サイコム・ブレインズ株式会社と株式会社インストラクショナルデザインは共同で、総売上高100億円以上、海外売上比率10%以上の日系企業の人事部に対し、グローバル展開における人事の取り組みについてアンケート調査を実施。その結果、グローバル戦略を進める日本企業では、人事部の役割が大きく変化していることがわかったという。今回は2社の代表がそれぞれ登壇し、アンケート結果を基に、グローバル戦略で人事に求められる役割について詳しく解説した。
サイコム・ブレインズ株式会社は、国内外で企業研修を展開。シンガポール、上海、バンコク、インド、インドネシア、ベトナムの海外拠点と連携しながら、次世代経営人材の育成、日本人のグローバル人材育成、全社的な英語力底上げ施策など、さまざまな目的に応じた研修プログラムを提供している。研修メニューは「グローバルリーダー研修」「海外赴任前研修」「新興国派遣研修」「異文化マネジメント研修」「ダイバーシティ研修」「エグゼクティブ向けコミュニケーショントレーニング」「英語力ベースアップ研修」など。細かなニーズに対応した研修を用意している。
最初に登壇したサイコム・ブレインズの西田氏は、企業アンケートを実施した背景から語り始めた。「日本企業の社員研修のグローバル化はここ数年で非常に進みました。グローバルになりました。ただし、現状でグローバルな事業戦略と研修がうまく溶け込み、期待された効果が実現しているかというと、疑問が残ります。そこで私たちのクライアントである人事部門のグローバルな役割と課題をより良く理解し、お役に立ちたいという意図でアンケートを実施しました」。サイコム・ブレインズの顧客から得られたすべての回答のなかから、総売上高(連結)100億円以上、かつ海外売上比率(連結)10%以上の日系企業44社の回答を集計した。
「『本社の人事部門に、海外現地社員をカバーするグローバルな人事施策を所掌する部署はあるか』という質問によって、6割近くの企業にグローバル人事部が存在することがわかりました。多くは、国内の人事部に並列する形で設置されています。次に『人事部門としてのグローバルなミッション・ビジョンを明文化しているか』という質問に対して、明文化しているとの回答は55%。また、『人事部門として年度ごとにグローバルな目標(課題)設定を行って各国で共有しているか』という質問では、グローバル人事部を持つ企業でもそうしているのは6割程度にとどまっているとの結果でした」
次の三つの質問では、「取り組みの主体」が本社と地域のいずれになるかを聞いている。「グローバル幹部候補のタレント・マネジメント取り組みの主体は?」という質問により、「異動・人材交流」「コンピテンシーモデルの策定」「研修・育成」といった領域では本社主体が多いことがわかった。また、グローバル幹部候補とは、現地法人の社長候補を指すことが多く、フロントマネジャー層のタレント・マネジメントは地域に委ねられているもわかったという。
「等級・評価・賃金ガイドライン設定の主体は?」という質問では、「等級ガイドラインの設定」は本社主体が半数。「評価ガイドラインや賃金・報酬ガイドラインの設定」は地域主体が多いことがわかった。「個別に話を聞いた10社のうち、グローバルの等級ガイドラインをここ2、3年で統一したと話す企業が4社ありました」と、西田氏は解説する。
「組織力強化の諸施策の取り組み主体は?」という質問では、「企業理念や全社戦略の浸透」は、本社主体が圧倒的に多い。一方、「社員エンゲージメント」「組織変革」は地域主体が多数を占めた。「本社が関与するタレント・マネジメントは経営幹部に近い上位層に限られ、ミドル層、新人などのタレントを把握するための施策への本社の関与度は相対的に低い。採用やアセスメント、社員のエンゲージメント状況の把握、組織変革や専門職に関するタレントデベロップメントなどのキャリア形成に関しても本社の関与度は低いようです」
次の質問は、人事の採用、役割、必要スキルについて。「御社の海外拠点が人事部門のマネジャーを外部より採用する場合の採用基準は?」という質問では、人事の勤務経験がある人を求める傾向が強く、専門性を問う企業が多い。
また、「グローバル経営の進展とともに、今後、人事部門の役割機能として重要度が高まると思われるものは何か」という質問では、グローバル化のなかで「組織の戦略パートナー」としての人事部門の役割・機能を重視し、企業理念あるいは全社戦略の浸透を本社人事部主導で行っている傾向が強くなっている。
「人事部にとって強化が必要な知識やスキルは?」という質問では、人事部門の所属メンバーには「タレント・マネジメントの知識」は当然として「異文化マネジメントスキル」「リーダーシップ」「ファシリテーションスキル」「経営戦略・市場分析・財務等の知識・スキル」など、人事部門のビジネスパートナーとしての機能を高めるためのスキル・知識の強化の必要性を感じている企業が多いという結果になった。
「今回のアンケートにより、人事に関するグローバルな取組のなかで、優先順位が高く進捗している領域とまだあまり手を打てていない領域が見えてきました」
