競争のグローバル化などビジネス環境が大きく変化する中、多くの企業で次世代の経営者・リーダーの育成が経営戦略上の重要なテーマとなっている。世界で戦えるビジネスリーダーをできるだけ短期間に数多く育成していくことができれば、戦略上の競争優位、差別化につながるからだ。近年、高速ブロードバンドやスマートフォンの普及などを背景に、日本でも「オンライン教育」革命ともいえる大きな変化が起こりつつあるが、こうした新しい流れを企業研修に取り入れ、変革を推進していくにはどうすればいいのか。株式会社ビジネス・ブレークスルー 企業研修部門で次世代経営者・リーダー育成プログラムの開発等に長年携わってきた山口裕二氏が、“オンライン学習”を取り入れた研修のデザイン・方法論等について事例を交えて語った。
スタンフォード大学の二人の教授がはじめたオンライン教育ベンチャーの「Coursera」。受講者数、提携大学数ともに大変な勢いで伸びている。日本でも東京大学が参加するなど、有名大学の授業の様子を全世界に無料で配信するという、まさに教育革命が起こっている。一方、日本のeラーニング市場は、近年オンライン英会話レッスンなどの広がりなど新たな変化も見られるが、市場の伸びとしては微増程度である。
企業研修におけるeラーニング活用も現状ほぼ横ばいであるが、「スマートフォンを活用したモバイルラーニングが企業研修の分野で今後更に進んでいくのではないか」と山口氏は分析する。その根拠として、ビジネス・ブレークスルー(BBT)の受講生を対象にした調査では、パソコンだけの利用者は3割をきっており、モバイルを使った受講者の割合が7割を超えているという。時間帯別の受講状況の分析結果では、朝・夜の通勤時間、昼休みの時間にモバイル受講率が極めて高くなっている。
「企業研修は現状まだまだモバイルラーニングの活用は進んでいません。多忙なビジネスパーソンを対象に研修効果を更に高めていく上では、モバイルラーニングを積極的に活用していくことが重要だと考えます」と山口氏は主張する。
BBTは、経営コンサルタントの大前研一が1998年に立ち上げた会社である。スマートフォンもブロードバンドの高速回線も普及していない時代から、オンラインを活用し、世界で活躍できる人材を育てるという高いビジョンをかかげてチャレンジを行ってきた。
「私たちはこれまでMBAホルダーを1,286人輩出している、国内最大規模のビジネススクールです。そこでの経験を活かして、企業研修の分野でも、集合研修とオンライン研修双方のメリットを活かしながら、企業の経営課題、人材育成ニーズに対応した研修企画・運営を行い、数多くの実績をあげてきました」
その特徴は、豊富な経営・マネジメントに関する講義映像、自社で独自に開発したオンライン学習プラットフォーム「AirCampus®」、そしてこれまで培ってきたオンライン学習設計・運営のノウハウにある。特に、「AirCampus®」は現在ではスマートフォンやタブレット端末で受講できるようになるなど、十数年にわたり改良を重ねてきた。チャットやWeb会議システムなどと異なる、『非同期型』と言われるもので、24時間いつでも受講者・講師とディスカッションできるのが特徴だ。
2000年に入った頃から、グローバル競争などに対応していくため、経営人材のプール・予備軍づくりを目的に選抜型の経営人材・リーダー育成に取り組む企業が増えてきた。研修の中心は、ケースメソッドを使いグループディスカッションをする形式が当時から主流であった。「私も前職でケースメソッドを使ったマーケティング研修など受講しましたが、集合研修当日の知識レベルにばらつきがあり、クラス全体として活発な議論になりにくく、学習効果について大きな疑問を持っていました」と山口氏は当時を振り返る。
そこでBBTでは、集合研修の事前学習用教材としてマーケティングや財務会計など、ビジネススクールの一流講師陣の講義映像を提供してきた。「書籍に比べて事前課題としての学習効果が高いという評価や、集合研修当日のレベル感を高い位置で揃えることができて研修全体のクオリティが高まったなどの評価を多数いただいています」
