今日は、僕がいま考えていることや、イノベーションのことなどについて、皆さんと共有できればと思っています。イギリスのチャーチル首相は、第二次世界大戦中にロンドンを空爆され国民に悲観論が漂った時に、すごく良いことを言っています。「悲観主義者はたくさんのチャンスがあるのに、そこに困難を見つける人間だ」と。それに対して「楽観主義者はたくさんの困難の中に希望を見つける人間なのだ」と。あらゆる困難の中にあっても「何かできるぞ」と考えてみる。これがすごく、いま大事だと思うのです。
フランスにアランという哲学者がいて、彼も同じようなことを言っています。「悲観主義とは気分の領域で、楽観主義というは意志に属するのだ」と。「なんとかなるさ」ではなくて、「なんとかするさ」ですね。日本の人事部の皆さんも、そう考えてみませんか。
日本は昨年、中国にGDPで抜かれました。10倍の人口がいる国に抜かれたということは、彼らの一人当たりのGDPがやっと日本の10分の1になったわけで、そんなにたいしたことではないのかもしれません。問題なのは日本の一人当りGDPです。1980年に17位、1990年に8位、1995年から2000年にかけては3位でした。しかし、転落して今や16位です。
中国に総額で抜かれたことが問題ではなく、われわれ一人ひとりのGDPが落ちていることが問題なわけです。去年より今年、今年より来年、皆さん一人ひとりが付加価値をつけていたら、こんなことは起きません。ここに本質的な問題があると思っています。
皆さんは「日本は国内市場がダメになって、海外との取引を増やしたはず」と思われているかもしれません。GDPに占める貿易比率、要するに貿易依存度を見ると、日本はバブルのころ、1990年、1995年、2000年と10%を切っています。それに対し、ドイツや韓国はずっと貿易依存度を上げている。韓国はもう輸出依存度を50%にまで上げてきている。日本の失われた10年、20年というのは、ただ単に閉じこもっただけではなくて、実態としても、世界を見なかった。これが有名なガラパゴスです。
しかし、ガラパゴスというのは閉ざされた空間で技術進化の経路が異なったというのも一つですが、より重要なのは閉ざすことによって巨大なマーケットを失ったということであります。バブルで膨らんだ内需に皆がかまけたために、世界を逃したわけです。
しかし、そうは言っても国内のマーケットは重要です。日本のGDPは今の円高でいえば500兆円くらい。このうち貿易、企業の設備投資、公共事業、そういうものを除いて、われわれが飲んだり食べたり、服を買ったりする消費があります。これが500兆円のうち、どのくらいだと思いますか。実はこれが意外にも60%、300兆円もあります。だからこれを丹念に掘ることは大事なのです。
例えば、ベネッセの社員はもっと安く老人ホームがつくれないかと考えました。見渡してみると大手金融会社などはすごく良い所に寮を持っている。あのロケーションで、バブルのときに建てた社員寮が、いま、要らなくなっているのです。そういうものを丹念に集めてきてコンバートすれば、良いロケーションで安い老人ホームができるかもしれないと、事業化しています。
もう一つ、マーケットをつくるという発想も大事なのですね。T型モデルを作ったヘンリー・フォード。彼はマーケットクリエーターだったのです。なぜかというと、彼はスタート間もない頃に日給5ドル策を実施しました。当時の平均日給が2ドル70セントですから、倍増です。ライバルやジャーナリズムはフォードに懐疑的でしたが、フォードは「私の労働者は、私の車を作るのではない。私の車を買うのだ」と言い切ったのです。わずか5年で従業員は1万2000人。彼らは世界一高い給料という誇りに満ちて車を作り、まさに予言どおりに車を買いました。だからフォードは車を作ったのではない。車の時代を創った。そう言われています。
しかし、いま何が起こっているかというと、儲からないから大変だと、値下げ、賃下げ、コストカット。賃金を下げられれば、当然購買意欲は落ちます。そして、またものが売れない。まさに、デフレスパイラルです。
ここで日本の人事部の皆さんへ、本日の提言です。明日から皆さんの会社の給料を倍にしてください。倍にしたって生産性が2倍になればよいわけです。日本では皆、コストカットの話ばかりしていますが、生産性を上げることを考えるべきです。これ以上値下げしてどうしますか。われわれは消費者であると同時に生産者です。そうでなければ、もっと豊かなパラダイムに立つことができません。
後ろ向きになっているのは、人事部の方も同様ですよ。最近聞いた悲しい話では、「棺桶に入ったのは80歳だけど、死んだのは40歳だった」という話があります。これは、大手企業にいる人たちの話です。定年後、本当に棺桶に入るのは80歳かもしれない。しかし、転籍や出向を念頭にミスをしないことが目標となり、想像力、生きる活力や目的も失ったのは、40歳だったと。これは、日本の悲劇ですよね。今から新しい世界をどうやってつくっていくのか。賃金を倍にするくらいのことを考えないと、イノベーションは来ないと思うのです。
