内定後の辞退に頭を悩ませる採用担当者は少なくない。そのため、内定を出してから4月1日の入社日までの期間に行う内定フォローは、採用活動の流れの中でも特に重要な位置を占める。その効果は内定者の「辞退防止」や「早期戦力化」にとどまらず、先輩社員や会社組織全体にもプラスの影響を与える効果がある。総合人材サービスを提供するマイナビの中で、内定者を対象とした領域を専門としている、内定者教材「UPcomer Kit」編集長の山田功生氏が、内定者や採用現場の声を交えながら、内定フォローに有効な方法を紹介した。
マイナビは1973年に設立され、新卒採用の分野で40年の実績を持つ。「精度の高い採用と基本のできる若手育成」をミッションに掲げ、面接官研修、説明会プレゼンテーション研修、内定辞退防止研修、新入社員研修、OJTトレーナー研修などきめ細かなサービスを展開。「内定者の辞退を防ぎたい、減らしたい」という人事担当者の声に応えるべく、ビジネス準備ワークBOOK「UPcomer Kit」のほか、内定者向けの教材や教育やツール開発にも注力している。そのワークのいくつかのダイジェスト版を、聴講者が体験する形でワークショップは進められた。
「まずは、少し変わった自己紹介の方法を体験していただきます。内定者懇親会で何か良いネタはないかとよく聞かれますが、その時にお勧めしている方法です。お手元にある自己紹介ツールに、あなたの好きなモノを具体的に記入してください。それだけです。書き終わったら、周りの方たちとその内容について説明し合ってください。目安は一人1分半から2 分。終わったら拍手をお願いします」
「いかがでしょうか。まだ5分程度しか経っていませんが、初めて会った人同士なのに、盛り上がり方は尋常ではなかったですね。人間は自分と他人との共通点を見つけるとうれしくなり、距離が近くなると言われます。よくあるのは出身地、血液型、母校などですが、好きなモノが一緒だと一層仲良くなれます。また、好きなモノを話す時、人間は必ず笑顔になります。こういった工夫を加えると、ありきたりになりがちな自己紹介もぐんと楽しくなり、盛り上がります。ぜひ、内定者懇親会で取り入れてみてください」
内定辞退には、「内定承諾前辞退」と「内定承諾後辞退」の二つがある。つまり、「内定を出しても承諾してくれない辞退」と、「内定承諾しても入社までの約10ヵ月の間に意思が変わることによる辞退」であり、この二つは分けて対策を考えなければならない。山田氏はまず、内定承諾前辞退の対策について語った。
「手間はかかりますが、内定者面談は必ず実施してほしい。その上で、内定を伝える面談は、一人ずつで時間は45分から1時間を推奨しています。内容は、内定の理由、入社後のキャリア、入社式までの流れ、会社の未来などを伝えて、その上で不安に思っていること、他社の選考状況、入社確度を聞きます。特に、なぜ内定を出したのかという内定の理由をしっかりと伝えることは重要です。たとえば、適性テストの結果を見せながら、具体的に話す方法があります。『あなたのここが素晴らしくて、弊社でもここを求めているから内定を出したんですよ』と丁寧に話してほしいと思います」
内定を出した後、学生に対する企業の対応は「自由放任」と「戦力化」の2タイプに分かれる。自由放任とは、企業から制約やイベントや教育が少ない場合を指す。自由放任の場合は「明確にないこととその理由をはっきりと伝えるべき」と山田氏は注意を促す。内定後にeラーニングや研修、懇親会で忙しい友達がいる一方、自分には行事もないし宿題も出されていないという状態になれば、不安にかられ、被害者意識になる内定者もいるからだ。企業側の「最後の学生生活を楽しんでほしい」という配慮が、裏目になってしまうこともあるのだ。
「内定者に対して、会社の未来、将来のビジョンをきちんと伝えているかを再度チェックすべきです。会社説明のパワーポイント資料の中身を確認してみてください。おそらく、大半は過去と現在について書かれていて、将来に関する説明スライドは2、3枚しかないのではないですか。会社説明会ではそれでもいいのですが、内定者の面談では、過去より未来を伝えていくことが大事です。なぜなら同じ職場でこれから働くことになる仲間なのですから」。さらに山田氏は付け加えた。「結婚活動と就職活動は似ていると言います。内定を出すということはプロポーズになりますが、そのとき、こういう家庭を作ろう!と未来を語ったほうが承諾されやすいですよね。それと同じなんですね」
内定フォローの目的は、辞退防止と早期戦力化の二つだと考えられている。そこに山田氏は「不安を自信に」そして期待に変えてあげることが大事だと言う。マイナビ調べによると、「内定承諾後、『本当にこの会社でいいのか』と不安になったことはありますか」という質問に対して39.4%の内定者が“はい”と答えているそうだ。
「この不安を入社式までに払拭してあげて、社会に出ることに対して期待感やワクワクする気持ちを醸成してあげることが内定フォローにおいて最も大事なことだと思います。入社式のときに新社会人たちが“学生に戻りたい”“仕事なんてしたくない”と、ネガティブな感情を持っているよりも、“仕事が楽しみ”“これからは自分次第だ”とポジティブな気持ちで入社したほうが、その後の社会人生活に差が出ると思いませんか」