次に株式会社インストラクショナルデザインの中原氏が登壇。企業研修、コンサルティングを手掛け、タレント・マネジメントの運用支援で先駆的な活動を行っている中原氏は、アンケート結果を踏まえ、今後人事が担うべき役割について語った。
「メーカーでは海外拠点の役割が『製造拠点』から『セールス&サービス拠点』へ変わりつつあります。その結果、マニュアル管理が比較的容易な労働から、個人能力(タレント性)への依存度が高い業務の重要性が増し、有効なタレント活用が問われるようになってきています。マネジメントの役割も『製造技術やプロセスマネジメント』から『目標管理によるパフォーマンスマネジメント』へ変化。人事の役目も労務管理の『アドミニストレーター』から、目標管理制度の運用・浸透や、組織能力・人材能力の向上を図る『ストラテジー実践者』へと変わっています」
グローバル戦略をこれから進める企業では、グローバル化をシステマチックに推進してきた競合会社の手法を取り入れる動きがある。スタンダードに従い、成功例に学ぶ作戦だ。「ただし、グローバル人材のタレントを管理するうえで、旧来の日本的人事マネジメントでは管理できないというジレンマも抱えます。終身雇用的な手法ではパフォーマンス管理で矛盾が生じる。ここは深い考察が必要です」
グローバル化が進むにつれ、タレント・マネジメントという言葉が広く聞かれるようになった。それはどういうものか。「米国のピーター・カペル教授は『タレント・マネジメントとは組織目標を支援するために存在するものであり、組織目標とはビジネスの場合、本質的には利益を上げることである』と言っています。つまり組織パフォーマンスに注目した形で人事システムを運営することが求められています」
では、それらを実践するフレームワークはどういうものか。ASTDのフレームを見ると、組織開発、後継者育成計画、業績評価管理、人材の採用、チームと個人の育成、能力評価、キャリアプラン、人材の保持といった要素が並ぶ。「採用とリーダー育成だけやればいい」「アセスメントで業績管理だけを行えばいい」というような縦割り機能で人事システム運用することは損失であり、組織の持てるタレントの全体像を見なければ有効なタレント・マネジメントとはならない、としている。
「米国のデイビッド・ウルリッチ教授のレポートによれば、近年、人事の重要性は増しており、世界における企業人事関連業務に取り組む人材は100万人に達し、彼らは、その専門性を高めるべく、日々研鑽しているということです。私たちのライバルでもありますから、負けずに学ぶ必要が生じていると言えますね」
現状を見ると、グローバル本社がタレント・マネジメントシステムをつくりながら、日本本社の仕組み自体が追いつかない企業も多い。また、タレント・マネジメントに必要な人材も不足している。
「日本企業は国際的に優秀な人材の獲得で米・欧だけでなく、インド・中国のグローバル企業にも大きな遅れを取っています。その大きな原因と言われているのが、不明瞭で限界の見えるキャリアパスや、企業全体としての人材戦略が見えてこないことが、優秀な個人にとっては、長期的な成長の機会が見えないと会社と映ることが原因であると指摘されています」
当然現場も混乱。日本企業のグローバル人事に関わる人たちからは次の声が聞かれるという。「明確な目標や戦略なしに、いきなり施策実行を本社主導でやらされる」「グローバル人事担当者とのギャップを解消する必要がある」「変革推進の必要性を感じる」「戦略パートナーになるためコンサルティングスキルを磨きたい」「労務管理から脱却し、タレント・マネジメントにシフトしたい」など。
グローバルなタレント・マネジメントを制度やイベントで終わらせず、勝つための人事戦略にするには、人事部門のケイパビリティーを高める必要がある。「そのためには、グローバルで通用するタレント・マネジメントの知識を人事部門のメンバーが習得し、組織内の共通言語とすることが重要です」
デイビッド・ウルリッチ教授は、これからの人事プロフェッショナルに求められる6要件を上げている。一つ目は、戦略的な立ち振る舞いができる。二つ目は、信頼のおける活動家である。三つ目は、組織能力(文化)の創造者。四つ目は、変革のチャンピオンになる。五つ目は、HRイノベ―ターそしてインテグレーターになる。六つ目はテクノロジーの有効な活用推進者になる。
「これからの人事は、業績への貢献、人材能力の向上、カルチャーの醸成の三つの軸を持つことが重要。縦割り施策を避け、組織をシステムとして捉えて、統合的に考えていく必要があります。また、組織構成員の多様性や個性を理解・尊重する感受性を持ちながら、戦略実現のための組織能力向上を目指し、変化へと導ける役割が求められています」
最後に中原氏は、今後グローバルにタレント・マネジメントを進めるには、共通言語を持ち、実際に学んだことをアクションへと展開、自社に最適なオペレーションをつくることが重要であると語り、講演を締め括った。