弊社は2000年の設立以来、さまざまな分野のビジネスアプリケーション開発を手掛けてきました。その中で、生産や在庫管理といった他の分野と比較して、人事の分野ではITが戦略的に活用されていないことに気付き、2003年に人材マネジメントシステム(当時は「人事情報システム」)「Rosic(ロシック)」HCMシリーズの発売を開始しました。以来、「人事にITを活かす」ための活動を続けています。本日はその経験を基に、人事が経営に貢献していくためには、どのようにITを活用すればよいのかについてお話しいたします。
また、2011年ごろから注目を集めている「タレントマネジメントシステム」にも触れていきたいと思います。最近、人事の方たちとお話しすると、「タレントマネジメントシステムを導入すべきだろうか」「どう活用すればいいのか」といった質問をよく受けます。確かにタレントマネジメントは人事のIT化に役立つ有益なシステムですが、一方で、その本質を理解し、選択基準をしっかりもたないと、投資に見合う効果を得られない危険性も高い。自社に合った最適のシステムを選ぶための重要な視点の一つが、そのシステムは本当に経営戦略の実現に貢献できるのか、ということです。
そもそも今の経営層は、人事に何を求めているのでしょうか。まずは、今いる人材で最大限の成果を上げるためにはどんな方策を立てればいいのか。そして、中・長期の経営目標を達成するために人材は充足しているのか。していないとしたらどんな方策が必要なのかを提案できるということでしょう。そしてもう一つ重要なのが、数字、データに基づく人材マネジメントの計画、実行、検証ができるかどうかです。人事の世界は、すべてが数字やデータで語れるものではありませんが、経営層の間ではきちんとデータで数値を示してほしいという考えが強くなっています。データに基づいて経営の判断をし、より効果的な施策を打ち出していきたいと考えているのです。残念ながら、まだそうしたことができている人事は少ないのが現状だと感じます。しかし、2011年に弊社のRosic人材マネジメントシステムを導入した企業の6割近くが経営層、上位役職者に対してシステムのIDを発行し、直接人材データを活用できる環境を提供し始めています。
人事を取り巻く環境は、この数十年の間に大きな変化を遂げました。それに伴い、必要とされる人事システムも変わってきました。1980年代くらいまでは終身雇用、職能資格制度、新卒採用などの時代であり、人事には何よりも効率よく業務を行うことやルールを遵守することが求められました。できるだけ問題を発生させない、もし問題が発生したらきちんと火消しをする、そんな対応が要求されました。したがって、システムも汎用的なもので、一般的なルールに対処していればよかったわけです。
その後、1990年代に入ってバブルが崩壊すると、年功序列型から成果主義型、新卒採用中心から中途採用中心、あるいはリストラや早期退職が進展するといった動きが起こります。さらに2000年以降には雇用の多様化、非正規雇用、雇用延長、グローバル化などが進みます。そんな中でシステムも自社の独自性に合っている、雇用の多様化に対応できる、めまぐるしく移り変わる変化に迅速に対処できる、といったものが要求されるようになりました。
現在は、それらに加えて、経営陣にきちんとデータや数字を提示できるシステムが求められています。具体的には、まず人事関連データを「一元化」すること。人事部に必要な情報に限らず、人材に関するデータを一元化させるということで、事実、弊社のお客様からは営業成績などのデータなども集約したいという声をお聞きします。次は「可視化」、そして「活用」しやすいことも重要です。そしてもう一つが、現状分析および未来予測ができること。これによって人材関連データに基づいてKPIの構築、活用が可能となります。
そんな中で、いま「タレントマネジメントシステム」が注目を集めています。2012年に入って、SAP、Oracle、IBMなどのグローバル大手ベンダーが、タレントマネジメントシステムを手掛ける人事系ベンダーなどを次々と買収しました。「人材管理システムの優劣が、企業の次の競争軸になる。IT企業にとっても主戦場になる」。日本オラクルの遠藤隆雄社長は、2012年3月の日本経済新聞紙上でこう語っています。「タレントマネジメントシステム」はIT業界が注力している分野になっているのです。それに拍車をかけているのが、「グローバル化」です。人材のグローバル化に対応するには、外資系企業が提供するシステムがいいのだろうと考える企業も少なくありません。