急激な海外展開により、グローバル人材育成は多くの企業で課題となっている。例えば国内の生産マネジャーだった人が海外の経営責任者に赴任するケースでは、人事、システム、マーケティングなど、最低限の経営知識を学ばせる必要があると考えるが、現状何も手が打てていないという企業の人材育成担当者の声をよく聞く。
「海外の拠点からはもちろん、日本国内の支社・工場から一ヵ所に集めて集合研修を行うことは役職が高ければ高いほど困難です。日数の限られた集合研修のみで研修を設計し、経営者が求める研修期待効果を達成することはもはや限界だと思います」と山口氏は語る。
「皆さんもご存じのエビングハウスの忘却曲線。1日後には74%忘れてしまうと言います。集合研修で学んだ学習効果を維持し、高めていくには、細切れの時間でもかまわないので学習を継続・習慣化していくことが重要です。多忙な上級管理職を鍛えるトレーニングで効果をあげていくためには、集合研修にオンライン学習を効果的に組み合わせて研修全体を設計していくことがひとつのポイントだと考えます」
オンライン学習を研修に組み込んだいくつかの事例を山口氏は紹介した。まず取り上げたのは、某IT企業の「次世代リーダー研修」。コンセプトに据えたのは、より実践型な問題解決型の研修。講義映像の視聴やオンライン上での議論などを中心に集合研修を組み合わせた8ヵ月のトレーニングを実施。研修の最終課題は、個人で自社の経営課題解決・戦略立案に取り組むという内容だ。
「オンライン上で活発な議論が日々展開されるために、さまざまな工夫を行っています。研修の最初には、お互いが顔見知りになり、安心して自分の考えを表現できるようにオリエンテーション・チームビルディングを行います。受講者は土日だけでなく平日夜なども積極的にAirCampus®上に分析結果や自分の考えを投稿しています。投稿した翌朝には講師や他の受講者からフィードバックコメントが返信され、学習のリズムが形成されていきます。非常にハードな研修プログラムですが、学習が習慣となり高いモチベーションを維持したまま楽しみながら学習を進めています。それが研修全体の効果・満足度に反映されています」
AirCampus®上では、課題提出、事務局の連絡、雑談などもできるようになっている。スマートフォンやタブレット端末でも操作が可能だが、システム上その会社の受講者しか入れないよう制限されており、情報が外部に漏れる心配はない。受講履歴、発言の投稿数がデジタルで毎日確認できるため、企業側の研修事務局と講師が進捗状況を共有しながら一体感を持って受講者をサポート、フォローできる。これも、研修の成果を高める重要なポイントともなっている。
次に取り上げたのは、「海外赴任前・赴任後の教育プログラム」の事例。スカイプを使って1対1で外国人講師がロールプレイ・指導を行う、ビジネス英会話トレーニングプログラム。海外でのリアルな仕事シーンを想定して問題が与えられ、目標やゴールを設定して、解決に必要なコミュニケーション、ニュアンスを英語表現として学んでいく実践トレーニング。たとえば、現地採用や解雇というシビアな場面では、相手の気持ちもくみとりながら、どのように問題解決にあたるのかなどロールプレイ形式で学習していく。
最後に紹介されたのは、自社課題解決をテーマにした実践型研修の事例だ。最終のアウトプットを高めるために「同期型」のWeb会議システムの活用だけでなく、「非同期型」のAirCampus®を導入することにより、グループワークへの講師の関与度が高まり、議論の履歴が全て残ることで、議論の生産性が非常に高まる効果を生んでいる。
「次世代経営者・リーダー育成の研修デザインにAirCampus®などのオンライン学習を組み込むことにより、これまでにはない高い学習効果、アウトプットの質を高めることができました」と山口氏は強く語る。
最後に山口氏は、企業にとってのオンライン学習活用の意義について語った。「オンライン学習を次世代経営者・リーダー育成に積極的に取り入れている企業は、まだ多くありません。しかし、その特徴や効果から、企業研修における学びのイノベーションとなることは必至だと考えます。ぜひ他社との差別化、戦略的人材育成のために、オンライン学習を効果的に活用していただきたいと思っています」