今年で創立28年を迎えた株式会社ヒューマンバリューは、人材開発と組織開発の分野で企業や行政機関の支援を続けてきた。今回の講演では、豊富な経験と事例、人事現場やビジネスパーソンの声の蓄積を元に、これまでの組織改革の課題と背景、そして、今の時代に最も効果的だと考えられる「組織変革プロセス」について、代表取締役の高間邦男氏が語った。また、独自の視点で開発が進められた組織変革プロセス指標「Ocapi(オカピ)」も紹介された。
冒頭、高間氏は聴講者たちへ簡単な自己紹介を促した。これにより、周囲の人と自分との間の空気が柔らかくなり、関係性に変化が感じられたはずだという。こういった関係性がいかに大切かを表したものが「成功の循環モデル」だ。今回の講演の基本となるモデルである。よりよい組織や集団へと変化していく中での影響関係が、「関係の質→思考の質→行動の質→結果の質」という循環で示されている。元マサチューセッツ工科大学のダニエル・キムが提唱したというこのモデルを、高間氏は次のように説明した。
「『結果の質』。これが、組織が成果として生み出したい価値です。たとえば、売上げや利益の拡大、株価、サービスの向上、シェアの拡大、新しいサービスの提供、新製品の開発など。最近では、働く人々の成長や幸せ、CSRやCSVといった社会的価値を向上させようと取り組む企業が増えてきました。『結果の質』を数字として捉えて高めるには、社員の『行動の質』を高める取り組みが必要です。そのためには個々の主体性が欠かせませんが、これには『思考の質』が影響を与えます。『思考の質』を高めるには、何が重要か。それは『関係の質』です」
『関係の質』は、社員同士にエネルギーの交流があり、影響関係が起こる場の中で高められるという。昨今は、自分のことしか考えられないような忙しさに閉ざされ、周囲との関係性が希薄なビジネスパーソンが多い。そうではなく、視野が開けて周りとの関わりが持てるようになると、たとえば清掃や受付のスタッフにも意識がおよび、挨拶の言葉も出るようになってくる。すると、『関係の質』が高まるため『思考の質』も高まっていく。『思考の質』が高まると『行動の質』が高まり、『行動の質』が高まると『結果の質』が高まる。さらに、『結果の質』が高まると『関係の質』が高まる、という好循環が生まれる。
「こういった循環を生み出すことが、組織変革の目標と言っていいと思います。この目標を実現するためのアプローチに着目してみると、トップダウン型や形式的な座学やトレーニング型といった『計画的変革アプローチ』では、これらの成果を期待できません。外部環境の複雑性の増大や変化の加速化、受け身スタイルによる個々のやる気の喪失などが、その理由です。そこで、私たちが開発し、採り入れたのが『生成的変革アプローチ』なのです」
「生成的変革アプローチ」の大きな特徴は、トップからではなく、組織メンバーの集合的学習と自律的な行動から、新しい知識や環境を創り出し変化を生み出す点にある。具体的には、組織全体でのオープンなコミュニケーション、共創行動というプロセスにより、メンバーの主体性を開放し、高い当事者意識を醸成しながら、組織全体の変革を推進していくという方向性を指す。このアプローチの確かさを裏付ける情報を、高間氏は紹介していった。
「日本のビジネスパーソン1000人を対象としたWEB調査の因子分析結果からも、組織変革が起きやすい条件として、共創行動、当事者意識、オープンなコミュニケーションが挙げられています。また、ゲイリー・ハメルの著書『経営は何をすべきか』では、社員に求められる今後大事な能力は、主体性、創造性、情熱だと書かれています。つまり、従来は、会社の視点からの構造や戦略を個人へと浸透させてきていたわけですが、これからはその逆。社員一人ひとりの思いや気づきから変革は始まるべきなのです」
一人ひとりが互いに「自分はこんなことを考えているんだ」と思いを語り出す。それが刺激になって互いの思いが引き出され、「自分もそうなんだ」と当事者意識を持って考えるようになる。そのようにして、一人ひとりの関係性の中から、お互いに新たな知恵を出し合い、行動を共に起こすことから変革が起き始め、集合的学習能力も高まっていく。このプロセスが繰り返され、次第に組織全体が新しくよりよい方向へと変わっていく。これこそが、今後の組織変革の実態になっていくと高間氏は確信しているが、同時に課題も指摘する。
