坂本:本日は、人を幸福にする会社経営をどのように実現するのかについて議論していきたいと思いますが、その前に少しだけ前座の話をさせていただきます。
私は『日本でいちばん大切にしたい会社』という本を出しましたが、私のところには、社会で心を痛めた人たちからいろいろな声が届きます。
Oさんという方が、長いメールをくださいました。Oさんは以前、著名な会社で取締役人事部長を勤めていましたが、退職して自分で会社をつくりました。まだ30歳にも満たない若い方で、後にお会いしましたが、非常に優秀な方です。転職の誘いもありましたが「自分の考えが正しいことを証明したい」と会社を作ったそうです。
以前勤務していた企業でOさんが人事部長になったとき、社長から最初に指示された仕事はリストラでした。リーマンショックの影響によるものです。しかし、彼は人の幸福のために働きたいと考えるような人でしたから、取締役会でとことんそれを拒否したそうです。「もし2割の社員をリストラするくらいなら、幹部社員の給料を下げましょう。何ら罪のない社員を犠牲にしてはいけない」と。そして「喜びも悲しみも分かち合うのが組織の大原則。誰かの犠牲で成り立つような経営は正しくない」と毎回訴えたそうです。しかし、そのうち彼は居場所がなくなり辞めざるを得なくなった。この話を聞いて私は正直、怒りを覚えました。
もう一つは、福岡県にある会社の管理職の方からいただいたメールです。「うちの創業者に会って、ほめていただけないでしょうか。今年で88歳。米寿の最高の記念になります」という内容でした。
後に私は、その会社に視察にうかがいました。その会社は従業員40名で、そのうち8割は障がい者です。創業者の方は60歳で会社を立ち上げました。敗戦を中国で迎え、シベリアに抑留。満身創痍で帰還し、職を求めましたが彼の60年間はほとんどがアルバイトやパート、季節工といった仕事だったそうです。
60歳で独立したのは、どうしてもやりたい仕事があったからでした。自分が仕事探しで苦労した経験があるので、障がい者に働く場を作ってあげたいと思ったのです。また、まともな賃金を払える会社にしたいと努力してきたこともわかりました。その方に会って、私はこう言いました。「国家国民を代表してお礼申し上げます」と。その方は私が見ている前で、涙をポロポロ流されました。
このような例が実はたくさんあります。皆さんには、企業経営の使命とは何かを考えてほしい。私は社会性と経済性が対立するなんて思ったことはありません。正しい会社は滅びない。企業の目的とは、人を幸福にすることなのです。
渡邉:アイエスエフネットは、13年前に4人で立ち上げた会社で、ITの通信関係の仕事を行っています。弊社では、一切履歴書を見ずに、未経験者を採用してきました。今でも、95%は未経験者です。現在、社員数はグループ全体で2383名で、社内には障がい者が245名います。この数は、未上場会社ではトップクラスだと思います。
弊社がここまで成長できた理由は、障がい者も未経験者も、会社で十分に活躍し、戦力になっているからです。最初は経験者がほしいと思いましたが、スキルと人間性の両方を兼ね備えた方は来てくれなかった。そこで「未経験歓迎」とうたったところ、ビジネス経験がなくても、やる気のある方がたくさん来てくれたのです。履歴書を見てもしょうがないので、未来に対するコミットメントで雇いました。
引きこもりだった人、字が書けない発達障がいの人などがいらしたのですが、そういう人は会社を辞めずに残ってくれました。実は2383名のうちの約40%の950名は、ニート・フリーター、シニア、ワーキングプア、障がい者、引きこもりなど、就労困難だった方々です。それでも、私たちの会社は一度も赤字を出していません。
会社に見学に来られた方に「誰が障がい者がわかりますか」とたずねても、大抵分かりません。働きぶりが素晴らしいからです。実は仕事を細分化すると、単純な作業はほぼ確実に障がい者のほうが早い。それを知って、障がい者採用に踏み切る会社も多いですね。障がい者団体も見学に来られますが、話を聞くと大変なのは就労先がないこと。しかし、会社さえその気になれば、いくらでも仕事は作れるのです。
弊社が目標としている「20大雇用」に関わる就労困難者の方々は、日本で2500万人いるといわれます。六人に一人です。これから障がい者の法定雇用率は上がっていきます。今は採用を避けている企業も、受け入れていかなければならなくなるでしょう。私は、もっと実際の障がい者を見てほしいと思います。見れば仕事ができることがわかる。そのことをきちんと知って採用し、その人に合った仕事を切り出して与える。私はそうして雇用を増やしてきました。
