採用活動の解禁が2013年卒業者から2ヵ月後ろ倒しとなったのもつかの間、2016年卒業予定者の採用からはさらに3ヵ月の後ろ倒しが予定されている。この混乱に企業の足並みも乱れ、倫理憲章が有名無実化する可能性も否定できない。まさに新卒採用は変革期にあると言っていいだろう。それでは、これから企業の採用活動は一体どうなっていくのか――。この問題について、3大就職サイトの担当者が一堂に会し、パネルセッションが行われた。司会はキャリアカウンセラーとして学生・若年者など多くの就職支援を行う東洋大学准教授の小島貴子氏。変革期の中でよりよい採用活動を実現するにはどうすればいのか、熱い議論が展開された。
小島:「安倍首相が、学生が学業に専念できる環境を整えるべきなどとの考えから、経済界に対して2016年度卒業予定者の採用に関する広報活動の開始時期を4年生の3月に後ろ倒しすることを要請し、経済3団体は揃って受け入れを表明した」との報道がありました。このことに関して、率直にどんな感想をお持ちですか。また、学生の就職活動や企業の採用活動には、どのような影響があるのでしょうか。
岡崎: 初めてこの話を耳にした時、率直に「これは誰のためで、何のためなのか」に思いを巡らせました。就職活動時期の後ろ倒しは3年前にも随分と話題になり、経済同友会などは「就職活動の広報開始時期を3年生の3月に、選考開始時期を8月に」と提言していました。そこで当時、「リクルートワークス研究所」と現在の「就職みらい研究所」の前身のチームとの協働で、その影響を企業調査をベースにシミュレーションしました。そこでは「最大4万人の未就職卒業者の増加」というショッキングな結果が出ました。もし仮に今回のことで“官製就職氷河期”が訪れたりしたら、それはあってはならないことです。一方で、「今より短期間でいい人が採用できるなら、短いに越したことはない」という企業の声も根強く、我々支援事業者の知恵と工夫が問われていると感じています。
栗田:私も同様で、最初はどうしてこういう話が出てきたのかと思いました。私は、未就職者以外にも問題が起きるのではないかと思っています。特に理系の学生は、4年生になった時、就職活動で研究期間を阻害することになるのではないでしょうか。また、中小企業にとって短期化が本当にいいことなのかどうか。むしろ、条件的には厳しくなるように思います。
渡辺:スケジュールを10月から12月にずらし、今のところ大学を始めどこからも文句は出ません。その検証もなしに再びずらすというのは、理由がわかりません。これまで、就職意欲の低かった学生は就職活動に時間をかけることで、社会で働く意欲を育て、それなりのスキルを身に付けていきました。就活期間が短くなると、その猶予がなくなるので心配です。
小島:今、働くことを意識しつつも、準備不足で社会に出る学生は少なくないと思います。では、大学がなぜ声を上げないのかというと、大学もたくさんの課題を抱え、そこまで手が回らないのが現状だと思います。このことで結局発言出来ずに蚊帳の外になっているのは、当事者の学生かもしれないですね。
渡辺:企業側にも問題が起きています。企業の面接時期を学生モニター調査しましたが、メガバンクや経団連IT企業は4月以降に面接しています。しかし、倫理憲章賛同企業の中には賛同していながら、3月から面接しているところもありました。今年多かったのは4月1日に最終面接という企業で、2年目にして早くも形骸化しています。そのため、次の変更も守られるかは甚だ疑問です。新経連IT企業や外資系企業など、早いところは11月から面接を行っています。これらの企業はおそらく今後もずらさないでしょう。その点では、正直者が馬鹿を見るということもあるかと思います。
小島:学生の就職活動には、まだまだ解決していない問題も多いと思います。学生とのやり取りの中で、どのような課題を感じていますか。
岡崎:私は長らく就職と採用の現場に携わっていますが、毎年の就職活動生の悩みNo.1は「志望動機が書けません」というものです。やりたいことが見当たらないままに応募し、無理矢理動機をひねり出して書くという矛盾が生じている。本来キャリア選択とは自分を知り、職業を知った上で、その二つをすり合わせる行為ですが、実際には両方ともわからずに就職活動を先行させてしまう学生が少なくありません。進路選択でつまずく人の典型は、活動を始めてから自分の将来について考え始め、業種や職種などを研究し、具体的な企業にアプローチするというパターンです。本来は、具体的な就職先にアプローチする前に「自分はどんなときにエネルギーが出る人なのか」などを考えておく必要があります。そうした備えが不十分だと、就職活動は複雑で困難なものになってしまいます。では、どうすればいいのか。理想を言えば、大きな目的意識を持って大学に進学するのが望ましいのですが、そうした学生ばかりではないでしょう。思い立った時でよいので、何かしら将来の方向性を仮置きし、それを念頭に置いて社会と関わり、理解を深めていくこと。同時に、基礎力や応用力、学力を徹底的に鍛えておくこと。言うまでもありませんが、学生の就職活動は企業の採用活動と表裏一体です。企業が何のために採用しているのか?に学生が思いを巡らせることができれば、そうした備えこそが重要であることが自ずと見出されるのではないでしょうか。