不安は、具体的に三つあると言う。「会社に対する不安」「自分に対する不安」「仲間に対する不安」だ。これら三つが低いほど、入社後の成長の伸びが高まるというメリットや早期離職率との関係について述べられた。従って、内定承諾後の辞退防止には、内定者の不安を自信に、そして期待へとつなげるようなステップが必要だと、山田氏は重要視している。これらの不安をうまく解消する方法が紹介され、聴講者たちは一部を実際に体験した。
「一つめはミッション・グループワーク型です。一番導入しやすい方法だと思います。これは、内定者を5人ほどのグループに分けてお題に取り組むというもの。ワークする時間が短い場合は、採用キャッチフレーズの立案、会社を五七五で表現といった、アイデアが勝負となるテーマが多くなっています。半日以上の時間がある場合は、入社案内の企画、採用チラシの作成など、採用にまつわるテーマを選ぶようにします。これは内定者が取り組みやすいという理由だけでなく、ワークがそのまま来年の採用に使えるという利点もあります。ある会社では『これは内定者が作った会社案内です』と配布している例もありました。グループワークはチームごとに順位づけを行うと、最後にもう一度盛り上がりを作ることもできます」
二つ目に紹介されたのは、ビジネスゲーム型。ビジネスゲームを用いながら交流と学びを両立させるという、最近増えてきたタイプでもある。コストとタイムとクオリティーのバランスで何がいちばん大事かと気づかせる「プロジェクトマネジメントゲーム」や、ターゲットの顧客に最適なマーケティング企画を立案する「マーケティングプランニングゲーム」など、9種類が揃う。
「マイナビ研修サービスのサイトでも動画を公開しているので、興味ある方はぜひご覧ください」と山田氏は付け加えた。
「三つ目はツール導入型です。これはそのうちの一つ『SPトランプ』というツールを用いて、自分の理解、他者理解を図るものです。それでは、一人1セットずつカードを持って適当に切り、カードに書いてある言葉を見て、自分は当てはまるなと思うものを10枚、3分以内で選んでみてください」
「皆さん、何色のカードが多いですか。選んだカードによってその人が浮き彫りになります。人事の方は赤、ハートとダイヤの枚数が多いと言われますが、赤は『感覚系、人間志向』と言われています。黒、クローバーとスペードは『論理的、課題志向』です。それぞれのマークや数字にも、意味や相性があります。このタイプの人はこういう傾向がある、このタイプのあなたはこんなコミュニケーションを取った方がいい、といった考え方や分析ができるようになっています」
山田氏の部署でも全員が『SPトランプ』を行い、それぞれがどういうタイプなのかをファイルで共有。お互いを理解しやすくするツールとして活用している。内定フォローの一環としてだけではなく、先輩社員たちとの交流を深めるために導入を希望するケースも少なくない。
「四つ目は合宿型・プロジェクト型です。このテーマでは内定者を軸に育てる風土を作ります。事例を挙げますと、2泊3日の合宿中にお題を三つ。その間、先輩社員とのランチ、先輩からの差し入れもプログラムに入れました。最後のプレゼンテーションの後には社長が総評してフィナーレとなります。その時には一人ずつ前に出て、そこで名刺が手渡されます。配属部署は内定者となっていて、電話番号は人事部のものです。裏面には商品紹介が書いてあります。名刺は内定者の帰属意識を高めるツールにもなりますし、内定者は学校に戻って名刺を配りますから、裏面がいい宣伝にもなるわけです」
「会社組織を変える、活性化するといったときに、欧米では社長を変えるのが一番早い、日本ではミドルマネージャーを変えるのが一番早い、と言われます。ただ、内定フォローをうまく行えば、その会社の雰囲気をよい方向にもっていけるのではないかと私は感じています。うまく行うことで、内定者は前向きな気持ちで入社できて、入社後の成長度合いが高められる。採用担当者は内定者辞退を防止できる。そして、内定フォローに社員との交流を取り入れれば、先輩社員も心構えが向上して、気持ちをリフレッシュすることができます。毎年これを繰り返していけば、いろんな要素がからみ合い、会社全体をプラスの方向に持っていけるのではないか、そう思うんです。実際、内定者の辞退を防止できただけでなく、組織が活性化された事例が増えています。さらに、入社後の研修の手間を減らせたり、その後の社員の離職を減らしたりといった効果も期待できます」
一方で、山田氏は、内定フォローは次年度の新卒採用業務と重なるため、注力できない状況も理解している。そのような企業に向けて「安価に、手軽に導入できる商品」について紹介され、ワークショップは終了となった。終了後に実施したアンケートでは、参加者50社中49社が「満足」と答えるなど、大変な盛り上がりを見せたワークショップだった。