坂本:障がい者になりたかった人はいません。人は誰でも年を取れば、程度の差こそあれ障がい者になります。そうであれば、私たち健常者が何をすべきか、明白でしょう。働きたい障がい者に働く場を提供することは、支援の中でももっとも重要なことです。しかし、法定雇用率を守らない会社が実は大変多い。これは嘆かわしいことです。
私がアイエスエフネットをもっとも評価するのは、雇用づくりもありますが、その中身が素晴らしいからです。40%もの就労困難者を抱えているにもかかわらず、大変高い業績を上げている。これは、社員の幸福を実現する、正しい経営を行っていれば、会社は滅びないという証明です。しかし、多くの会社はここから逃げている。どうしたら解消できるのでしょうか。
渡邉:大企業は短期の決算で株価を見られるなど、常に結果を出さないといけません。しかし、障がい者雇用は結果が出るまでに時間がかかりますから、スパンの違いが妨げになっていると思います。
坂本:会社経営で一番大切なことは業績で一番になることではありません。その会社に関わる人すべてが幸福になることです。そして、すべての社員が幸福だと感じられた会社は、間違いなく業績が高い。
これは岐阜県のある会社の社長の例です。この社長は生まれながら内臓がすべて逆についていました。大学時代の就職活動では20社も受けましたが、すべて最後の健康診断で落とされた。残された道は起業しかありませんでした。今では自分で障がい者を雇用しています。この話を聞いて、日本の会社はおかしいと思いましたね。
渡邉:障がい者支援でお手本になる実話があります。ある学校に、マサくんという足に障がいのある子がいました。リレー大会が開かれることになったのですが、友達が「マサくんがいるかぎり一等になれるはずがない」と言うのをマサくんは聞いてしまった。それでマサくんはリレーに出ないと言い出したのです。
ここまでは一般の会社と同じですね。病気になればリストラされます。でもここからが違います。ある男の子が「クラスのみんなが一人1秒早く走ればクラス38人で38秒早く走れる。そしたら勝てるよ」と提案したそうです。賛成したみんなは放課後も残って練習し、一人1秒縮めました。他のクラスはあのクラスに負けるはずがないと練習しなかった。結果、マサくんも参加したリレーで、このクラスは優勝することができたそうです。
いろいろなところでこの話をしましたが、皆さん泣くのです。中国でも韓国でも話しましたが、誰もが感動していました。感動するって共感ですよね。実は皆が助けたいと思っているはずなのです。でも現実の世界で、障がい者への支援は広がらない。なぜなのか。たとえば、この話と同じように、会社での1日8時間の勤務時間のうち、一人ひとりが数分ずつでも障がい者の手助けを行えば、全社員で相当の支援ができるはずです。
皆さんに一つお勧めしたい方法があります。私は就労困難者の親御さんに会う「ご家族と語る会」を毎月設けています。そこに管理職の社員もなるべく参加してもらっています。すると、ご両親が喜ばれている姿などを見るうちに気持ちが相手に移っていくのです。周囲に障がい者がいないとこの気持ちはわからない。でも近くにいれば、こちらもやりがいや生きがい、存在価値といったものを感じられる。ぜひ障がい者の皆さんやその両親と話す機会を持ってほしいのです。そうすればマサくんを応援したクラスメイトの気持ちになれると思います。
坂本:それでは、社員の幸福のためにリーダーは何をすべきだと思いますか。
渡邉:当社では、すべての部門に障がい者がいます。そのため、健常者の意識改革を行っています。たとえば、仕事は何でも超細分化すれば障がい者でも担当できるようになります。ただ仕事の切り出しは、当初反発に合いました。社員は簡単な仕事が抜けるので大変になるわけです。そして空いたところにはよりレベルの高い仕事が入ってくる。
しかし、そのうち仕事は楽になっていきます。個人のスキルが上がるからです。当社には、細分化のアイデアを出した人を表彰する制度があります。
また、コア制度というものも作りました。これは社員同士が親子関係をつくり、親が子を守る制度です。何かあれば親が相談に乗ります。このような制度をつくってから、部長以上の管理職は誰も辞めなくなりました。この制度でモチベーションが維持できているように思います。
坂本:皆さまには、自分がもし障がい者だったらどうしてほしいか、どのように考えるかを意識していただきたい。社員みんなが幸福であることを考える、そんな人事になっていただきたいと思います。今日はありがとうございました。
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