最近は「タレント・マネジメント」という言葉が広く使われているが、その意味を正しく理解し、実践できている日本企業はどのくらいあるだろうか。一橋大学の守島基博教授は「日本企業の意識は育成に偏りがち。人材の活用およびその成果までを見据えた運営を行うべきだ」と指摘する。本セッションでは、世界145ヵ国で事業を展開するオラクルのタレント・マネジメントの事例を見ていきながら、守島氏と日本オラクル執行役員人事本部長の遠藤有紀子氏が現代の戦略的人材マネジメントの実態に迫った。
まずは、守島氏が「今、必要な戦略的タレント・マネジメント」というテーマでプレゼンを行った。タレント・マネジメントの目的は「優秀人材の育成・確保とリテンション(維持)」と言われるが、守島氏は「これだけでは不十分」と語る。育成だけではなく、企業戦略につながる人材の活用、成果までを含めて考えなければならないというのだ。
「最近の日本企業は、経営環境の変化に対応するために必要な人材を人材マネジメントが供給していません。企業にとって“人材マネジメントによって供給される人材”は、“経営戦略達成に必要な人材”でなければ意味がないのです」
守島氏は、タレント・マネジメントが有効に行われないことで、企業に隠れた人材コストが発生していると指摘する。その中身は、不適切な人材配置と不活性人材だ。
「そのポストにいるべきでない人材がそこにいるならば、きちんと降格させるべきです。なぜなら、不適切な人材が配置されているだけではなく、その反面適切な人材がきちんと使われていないからです。そのままでは、人材の能力が活性化されず、働きがいの喪失、モチベーションの低下を招きます。ダブルで人材ロスを起こしています」
これからは、今までと違った仕組みで戦略的タレント・マネジメントを行う必要がある。ここで守島氏は、欧米の多くの優良企業で行われている、タレント・マネジメントを徹底させる四つのポイントを紹介した。
「特に優秀層については、よく『優秀な人は勝手に育つ』と言います。でも、それは間違いです。優秀層の人は鍛えれば鍛えるだけ伸びる人材であり、それを行わないことは大きなロスです」
「人材をそのポストで使い倒すくらいに考えながら、配置を行います。人材の育成と配置が連動していない企業も多いようですが、適材適所を実践したいのであれば連動させるべきです」
「タレント・マネジメントでは、保有能力や顕在化された成果よりも、潜在能力(≒伸びる力)の評価が重要です。そのポイントは、例えばリーダーシップ、リスクを取る心意気、上昇志向など。昔の日本企業ではリスクを取ってチャンスを与えていましたが、今は成果ばかりを重視するようになってしまいました。潜在能力を評価し、配置を行うにはリスクが伴います。しかし、リスクを取らないとリターンはない。したがって、その意味では、リスクを取り、さらに成功を素早く活用する仕組みをつくることが重要です。言い換えると、失敗したときの降格やフォローの仕組み、うまく成長できたときの次へのストレッチなどを考えるべきです」
「優秀層も大切ですが、戦略を現場で実行するのは、中間層である『普通の人たち』です。その人たちにがんばってもらうには、エンゲージメント(仕事への愛着心)について考えることがポイントです。そのためにも『活気のある現場』をつくる。さらに、ワーク・ライフ・バランス、ダイバーシティ、公平感、貢献感などを中核に置いた人材マネジメントが必要です。そのために近年注目されている考え方を意識する必要があります」
戦略的タレント・マネジメントでは、戦略に合わせて人をきちんと使って、育成、活用そして成果へとつなげる。しかし、具体的な施策を見てみると、これまでの人事施策と大きく変わるような内容ではない。
「だからこそ、これらをどこまで真剣にやれるかということが問われます。実施に向けた育成、配置、評価、採用などの新たな仕組みづくり、さらにその一つひとつを実現できるかどうかを人事部は問われているのです」
次に遠藤氏が、オラクルがこの10年間に行ってきた人事戦略及びタレント・マネジメントに関する取り組みを紹介した。 オラクルは米国西海岸に本社を置く、社員数12万人のグローバルIT企業で、売上は374億ドル(直近12ヵ月)。事業戦略はM&A戦略とR&D投資だ。M&Aでは、これまで100社近くを買収。もともとデータベース事業が中心だったが技術を吸収し、現在ではアプリケーションやハードウェアなどフルスタックと呼ばれる統合システムを提供している。技術革新と技術融合に向けたR&D投資では、2004年からの研究開発費累計が290億ドル。売上の約10%を開発に投資している。
オラクルがタレント・マネジメントにおいてもっとも心がけた点は、客観的に見えにくい情報である人材情報を「見える化」することだという。それが過去10年の中で形作られていった。