「このような生成的変革アプローチ下にあったとしても、失速してしまうことがあります。たとえば、変化や成果の手応えがないと不安や挫折を感じてしまう。また、組織変革が客観的にうまく進んでいるのか判断できなかったり、課題は共有できてもどこから着手すべきか見当がつかないケースもあります。すると、継続できなくなる事態も生じます。ですから、変革の小さな変化も客観的に把握し、共有し、方向性を検討しやすくさせること、すなわち、成長プロセスの『見える化』が必要とされるのです」
「見える化」のために、ヒューマンバリューでは、長年集めてきた生の声を分類し整理した。すると、組織変革のプロセスは、どの組織においても同じ変化を辿ることが判明した。この質的研究から得られた結果を元に、WEBアンケートを新たに作成し、日米合わせて2000人のビジネスパーソンを調査。量的にも同様の結果が得られたという。研究について、高間氏はこう語る。
「昨年6月にある企業のサポートをしていた際のこと、組織診断を試みると、どうもうまく合うツールがないと感じました。それならば、新しい組織診断システムを開発しようと、さまざまなモデルを調査し始めたのが研究のきっかけです。人々がよりオープンで、共創的にアイデアを生み出し、イノベーションを生み出す行動をとっていく組織へと成長していくプロセスのそれぞれの状態は、どこも共通していることが明らかになりました」
具体的には、「成功循環のモデル」を構成し『結果の質』へと結びつく、『関係の質』『思考の質』『行動の質』にはそれぞれ五つの進化プロセスのレベルがあり、各レベルを示すプロパティ(特性)は全部で41あることが確認された。41のプロパティには発生する順番があるため、組織の位置を『見える化』することができる。プロパティには具体的な状況の説明文がついていて、説明の内容が自分の組織に頻発していれば、そのレベルに達している状態だといえる。そのレベルに達していない場合は、説明内容に対して抽象的なイメージは出ても、具体的なイメージは浮かばないという。
「たとえば、『関係の質』のあるプロパティには『普段から気兼ねなく話せる人の多さ』という説明がついています。私は多くのビジネスパーソンに『あなたがちょっとしたことで相談に乗ったり声を掛けたりする人は会社の中に何人いますか』と聞いてきましたが、大抵は20~30人という答えでした。これは何を示しているか。何千人何万人もの大きな組織の中で働いていたとしても、たった30人のリソースしか活かせていないというのが現状なのです。『関係の質』のレベルは低いわけですが、逆に、成長の可能性を秘めているといえます」
このように、組織の状態を『関係の質』『思考の質』『行動の質』の三つの観点から明らかにし、自分たちで継続的に変革に取り組むことを支援するツールとして開発されたシステムが「Ocapi(オカピ)」である。まずは、一人ひとりが60の設問にパソコンやスマートフォンを使って回答。その結果が組織ごとに平均点やグラフ化されたレポートとして『見える化』され、現状を共有することができる。
「『Ocapi(オカピ)』は、ヒューマニスティックな側面に価値観を置いています。ですから、経済性や生産性の指標を測定するわけではなく、その土台となるもの、すなわち、コミュニケーションや相互作用などの関係性、状況認知のあり方、姿勢や態度など内的な状態を測定するものなのです。組織を、人々の想いと取り組みが生み出される生態系として捉え、組織の変革は、人々の話し合いなどの相互作用、信頼、体験などによって生じる進化の過程として捉えているのです」
レポートを元に話し合うためのガイドブックも用意されている。現状を知り、何が起きているのかを話し合い、背景に何があるのかを考え、よりよい組織に向かうためのレバレッジを探る。そして、取り組みたいアクションを生み出す。話し合いの定期的な共有と継続は、組織変革には欠かせないのである。
「レポートは、回答後に何日も経過してから届くものではありません。操作はボタン一つで、PDFで出力されます。ですから、すぐに客観的な指標を知ることができ、自分たちの組織の現状把握が可能になります。また、三つの観点と五つのレベルという機能的な並びから、どのあたりから具体的に手を打っていけばいいのか、行動やアイデアのヒントも得やすい作りになっています。気軽に改革への一歩を踏み出し、かつ継続していただくため、一人あたりの料金は500円に設定しました。この『Ocapi(オカピ)』を使って、日本のさまざまな組織がよりよい方向へと歩み、成長していっていただければ、こんなに嬉しいことはありません」