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「人・組織・経営」研究の第一人者に聞く

日本企業がイノベーションを起こすために必要な
「思考の軸」と「知の探索」とは

入山 章栄さん(早稲田大学ビジネススクール 早稲田大学大学院経営管理研究科 教授)

早稲田大学ビジネススクール 早稲田大学大学院経営管理研究科 教授 入山章栄さん

時代の流れが急速に変化し、日本の企業のほとんどが、今まで経験したことのないような新たな課題に直面しています。そこに漂うのは、先の見えない閉塞感と不安感。どの選択も決定打に欠け、ドラスティックな変革を実行できずにいるのが現状でしょう。このままでは組織自体がシュリンクしてしまう、と頭を抱える経営者や管理職、人事担当者も少なくないはずです。早稲田大学ビジネススクールの入山章栄教授は、「考えること」と「意思決定」は答えのない時代に不可避であること、しかし日本人には圧倒的に不足していることを強調します。最新刊のテーマである経営理論にも触れながら、日本の人事・組織の課題に斬り込んでいただきました。

Profile

いりやま・あきえ/慶應義塾大学経済学部卒業。三菱総合研究所で、自動車メーカー・国内外政府機関 への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院より Ph.D.(博士号)を取得。 同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013年より早稲田大学ビジネススクール准教授。2019年より現職。

正解のない時代に必要な思考の軸

入山先生は2019年12月、800ページを超える大著『世界標準の経営理論』を上梓されました。本著では、世界で主要な30の経営理論を取り上げていますね。

自分で言うのもなんですが、人事関係や管理職の方にはこの本はぜひ手にとっていただきたいですね。なぜなら、経営・ビジネスとは人がやることであり、経営理論とは「人あるいは人が織りなす組織がどのようなメカニズムで動くのか」の真理に近い法則を示しているものだからです。

経営学というと、ビジネススクールで扱うフレームワークを連想する人も多いのですが、実際は違います。フレームワークの多くはコンサルタントなどが実務経験を通じて編み出したもので、整理や分析の枠組みに過ぎません。対して経営学がめざすのは、企業や組織、ビジネスパーソンなどに普遍的に当てはまる、ビジネスの真理法則の探求です。理論はメカニズムの説明があるので、なぜそう言えるのかという「Why」に腹落ちできるのです。

確かに人間の行動や心理は一様ではなく、普遍的とはいえません。しかし、統計や調査、実験などを通じて、大まかな法則性は見いだせます。世界の経営学者たちがさまざまな角度から研究し、ビジネスの真理に肉薄している可能性が高いと生き残ってきたものが、本書で取り上げている「世界標準の経営理論」なのです。

なぜ経営理論を知る必要があるのでしょうか。

正解のない時代に突入したからです。たとえ成功する保証はなくても、答えがわからなくても、意思決定だけはすることが求められています。すべてのビジネスパーソンにとって、最大のチャレンジともいえるでしょう。そして意思決定の際、私たちがすべきは「考える」ことです。考えに考え、考え抜くことでしか、歩む道は浮かんできません。

しかし、混沌(こんとん)とする世界で考えて航海するには、羅針盤が必要です。いわば「思考の軸」であり、経営理論はその一つとなり得る、というのが私の考えです。経営理論は答えそのものではありませんが、ビジネス上での決断を迫られたとき、道筋を立てるうえでは非常に有用です。なぜなら、経営理論もビジネスも、人間の行動に基づくものだからです。しかし日本人の多くは、この「考え抜いて意思決定する」ということに慣れていません。

確かに正解を得ることで、安心する傾向にありますね。

日本の社会全体の問題ともいえます。例えばイノベーションには、「今ある世界をこう変えたい」というビジョンが欠かせません。それは、夢や妄想に近いものです。しかし日本の教育は、小学校までは夢が大事だと言うのに、中学に入った途端になぜかタブー視されます。

「夢を語るヤツなど青臭い」とバカにされ、一つでも偏差値の高い大学に行ける人こそ優秀だと称賛される。試験は○×で評価され、AO入試などを除いて「夢」の入る隙間はありません。大学でもビジョンを語る機会はなく、就職の段階になって「あなたは何がしたいの?」と言われる。しかし、企業は学生に夢や希望を尋ねる割に、さほど重視していません。これでどうやってイノベーションを起こそうというのでしょうか。デジタルネイティブでもゆとり世代でもない、30代半ば以降ならなおさらです。

ずっと「正しくあること」を問われていましたからね。

製造業が中心でキャッチアップ型だった時代は、それでもよかったんです。質の高いものを安く大量に生産するには、同質な人材を揃えて、同じ時間に働き、終身雇用でスキルを磨き、生産性を上げてもらうことが重要でしたから。加えて戦後の人口ボーナス期と重なり、産業と雇用システムががっちりと噛み合っていたのです。けれどもいまや産業構造は激変し、サービス業が産業の主役に踊り出ました。その転換点は1990年前後です。日本が経済的に成熟し、中国などアジア各国から追われる立場となった時期と重なります。

この時代にはとにかく新しいこと、つまり破壊的イノベーションを次から次へと仕掛けていかなければいけません。経営理論にもある通り、イノベーションの原則は「知と知の新たな融合」ですから、昔の製造業ではベストだった画一的な組織では生まれることはありません。日本経済が落ち込んだのはバブル崩壊もありますが、産業の潮目を見誤ったことも大きいといえます。

“腹落ち” のない日本に起こるショッキングな現象

知と知の融合には、何が必要なのでしょうか。

人の認知の範囲は、非常に狭いものです。私は多くの経営者や先生方とお話しするたびに、自分の認知の狭さを思い知らされます。認知を広げて融合につなげるには、「知の探索」をすることが必要ですが、その方法は大きく二つしかないと思います。

この続きは「日本の人事部 LEADERS(リーダーズ) Vol.8」でご覧になれます。

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