小島:最近の学生は、採用担当者の質問の意図がわかっていません。志望動機も書けないから、ネットでつぎはぎの言葉を探してくる。相手が何を求めているかを深く広く考えるような教育が必要だと思います。では続いて、日経就職ナビでは大学のキャリア教育について調査されていますが、その問題点について教えていただけますか。
渡辺:就業意欲と大学キャリア教育の関係について調査したところ、キャリア教育科目の履修学生のほうが働く意欲は高いことがわかりました。また、「早く働きたいか」という問いに対して「どちらでもない」は履修学生17.3%に対し、未履修学生は52.8%もいました。どうすればいいのか迷っている学生の背中を押すのがキャリア教育ではないでしょうか。その点では、大学での前段階の教育は重要だと思います。
小島:職業について学んでも、新しい職業が次々生まれてくる。その点では社会そのものに興味を持たせる教育が必要だと思います。続いて、企業の人事が地方の大学を訪問しても、学生にはなかなか響かないという話を聞きました。実際はいかがでしょうか。
栗田:私たちは地域間の行動量の差について調査しています。14年卒で企業セミナー参加を比較すると、関東29.7回、関西27.4回。その他の地方は16.5回で、関東に比べて半分程度です。地方は企業を知る機会が少なく、地元という狭い範囲で企業を見る傾向にあります。地方の学生と話をしていて、「こんな仕事、企業があるよ」という会話で視野が広がったと言われることもよくあります。
小島:マイナビでは、既卒者の動向についても調査されていますね。何か気になる問題などはありますか。
栗田:私の感覚値ですが、未就労で卒業する学生は、2016年卒のスケジュールだと、6万~7万人増えるのではないかと思います。既卒者に前年の活動終了時期について聞いたところ、在学中の12月や1月で止めた人が3割強いました。既卒者の内定率を見ると、全体60.5%に対して23.6%と半分以下。満足度も同様に低い。活動量を見るとエントリー数、セミナー参加数も少ないのですが、直接話を聞くと「就職情報サイトを見ても、“既卒者歓迎”かどうかわかりにくい」と言います。それに周囲に相談する人も少なく、支援環境も変わってしまっている。コンプレックスも生まれますし、支援は必要だと思います。そして、学生はできるだけ現役で就職させるべきだと感じました。
小島:ここ20年で大学生は大幅に増えたのに、就職先は増えていませんね。埼玉の中小企業に聞くと、高卒採用のポジションに大卒が入るしかなくなっている。その点では、労働現場の整備ももっと進めるべきだと思います。
小島:現状分析、課題とお話しいただきましたが、特に今起きている出来事の中で、何が今後の新卒採用において問題になるとお考えですか。また、その問題の解決のために、就職サイトとして何に注力されていくのですか。
岡崎:今後のさらなる“圧縮スケジュール”においては、「マッチングの高度化」がカギだと思います。今、私たちが、就職活動の交通整理が完璧にできているとは思っていません。情報の流通量が消費量の500倍を超えている時代。もはや個人のリテラシー向上だけで乗り切れるような問題ではありません。「リクナビ」は“ビッグデータ”と“パーソナライズ”でこの課題を乗り越えるチャレンジをしています。リクナビ2014年では「iリクナビ」という概念を導入。就職情報サイトも、誰もが同じ情報を見る「メディア」から、ひとりひとりが自分にとって重要な情報を見る「アプリ」へとシフトする時代との認識で磨き込みを続けています。それともう一点、2013年卒からの“2ヵ月後ろ倒し”によって起きたことは、次のさらなる後ろ倒しの際にもまた起きる可能性が高いでしょう。つまりさらなる後ろ倒しによって起きるであろうことは、全く想像もつかないことではなく、既に存在している問題や課題が、「後ろ倒し」ということで浮き彫りになるということです。裏を返せば、ある程度予見できる、すなわち対策が可能ということです。よりよい人材を、より効率的に採用する。私たちはこれからもこれを支援していきたいと思います。
栗田:マイナビは、学生の志向に合わせた情報の届け方を考えていきたいですね。たとえば、志向から少しズレてはいるけれど、学生の視野の範囲にあるものは何なのか。それをデータの中から一つひとつ探して届けることが私たちの役割だと思っています。また、学生が志望を変えるきっかけは昔から変わらず、人と会うことです。人との出会いのきっかけをどれだけつくることができるか。イベントやネット上での番組づくりなど、もっと偶然の場づくりを演出したいと思います。
渡辺:よく学生から「これだけ内定が取れたのですが、どの企業がいいですか」と相談されます。なかなか自分で会社を選べないんですね。実は日経就職ナビでは、中堅・中小企業という言葉を極力使わないようにしています。「成長企業」と言葉を変えないと、なかなか学生の目が向かないからです。そういった状況で、私たちはどんな情報を提供できるのか。最近では日経産業新聞と大学教職員向けセミナーを開催しながら大学をリサーチし、成長企業の良さをどう伝えるかを研究しています。
小島:私が人事の方にお願いしたいのは、超早期離職をつくらないことです。すぐ辞めてしまったら個人も企業も得がない。最低3年は定着させてほしい。また、採用担当者は学生が接する数少ない社会人です。ぜひ採用の前段階でも、社会人の先輩として学生に接してほしい。そして、もし教育的な試みでご相談があれば、気軽に大学に声をかけていただきたいと思っています。皆さま、本日はどうもありがとうございました。