「経営人材」の育成は、人事・人材開発におけるさまざまな課題の中でも、最も重要なテーマの一つ。昨今のグローバル化、ビジネス環境の急激な変化のもと、世界で通用する新たなリーダーの育成は、企業にとって喫緊の課題と言えるだろう。今回のセッションでは、経営戦略研究の第一人者である一橋大学教授 米倉誠一郎氏をファシリテーターに迎え、国内外の人事を知り数多くの経営人材を育成してきた、株式会社LIXILグループ執行役副社長の八木洋介氏、NPO法人GEWEL理事のアキレス美和子氏が、それぞれが持つ奥深い経験と幅広い視野を背景に「経営人材」育成のポイントについて熱く語った。
まず、米倉氏が日本企業のグローバル人材へのニーズに関する具体例について語った後、八木氏がさまざまな企業で長年人事に携わってきた経験から、リーダー育成に関する考えを語った。
八木:グローバルに通用するリーダーには、まず、どこへ社員を引っ張っていくのかというビジョンを持つことが求められます。また、そのビジョンを戦略に翻訳していく力も必要です。さらに、これをインスパイアするコミュニケーションが取れるかどうか。かつ、それを実践していくことですね。従って「ビジョン」「戦略」「コミュニケーション」「実践」が、四つのファクターになると考えています。特に私が重要だと思っているのは、大事なことは自分で決める、自ら行動を起こすことのできるリーダーです。こういうことができるのが、世界に通用するリーダーだと言えると思います。
日本の会社には、良い人、良いリーダーがすごく多い。しかし、本当にリスクを取って行動ができるリーダーとなると、なかなかいません。それが失われた20年やガラパゴス現象を招いてきたのではないでしょうか。ですから、「良い」だけでなく「強い」ことが重要だと考えています。
「強い」リーダーを作るためには、まず、グローバルな感覚を持つことです。日本、アメリカ、中国、それぞれにどういうギャップがあるのか、それを正していく考え方、世界観が必要だと思います。そして、勝ちへのこだわりや自分の会社だという強い気持ちも重要です。そして何よりも、自ら立つ力、“excitement”“passion”“impact”です。世界に発信し伝えるためには「……と思います」「……かもしれない」ではなく、主張を言い切ることが必要なのです。
韓国人も中国人もインド人も、子どものころから「一番になれ」「勝て」と教わります。アメリカ人は“Be yourself”。全部、自分を出すのですね。でも、日本人は「思いやりを持て」「みんなと仲良く」「人に迷惑をかけるな」と、自分を抑えるのです。これでは、世界でリーダーシップを発揮できません。
リーダーが問題を解決するにあたっては行動が必要で、行動には意志の力と気合いが必要。意志の力と気合いは、何が正しいのかという「軸」をしっかりと持って、自分を出すところから出てきます。一方で気合いだけで何かを実行されても迷惑ですね。質のいい行動には「見識」が必要です。私は、「軸」と「見識」を持っていることが、強いリーダーになるベースだと考えています。知恵を磨き経験を知恵にする努力、思考、学び、物事を幅広く考えるシステムシンキングという幅の広さが必要。それを常にアップグレードしていく連鎖も欠かせません。
米倉:リーダーに必要な「見識」というのは、ある種経験の中から出るのかなと思います。経験するだけではダメなのでしょうか。
八木:経験している人も一生懸命仕事をしている人も山ほどいます。けれども、自分で決めて方向性をはっきり言う、リスクを取れるという勇気がある人はなかなか出てこない。そのためには相当、自分の考えに自信を持っていなければなりません。経験の中から「自分が何を大切にしているのか」という「軸」を引き出すことが重要だと思います。
次に、外資系の金融企業から日本の伝統的企業まで8社を経験した、日本の人事の中でも貴重な存在であるアキレス氏が、経営人材育成のポイントを紹介した。
アキレス:リーダーはその時代や組織のおかれた環境によって、違ったリーダーシップを発揮する必要があると思います。そのため、経営人材は「今、何が起きているのか」「何が起きようとしているのか」を「マクロの視点」で捉えることが重要です。
リンダ・グラットンさんの著書『ワーク・シフト』の中に書かれている「未来を形づくる五つの要因」から、見ていきましょう。一つ目は「テクノロジーの進化」。たとえば日本でタレントマネジメントを導入している企業はまだわずかですが、グローバルレベルで進めるにはテクノロジーをどう使っていくかがポイントになります。二つ目は「グローバル化の進展」。経済は欧米中心からこの10年は新興国、アジアに大きくシフトしてきました。このシフトが企業戦略に大きな影響を与えています。
三つ目は、「人口の構成、長寿化」。統計上は2050年には日本の労働人口が半減します。それをどう埋めるのか。性別や国籍に関係なく優秀な人材を採用、登用する時代がきます。四つ目は「社会の変化」。ライフスタイルは大きく変わり、価値観は多様化していきます。最後は「環境の問題」。多大な被害をもたらす自然災害が増えています。すでに起きている、エネルギー、原発問題などにどう向き合うか。企業としてのあり方が問われています。
このように経営をマクロの視点で捉えたとき、ひとつ確かなことは、未来の環境はより複雑になり、あらゆる次元で多様化が進むということです。それをふまえて、求められる「経営人材の七つの要件」(多次元思考力、コミュニケーション力、多様性活用力、やる気を引き出し育てる、決断と結果責任、企画価値を高める、言動一致と信頼)の中から、いくつかふれます。
