組織におけるチームとは、一人ひとりの力の足し算だけで、その総量が決まるものではない。そこにチームとしての、目に見えない力も加わってチーム力となる。そして、そのような集団をビジネスの世界でつくり出す手法が「チームコーチング」だ。では、この手法をどうすれば企業で活用することができるのか――。企業へのチームコーチングにおいて数々の実績をもつ、株式会社日本チームコーチング協会の取締役である田近秀敏氏が「組織開発の新手法『チームコーチング』の可能性」というテーマで講演を行った。
「今日はチームコーチングを、人のライフサイクルに例えながらお話したいと思います。人は青年期、壮年期、老年期それぞれの時期にやらなければならないことがありますが、その意味合いはそれぞれ違いますね。それでは、組織の場合には一体どうなるでしょうか――」。田近氏の問いかけから、講演は始まった。
青年期の組織がやらなければならないことと、壮年期の組織がやらなければならないことは確実に異なる。しかし、壮年期の組織は力がついているので、青年期に果たせなかった夢に挑戦しようとする。しかし、大抵はうまくいかない。田近氏は「チームコーチングはプロセス指向」と語る。企業の青年期、壮年期、老年期といった時期を判断し、そのプロセスにアプローチすることが最も重要だそうだ。何を行うのかがあらかじめ決まっているようなコンテンツ指向とは、対極にあると言えるだろう。
「よく企業の担当者から『チームコーチングでは何をやるのですか』『先にカリキュラムを出してくれませんか』などと言われます。しかし、チームコーチングに最も必要なものはコンテンツではなく、プロセスです。私のようにベテランになると、コンテンツはあらかじめ考えたりしません。まずは出会った人たちが、今この瞬間どのプロセスにいるのかを観察、分析し、それから介入を果たしていきます。これは1対1で行うコーチングとまったく同じです。チーム全体に対する介入です」
田近氏は、コンテンツに介入すると「何かを教えてくれ」という形になり、先生と生徒の間柄になってしまうと語る。これは非常に不健全な関係であり、いったんそのような関係になると依存が生まれてしまう。「あくまでも目的は自立させることであり、私たちを必要としない時代をどれくらい早く招くことができるか。つまりセルフコントロールしながら成果をつくる組織を、どのようにつくるかということがすべてです」と田近氏は言う。プロセスはいわば、列車の旅。次の駅へと進む工程に寄り添うことが重要なのだ。
「チームコーチングという言葉は、2000年ごろからよく聞かれるようになりましたが、一つの誤解があります。『1対1のコーチングを集団で行っているのですね』と。しかし、これはグループコーチングですね。グループとチームはそもそも違います。皆さんの会社に、チームと名の付く組織はあるでしょうか。私はチームという名にふさわしい組織には、出会ったことがほとんどありません。その多くは『ワーキンググループ』です。一人ひとりのメンバーがそれぞれの成果を作り出し、その集合がグループの成果となる。これはチームではありません」
チームとグループが違うことの典型として田近氏は、なでしこジャパンを挙げる。「一人ひとりのパフォーマンスを見ると外国選手に劣っていますが、集団になると強い。しかし、一人ひとりの足し算によって、なでしこジャパンはできていません。そこには『目に見えない何かの力』が加わっているのです。こんなことをビジネスで可能にするのが、チームコーチングなのです」
それでは、チームが成り立つ時に重要な要素は何か。田近氏は「人数」だと言う。「150人のチームは可能ではありません。ラグビーはチームが15人ですが、これくらいがマネジメントできる大枠の人数ではないでしょうか。短期間で圧倒的なチーム力をつくるための最大人数は、頑張っても24名ほど。これは私の経験ですが、できれば6名くらいから20名未満が理想です」
学校のクラブでチームスポーツを経験した人以外は、チームという活動を知らない。だから、チームコーチングのメンバーに選ばれた人たちは、成果が出れば驚くほど感動すると言う。では、「グループ」から「チーム」に変容するプロセスというものはあるのだろうか。