「10年前は人事情報も各国に分散し、形もまったく異なるものでした。情報を一元化できていなかったため、経営側が戦略を変えてもすぐに対応できない。そこで、70もあった情報を一元化しました。そして、次に手掛けたのはシェアードサービス化です。リージョンごとに1ヵ所、事務センターのような作業を集約して行う部署を設けました」
人事プロセスを統一化し、上司の承認権限も整理。また、評価システムなど人事の定義を明確化し、効率を上げることにも成功した。そこから、より未来に備えた人事を実践できる体制づくりが進められた。
「10年が経ち、オラクルではこれまでの効率化という観点から進んで、より成長性を考え、変化に対応できる戦略的な業務へと転換しています。情報の一元化、ルールの統一化が図れたことで、より変化に対応できるようになり、効率化されたことで業務も戦略人事にシフトできるようになりました」
現在、オラクルが直面する人材・組織の課題は二つ。一つ目は採用だ。必要な人材をどのように確保するのか。イノベーション、テクノロジーの世界では、十分なスキルを持つ人材の確保が非常に難しい。ある報告によるとこのような専門性が高いスキルドワーカーが世界中で4000万人足りなくなるとも言われている。二つ目は、市場に生き残るための人材強化策が準備できているかどうか。まさにタレント・マネジメントに関わる課題だ。
タレント・マネジメントはタレント(人材)と組織力を強化し、ビジネスの結果に結び付けるものでなければならない。その意味から、オラクルが考える目的は四つあるという。「ビジネスの業績・成長」「適時に、適材適所」「トップタレントの育成と配属」「すべての階層でリーダーシップを強化」だ。ここで遠藤氏は、オラクルのタレント・マネジメントの実際の流れについて解説した。
「まず、事業目標・戦略をトップたちが共有します。社員はタレント・プロファイルにアクセスし自ら記入。内容は履歴書的要素に加え、将来的なキャリアの希望や自身の強み・弱みも含みます。それが終わると上長が各自を評価し、人材ごとにポジションを九つの領域に分けていきます。これは横軸に『業績』、縦軸に『将来の可能性、ポテンシャル』を取り、各3段階のレベルでクロスさせたものです。それと同時に各自の『離職のリスク』と『離職した場合の組織への影響度合い』についても明示されます」
これに基づいて「タレント・レビューボード」(現在・将来の事業戦略における人材の見極めとの組織をレビューする会議)が開催され、事業責任者が集まり、どうやってこれらの能力を活かすかといった議論が行われる。その結果が、採用強化や後任計画、昇給・昇格、トップタレントプログラムや戦略的職務への配置といった具体的なアクションへとつながるのだ。
「当社のタレント・マネジメントは、第1世代では人事プロセスと捉えられていましたが、第2世代、第3世代とタレントレビューの質が上がっていったことで、事業戦略につながれるようになり、これをベースにディスカッションできるようになりました。今後の課題は、今以上に分析力を高めて、レビューボードの質を上げること。それが従来以上に戦略的で、未来志向の人事になれる条件だと考えています」
最後に、守島氏と遠藤氏によるディスカッションが行われた。
守島:良いタレント・マネジメントが行われている企業では、現場のリーダーが積極的に関与しているように思います。オラクルでは、いかがでしょうか。
遠藤:タレントマネジメントのオーナーは事業部。従って事業部のリーダーが現場をどうしたいのかを、ただ考えているのではなくて、きちんと言葉にする練習が必要だと思います。その点ではオラクルのリーダーも、まだ練習段階にあるかもしれません。人事はリーダーたちにどうしたいのかを問いかけたり、一緒に考えたり、セッションしたりすることで、考え始めるきっかけをつくらないといけない。こちらから有効な質問をして、相手の問題点をクリアにしていくようなコミュニケーションがあらゆるレベルで必要です。そのような文化をどう作るかが、今後は問われるのではないでしょうか。
守島:リーダーは現場にいると、目の前のプロジェクトで精いっぱいになり、中長期で人材戦略について考えることが少なくなります。その点を改善する良い方法はありますか。
遠藤:先ほどと同様ですが、現場のリーダーたちに「長期的な視野を持つにはどうしたらいいと思うか」と問いかけるといいと思います。答えは出なくても、一緒になって考えるようなディスカッションを行う。そのような密なコミュニケーションの量こそが今後必要だと思いますし、このような問いかけを常々現場に下ろしておくことが、将来良い状況をつくっていく流れになるように思います。
守島:タレント・マネジメントを成功させるには、成果につなげようという企業の強い意思と、人事と現場の深いコミュニケーションが必要であることを、皆さん、理解できたのではないでしょうか。本日はありがとうございました。