HRのオピニオンリーダー100人が提言、日本の人事を考える情報誌 「日本の人事部 LEADERS(リーダーズ)」

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「人・組織・経営」研究の第一人者に聞く

改めて問われる人事データの活用方法
企業と人事にいま求められる組織づくりとは

大湾 秀雄さん(早稲田大学 政治経済学術院 教授)

早稲田大学 政治経済学術院 教授 大湾秀雄さん

HRテクノロジーへの注目度が高まるとともに、企業による人事データの分析、活用も急速に進展しようとしています。一方で、本人の同意がないまま個人情報を含む人事データが利用されることへの懸念の声や、積極的な活用に慎重になる動きもあるようです。企業の人事部門や経営陣は、自社の人事データ活用にあたって、何に注意し、どう取り組むべきなのでしょうか。また、企業と従業員の双方にとって有意義な人事データの利用法とは、どのようなものなのでしょうか。HRテクノロジーの活用が進んだ先にある人事部門の未来像とともに、人事情報活用についてさまざまな研究・提言を行っている早稲田大学教授の大湾秀雄先生にお話をうかがいました。

Profile

おおわん・ひでお/1964年生まれ。東京大学理学部卒業。株式会社野村総合研究所勤務を経て、留学。コロンビア大学経済学修士。スタンフォード大学経営大学院博士 (Ph.D.)。ワシントン大学オーリン経営大学院助教授、青山学院大学国際マネジメント研究科教授、東京大学社会科学研究所教授などを経て2018年から現職。(独)経済産業研究所ファカルティフェロー兼任。専門は人事経済学、組織経済学、および労働経済学。企業の人事制度や職場組織の設計と生産性やイノベーションへの影響などに関する理論および実証研究を行う。経営者や実務家に対し、経営課題の解決のための人事データの活用を指南する実践的な研究会「人事情報活用研究会」を主宰する。著書に『日本の人事を科学する 因果推論に基づくデータ活用』(2017年日本経済新聞出版社)。

人事データ活用 企業の本気度はここでわかる

現在の日本企業における人事データの活用状況をどう捉えていらっしゃいますか。

HRテクノロジーについては、一種のブームだと感じています。AI(人工知能)に関心を持って、実験的に使ってみようという企業も増えているようです。正確な調査が難しいのではっきりした数字は示せませんが、私個人の肌感覚でいえば、上場企業を含む大企業の半分強くらいは、試験的にでも人事データやAIの活用に取り組みはじめているのではないでしょうか。しかし、本格的に取り組んでいる企業となると、まだ少ないように感じます。

従来のデータ活用は、主に状況を可視化することを目的としていました。変化を表やグラフにしたりするものです。一方、現在のデータ活用では、データ分析をとおして因果関係をつかむことが重要とされています。例えば、「何が原因で離職率が上がったのか」「ある制度を導入したらどんな効果や影響が出たのか」などの因果関係を明らかにして、意思決定に役立てるわけです。また、機械学習やAIを使えば、これまで人が行っていたことを自動化できます。「過去のデータから将来を予測する」「応募者の中から望ましい属性を持つ人材を選び出す」といった利用も可能になります。

このようなテクノロジーを使った新しいデータ活用を進める際に不可欠なのが、統計分析や機械学習の専門知識を持つ人材です。企業が人事データの活用に本気で取り組んでいるかどうかは、「人事部に専門知識のある人材を配置しているか」「人事部内にデータ分析室のような専任のグループや部署を設置しているか」でわかるといえます。マーケティングや生産管理といった部門にはそういう人材がいますが、人事にも配属している企業は決して多くありません。ただ、若い人たちのなかには自社の方針と関係なく、これからはデータ活用が重要になると考えて、統計学や機械学習を勉強する人が増えているのは間違いないと思います。

2019年には、採用や内定辞退率に関するデータの利用をめぐった動きがニュースとなり、HRテクノロジーの使い方はどうあるべきかという議論にもつながりました。今、人事があらためて意識すべきことは何でしょうか。

2年ほど前から必要性を認識しているのは、企業が人事データ活用のガイドラインや社内ルールをきちんと設けることです。誰のデータなら活用していいのか、どういう範囲でのデータ活用が許されるのか、利用目的はどこまでならいいのか、本人の同意は必要かなど、境界線を明確にすることが重要です。さらに具体的にいえば、従業員にセンサーをつけて行動履歴を取るようなことが許されるのか、退職者や採用応募者のデータを利用してもいいのか。こうした法的、倫理的に問題が生じる可能性がある部分については、早めに対策を進めるべきでしょう。

対策ができている企業はまだ少ない、ということでしょうか。

そう思います。私は多くの企業とデータ活用の研究会を開催していますが、以前は「分析がうまくいかないので原因を教えてほしい」といって、個人情報を含むデータをまるごと送ってくるケースもありました。その程度の認識で、データを扱っている企業がまだあるということです。

従業員については、雇用契約のなかで「人事制度や就業環境の向上・改善のために個人情報を利用することもある」などと合意を得ている場合が多いと思います。問題は退職者や採用応募者です。例えば応募者に適性試験を受けてもらう際に、「採用プロセス改善のため、匿名化したうえであなたの情報を保存、使用する」という旨を示し、同意を得ておくことが望ましいと思います。

退職者については、在職中のデータであっても同意が必要でしょうか。

以前は、在職中のデータであれば使用しても問題ないとされていました。しかし、近年の個人情報保護への意識の高まりや、「GDPR(General Data Protection Regulation:EUの一般データ保護規則)」に照らし合わせると、退職時に本人の同意を得ておくべきでしょう。退職者は組織に属しておらず、雇用契約ではカバーできないからです。退職者のデータが使えないとなると、データ分析を行う際に統計学でいうセレクションバイアスが生まれ、正しい分析が難しくなります。ですから、何らかのインセンティブを用意してでも、データを使えるように退職者の同意を得るほうがいいと思います。しかし実際に今、そこまでできている企業は数パーセント程度ではないでしょうか。

この続きは「日本の人事部 LEADERS(リーダーズ) Vol.8」でご覧になれます。

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