「集団が自分たちの力だけでチームになることは、ほぼありません。例えば、サッカー日本代表は監督のザッケローニがいるからこそ、まとまる。このように、ある枠組の外側から指導することがチームづくりのコツです。ですから、上司が部下をチームコーチングすることはかなり難しい。どうしても主観が入ってしまうからです。違う部署をコーチするのであれば可能でしょう」
田近氏は、チームには目的があり、それを達成したら解散。そのことを意識しておくべきだと語る。「今期で解散」などといった、メリハリが必要だというのだ。また、チームはより大きな組織の一部だから、内側を見るべきではなく、外側に対してどうアピールしていくかが重要だとも言う。チームコーチングとは、より外側の組織に貢献できるものでなければならないのだ。
では、チームコーチとはどのような人物なのか。一言でいえば非常にすぐれたリーダーだ。明確な目的とビジョンを共有するようにグループを力づけ、グループから任務達成への自発的なコミットメントを呼び起こす。まさに、メンバーに腹をくくらせる存在。そして彼らを勝利に導くために、グループがチームに変容していくプロセスを通して、包括的なコーチングを行う。田近氏はチームコーチに必要な能力が五つあると言う。
「一つ目は1対1のコーチングスキル。エグゼクティブ(経営者)、ビジネスコーチングのスキルを活用します。二つ目はファシリテーション・スキル。三つ目はチームビルディングとトレーニングのスキル。四つ目はプロセスコンサルティング・スキル。組織がどこに向かっているのかを考えて対応するスキルです。五つ目は状況に最適なチームコーチングの戦略をデザインし、リードする能力です。これが最も重要です」
それではチームコーチは具体的に何をするのか。ポイントをまとめると以下のようになる。
バスケットボールのチームに対して、コーチが何をするのか想像するとわかりやすいだろう。試合前のロッカールームでは、選手に「動機づけるコーチング」を与える。ハーフタイムには「専門的な助言を与えるコーチング」で前半を振り返り、後半の戦略を与える。これはコンサルテーション的な関わり方だ。そして翌日の練習では「教育的なコーチング」で次の試合への準備をうながす。能力開発へとつなぐわけだ。
「ここには三つのプロセスがあります。メンバーの努力(モチベーション)、パフォーマンス戦略(コンサルテーション)、知識とスキル(エデュケーション)。コーチはこの三つのパフォーマンスプロセスにおける『プロセスロス』を防ぎ、『プロセスゲイン』を促進する。プロセスロスとは、取り組みが水の泡と化したり、戦略が崩れたり、互いが不信感を持つなど、メンバーが関わることで生じるロスのこと。これをどこまで抑えるか。そしてプロセスゲイン、相乗効果をいかに起こすかです」
組織にはライフサイクルがある。「夢を見る→冒険に乗り出す→組織化する→やり遂げる→慣例化する(公的立場になる)」。ここから自己満足に陥ると「→終わりが近づく→終末を迎える」という流れになる。では、どうすれば組織は続くのか。
「慣例化の次は、再生の道へと入らないといけません。組織は人も入れ替わりますから再生は可能。しかし、ここで問題となるのは企業が持つアレルギー反応です。新しいやり方やルールに抵抗してしまう。この山を乗り越えさせるリーダーがいるかいないかがカギになります」。そうすれば、「再生への道→はじまりを創る→夢見る」とサイクルが生まれる。創業者の理念をもう一度感じ、そこにベンチャースピリットが生まれる。それが新しいルールを生み、再組織化へとつながるのだ。
チームコーチングの基本的なステップは以下の5段階だ。
日本チームコーチング協会では、「経営陣一枚岩プログラム」「リーダーシップチームによる事業変容プログラム」「たった4日間で現場力向上プログラム」など、企業のさまざまなプロセスに向けたプログラムを提供している。田近氏は「私たちのミッションは世界最高品質のチームコーチングを提供すること。人、組織、社会にダイナミックな変化を創りだしたい」と語る。環境の変化に対応できる強いチームを作ること。主体的に発展し続ける組織づくりへのヒントは、日本チームコーチング協会にあるようだ。