「人事が必要とするシステムの在り方を見直さなければならない」という認識が定着してきたところに、IT業界の思惑、「グローバル化」という要請が合いまって、「タレントマネジメントシスム」が一気に注目を集めているのが現状です。人事の方々は、こうした状況を理解して、今の「ブーム」に流されないようにしていただきたいと思います。
「タレントマネジメント」の定義はさまざまですが、私は一言でいえば次のようなものだと考えています。
【必要な人材を確保・維持し、そうした人材の価値を十分に引き出し、組織力を高め、経営戦略実現をサポートする一連の活動】
こう考えてみると、まったく新しいことではないと思われるのではないでしょうか。私は、「タレントマネジメント」は「人材マネジメント」の中で、主に個々に焦点を当てた、中核を担う戦略的な一部だと捉えています。「人材マネジメント」とは、それに加えて組織という視点も入り、要員や人件費管理なども含めた総合的な活動となります。
2012年10月、米国シカゴで「HR Technology Conference and Exhibition」に参加してきました。今年で15年目を迎える、人事システムのイベントです。「タレントマネジメントシステム」の先進国である米国の現状を知るために参加してきました。ここでは、グローバル大手企業4社の人事責任者によるパネルディスカッションを中心にお話します。
そこでのテーマは、ダイバーシティでした。人材の多様化という話ではなく、人材マネジメントのためにどんなシステムを選択するべきなのか、そこには多様性が必要なのではないか、ということです。具体的には、統合業務パッケージである「ERP」か、人事統合パッケージである「Integrated suite」か、「Best of breeds」かの選択になります。その選択は四社四様。そして、4人からは「システムはあくまでもツールに過ぎない」という発言が繰り返し聞かれました。つまり、どの企業にも合っている絶対的なシステムがあるわけではなく、経営陣から要求されている課題は何なのか、最優先して取り組むべき課題は何なのか。各社ともそれらをしっかりと見極め、自社の現状に最適のシステムを選んでいるということです。
私が「タレントマネジメントシステム」の導入を検討する際に留意してほしいと思うのは、まさにその点です。多くの「タレントマネジメントシステム」は、業務管理、報酬管理、能力管理、評価管理、異動・配置支援、採用プロセス支援、キャリア開発支援などさまざまな機能を提供しています。確かに機能は多いに越したことがないかもしれません。しかし、いくら機能が多くても、自社が取り組むべき課題を解決するのに有益なシステムでなければ、宝の持ち腐れです。システムを導入することによって、短期、長期合わせていったい何を達成したいのかを明確にし、そのために最も適したシステムを選ぶ必要があるのです。
また、システムの性質を理解することも重要です。パッケージソフトの本質はベストプラクティスの集合体だということです。一方、企業が抱える課題や目標には、独自性の強いものも少なくありません。また、市場の変化に伴って変わっていくものでもあります。ですから、一つのパッケージソフトですべてが解決できないケースがあってもおかしくないのです。そういう意味では「Best of breeds」、つまりいろいろなシステムを検討し、それぞれの自社に合っている部分を導入するというのも一つの方策だと思います。
最後に、人事がITを活用する上で大事な点をもう一つつけ加えておきます。現状の人事情報システムやタレントマネジメントシステムは、PDCAサイクルのD(実行)とC(進捗確認・評価)の一部をカバーしているものがほとんどです。しかし、それだけでは戦略的人事を実現することはできません。実行したことを評価(C)して、問題が発見されたら何が悪かったかを分析し、もう一度戦略・戦術を見直したうえで次のサイクルを回していく(A)。そこまでカバーできるシステムを使って、戦略的な人事を実行していっていただきたいと思います。
先ほど触れたシカゴの人事イベントで、分析の専門家が「本当の意味での分析ツールを持っているシステムはなかった」と語っていました。「本当の意味での分析ツール」とはどういうことかというと、Descriptive(現状を示す)、 Predictive(将来を予測する)、Prescriptive(予測に対して最適解を探す)の三つのステップを持つシステムだといいます。単に現状を分析するだけでなく、未来を予測し、最適な答えを出してくれるシステムこそが求められているというのです。
PDCAサイクルを、きちんとまわすことができる、入力にしたデータに基づいて将来を予測し、最適な解を導いてくれる――。そうしたことが実現できるかどうかも、システムを選ぶ際にはよく検討すべきでしょう。本日は、どうもありがとうございました。