オーストリアの経済学者・シュムペーターは、今から100年前に「現状の均衡を創造的に破壊して、新しい経済発展をもたらす、それがイノベーションだ」と言っています。「馬車を何台つないでも、機関車にはならない」とも言っています。イノベーションというと技術革新と思う人が多いのですが、実はもっと概念は広いのです。
こんな話があります。イェール大学3年生にフレデリック・スミスという学生がいて、「全米150の都市に翌日に荷物を届けるのは、何台の飛行機が必要か」というレポートを書きました。彼は「149機あれば絶対にできるよ」と言います。それぞれの街で荷物を集めたら、夜中の12時までにメンフィスに飛んで行く。メンフィスに行くと、でっかいベルトコンベアーが回っているから、自分の荷物を降ろすと同時に、自分の都市の名前が書いてある荷物をピックアップして、朝までに帰ればいいじゃないかと。
ハブに来て、スポーク。ここから翌日デリバリーという概念が生まれます。でもイェールの先生はレポートの価値を認めずにC評価。頭に来た彼は27歳でフェデラル・エクスプレス社をつくります。フェデックスです。これは技術革新ですか。違いますよね。何一つ新しい技術は使っていない。しかし、ハブ&スポークというビジネスモデルを提唱した、まさにイノベーションなのです。
このように常識を超える例には男性化粧品もあります。資生堂の人が、男性だから無香料で黒い顔料を入れて、男性化粧品「ギア」を売り出したら、1日で3億円のマーケット。最近では居酒屋の「女子会」。これもすばらしい。皆がマーケットは男と思っていたのに女子会。居酒屋はマーケットが倍になったということです。このようにしてニューマーケットをクリエイトするわけです。
さらには新しい組織づくり。これは人事部の仕事ですね。伝統的に言えるのはチャネルのイノベーションも組織のイノベーションということです。われわれが古典的に教えた例が武田薬品工業の「プラッシー」。この会社は1960年代にビタミンCの大量生産のライセンスを得ます。初めはタブレットで「ハイシー」をつくっていましたが、医薬品なので限界がある。それで清涼飲料にしようとプラッシーを開発。しかし、いざ出そうとしたところ、全国的な酒屋のチェーンは全部、先行メーカーに押さえられていた。しょうがないから彼らは、米屋という新しいチャネルをつくったところ、全国制覇できたのです。
人事部のクライアントは誰でしょうか。お客のいない所でコンサルティングをしても仕方ありません。本当のニーズは何か。本当のチャネルはどこか。これもイノベーションです。シュムペーターは「これの絶えざる組み合わせ。ニューコンビネーションこそがイノベーションだ」と言っています。
僕は著作『創発的破壊:未来をつくるイノベーション』で、「リーダー待望論は敗北主義」と書きました。すばらしいリーダーが問題を一発で片付けてくれたらうれしいけど、それはありえません。無いものをねだるリーダー待望論は敗北主義です。むしろ必要なのは、一人ひとりの小さな力。「プロフェッショナリズム」と「創発」だと思ったのです。「創発」というのは複雑系の言葉です。複雑系の人たちは、小さな力が、これだけ巨大なパワーを発揮する事例をずっと研究してきました。
そのなかで一番有名な事例は「蟻塚」です。蟻塚はだいたい15年から20年くらいの寿命ですが、蟻の寿命は1年半くらい。しかもこの蟻塚は実に良くできていて、外敵が来たときに、女王蟻をどうやって逃がすかという緊急プランもあるし、一番風通しの良いところにえさ置き場があり、そのちょうど対極に死骸置き場やゴミ捨て場がある。あまりに良くできているので、昔の人は「これは女王蟻が指令を出している」と考えました。ところが観察科学が進むと、女王蟻は卵を産んでいるだけ、働き蟻はえさを集めているだけと分かりました。もっと驚いたのは、彼らのコミュニケーション手段は、2本の触角とお尻から出るフェロモンのみ。目すら見えない。どうしてこんなに複雑なことが可能なのか。こうした現象を彼らは「創発」と呼んだのです。
松下幸之助は「3%のコストダウンは難しいが、30%ならできる」と言っています。その真意は、3%と言われると人間は乾いた雑巾をもう一度絞ろうとする。しかし、30%と言われた瞬間に新しい事すなわちイノベーションを考えるからです。僕は、いま日本に必要なのは、まず自分の周りの情報処理をきちんとできるプロフェッショナルが沢山集まることだと思っています。皆さまの会社でも、ぜひそのような組織をつくっていただきたいと思います。今日はどうもありがとうございました。