一つは「多次元思考力」。これは四つの切り口で物事を捉える思考力ことです。まず、問題を深く考え掘り下げる方向。WHYを繰り返すことによって根本原因を探ることです。次に、「この問題は自分たち特有なのか」「他部門は」「業界では」と思考を横への広げること。そして、「全体では何が起きているのか」という鳥瞰思考。最後は、1年、5年、10年後はどうなっていくかという先を視る思考です。もちろん全部の切り口で思考できる人はそういません。そこで、どんな人たちとチームを組むかが重要になります。「深く考えるのは得意だけど、広いのは苦手」「先は読めるが、分析不足」など、互いに補完する形で、チーム構成を考え、リーダーシップを発揮するのです。
もう一つは「多様性の活用力」。多様な人材がいると「ああでもない」「こうでもない」と異論が出て、効率が悪いと言われます。確かに効率は重要ですが、それ自体は企業の目的ではありません。目的は、お客様にとって価値あるサービスや商品を提供すること。今後ますます多様化する環境、お客様のニーズに対応できる多様性に富んだチームが必要です。
米倉:多様性のあるチームを率いる方法を教えてください。
アキレス:まずは、みんなに自分の意見を言ってもらうことです。「それは違う」「あなたは知らないから」となると、誰も意見を言えなくなってしまいます。「なるほど」「そういう見方もあるのか」と異なる意見が言える雰囲気をリーダーから作ることが大切ですね。
次に、リーダーには欠かせないコミュニケーション面へと話は展開していった。
米倉:多様性のある議論から結論を導いていくには、どんなコミュニケーションのプロセスを取るとやりやすいでしょうか。
アキレス:重要なスキルの一つは質問力です。経験が全然ない業界で人事を任された時、私のメンターが、未知の業界でも“I know what to ask”とアドバイスしてくれました。チームのほうがよく業界事情を知っているわけですから、それを引き出すことができれば自分も学べるし、一緒に頭を付き合わせていける。質問をしてメンバーの良さや強みを「見える化」するプロセスを取るといいと思います。
米倉:質問して引き出したものをお互いが満足するよう、まとめる作業も必要ですね。
アキレス:そのとおりです。メンバーからさまざまな意見を引出し、「本質は何か」を見抜き、わかりやすく整理して示す、ファシリテーション力がリーダーに求められます。
八木:意見を聞く力も大事だと思いますね。「自分には知らないことがたくさんあるかもしれない」「自分と違う意見の中に面白いアイデアがあるかもしれない」ということをリーダーが知っていると、人が意見を出しやすい環境が作れます。LIXILは社長も私もGE出身で、住生活ビジネスを十分には分かっていませんでした。周りの人たちが教えてくれるような環境を作らないと間違いを起こしてしまう。リーダーは人の意見を聞くことを相当意識しておかないと、多様性を活かせないと思います。
米倉:その業界で素人のリーダーであっても、部下たちに「おお」と思わせるものは何なのでしょうか。
八木:判断に対する「軸」をしっかり持っていることですよね。業界のプロでなくとも、意思決定をするプロですね。数字を読むことも、戦略的に考えることもでき、選択肢の中からはっきり「これだ」と自分の意思を持って言うことができれば、経営のプロとして認められる。
米倉:ルイ・ヴィトンをここまでにした立役者の一人、秦郷次郎さんも「プロフェッショナル・アマチュア」という概念をおっしゃっていました。業界通でなくとも、どんな状況でも決断を下せることが重要だと。
八木:そうですね。数ある情報の中から本質的なものは何かを選び出す。本質が見えるというのは「自分が大切にしているもの」を持っているからですね。これがないと情報は単なる情報でしかない。だから、「何が大切なのか」が見えてくるような「軸」を持つことが大事です。私は人事をやっていて迷った時、「それをやることによって人は活性化するのか」という「軸」を常に持ってきました。「軸」を持っていると、答えは自ずと出てくるものです。
アキレス:私もいくつか「軸」を持っていまして、その一つは「説明できないことはしない」ということです。人事部は経営ともしっかり議論し、社員の皆さんに自分の言葉で説明できることですね。
米倉:あふれる情報化社会の中で右往左往されずに部下を導くグローバルなリーダーを育てるには、「軸」を持ってもらうこと。これがポイントのようですね。それでは最後に、お二人から人事の皆さんへエールを送っていただけますか。
八木:私は、人事というのはとても大きな力を持っていると思っています。人はいい仕事をした時に「ありがとう」と言われると元気になります。一方で、言い方次第ではやる気をなくすこともあります。だからこそ、「人」を扱う人事という仕事は面白い。私は、人事こそが会社を差別化することができると思って、仕事をしています。ぜひ、皆さんにもそんな気持ちで人事という仕事に取り組んでほしいと思います。
アキレス:私の経験では、人事の仕事は90%が大変でも、残りの10%はとても楽しい。その根底には社員への愛情があります。会社には、いろいろな人がいます。その人たちにどのように活躍してもらうか考えることはワクワクしますし、実際に人が成長していくと、大きな達成感があります。「企業は人なり」と言いますが、これは決してお題目ではありません。人事はその大切な「人」を預かっている部門ですから、プライドをもって仕事をしていってほしいと思います。
米倉:今日は本当に素晴らしいお話を聞くことができました。ありがとうございました。