても最初の上司はその人のキャリアに与える影響が大きいので責任は重大です。
社会人になって最初の3年間の経験は、30代、40代になっても影響を与え続けるという研究結果もある。「人事が社員に感謝する上司の名前を書かせ、それを集めて何度も登場するような人を表彰している企業があります。表彰を受けた人は『部下から名前が上がると本当にうれしい』といいます。一方で、何年経っても名前の上がらない人もいますが、そのプレッシャーはとても大きい。その企業では、新人を配属するとき、育て上手の上司のところに配属するようにしているそうです」
大久保氏は、人事が人材を育成する上でもっとも重要になるのは「異動・任用」だという。人は仕事を通じて育つところが大きく、評価や研修はそれを補完するものだからだ。「どの仕事を担当するのか、また、ジョブローテーションはどうするのかは大変重要です。マネジャーの大事な仕事は、いいタイミングで部下を次の仕事へと行かせてあげることです。異動時には、モチベーションが高まる言葉をかけて送り出す。人材を抱え込んでしまうマネジャーでは、人を育てられません」
人材育成のゴールは、部下をプロフェッショナルに育てることだ。「2年前に、リーディングカンパニー30社の人事トップに『2020年は、どんな人事制度になっているか』というアンケートを取りました。すると、『プロフェッショナルを育てるような人事制度になっている』という回答が9割を超えました。これは専門職になるということではなく、全員を何がしかのプロに育てることを意味します」
世代継承とは、自分が上司の支援を受けて成長、一人立ちして、次は自分が育てる番として下の世代を育てることだ。ある意味、恩返しであり、育てる動機を意味している。「役割や業務として育成するのではなく、自分が世話になってきたから、その恩を下の世代を育てることで返したいという、ごく自然な気持ちです。このような組織風土はもっとも望ましい状態と言えるのではないでしょうか」
次に大久保氏は、人材育成型マネジャーが持つべき要素として、12のスキルを紹介した。その内容は主に1~4は若手社員向け、5~8は一般社員向け、9~12は上級社員向けだ。自分はこのような教えを実際に受けてきたか、また、自身の指導方法はこれらに当てはまっているか、考えてみてほしい。
「人を育てるときは、普通の人間関係よりも距離感が近いほうが良いのです。イタリアにある麻薬中毒者を更生させるコミュニティーには、『肌で触れあい、人間として向き合い、必ず目を見て話し、受け入れ合う関係をつくる』というルールがあります。手を伸ばせば触れあえる距離で、相手と正面から向きあう状態こそ人材育成の間合なのです。
「世の中には、褒めるのが下手な人が多いのですが、実は褒めることはとても重要です。褒めるときのポイントは、人前で具体的に褒めること。逆に叱るときのポイントは、一対一で行動を叱ること。人前で叱ると、部下は恥ずかしい思いをしたと感じ、思いを受け取ってくれなくなります。そして、叱るときは人格など、変えられないものは叱ってはいけません。それに過去の話を蒸し返さず、未来志向で『こうしたらよかった』と叱ることです」
「真似させることは、理論的にも大変育成効率の良いテクニックです。同行して目の前でやって見せるときは、事前にポイントを話すことも大事。また、真似るときは、100%そのままやってみると効率がいいでしょう」
「シンプルな言葉で『こうしたらいい』と言い切ります。若い時は考える軸をつくるときなので、その軸を明確にしてあげたほうがいい。企業には長年培ってきたノウハウの集積である『型』がありますが、ある意味、これは型を教えることに近いと思います」
「重要な仕事を担当させて、少し引いたところで様子を見守る。SOSが出るまでは手を出さない。完了までもう一歩というところに来たら、こっそり支援します。上司について部下にインタビューする際、『見守ってもらった』は頻繁に出てくる言葉です。仕事を完了できれば満足感がありますし、これで仕事に向き合うスタンスがつくれて、自信もつきます」
「これは社会的説得であり、『大丈夫』と言って励まします。仕事をする上では自己効力感や自信というものが大事です。自信を付ける方法に、良い人間関係の積み上げがあります。これは生まれたときから始まっていて、親、友人に始まり、異性、先輩、師弟、同僚と関係が積みあがっていきます。これがあれば人を信頼できるようになり、人間関係に好循環が生まれます」
「部下の報告になぜを繰り返し、論理思考を鍛えます。なぜを5回繰り返すトヨタ生産方式が有名ですが、これで原因と結果の関係、因果関係を理解できます」
「ダメなマネジャーほど相手の言葉を最後まで聞かず、自分の意見を話し始めてしまいます。最後まで聞けば、部下が何をわかっていないのかが理解できます。また、上司が最後まで聞いてあげると、部下には満足感も生まれます」
「ドラッカーも『強みを軸にキャリアをつくれ』と言っています。弱みはある年齢になれば、もう治りません。それよりも強みを伸ばしたほうがいい。上司が部下に、その部下の強みを話してあげると、部下はそのことをよく覚えています」
「難しい仕事、高い目標でストレッチをさせます。これが効果的なのは、仕事が順調な人です。少し自信を持ち始めた人に対して、失敗させてもいいので、ハードな目標を与えます。人を育てるときは、不安な状態をあえてつくり出すとよいと言われます」
「ある程度力量のある人が、上司の指示と違うことをやっていても、自由にやらせてみるのです。これはイノベーションの機会を与えることにもつながります」
「部下が次のキャリアに何を選択するか。組織長か、プレーヤーか。その肩を押してあげるのです。人は意外に自分のキャリアのことをあまり考えません。日々忙しいので、常に自分のことは先送りするものです。でも決めるべきときは、決断をうながしてあげます」
これら12のスキルは、多くのビジネスパーソンへのアンケートおよび直接のヒアリング調査、大久保氏自身の経験から導かれた貴重な指導ポイントだ。大久保氏は「自分自身の参考として、また、社員研修の中でもぜひ活用してほしい」と実践を勧めつつ、講演を締めくくった。