日本企業には、まだまだ人的資産が眠っている
「個人が選択する」ための制度設計を進めて改革への強いモチベーションを持った組織へ
樋口 美雄さん(慶應義塾大学商学部教授)
「働き方改革」という言葉が社会に定着しつつある中、企業の現場では「長時間労働の抑制」に代表されるような、現象面での改善ばかりが取り上げられる傾向にあります。誰もが一定のルールのもと、「一人ひとりの違いを認め、個人が納得して働き方を選べることこそが重要」。そう指摘するのは、日本の労働・雇用研究に関する第一人者であり、安倍晋三首相が議長を務める「働き方改革実現会議」議員でもある、慶應義塾大学商学部教授の樋口美雄先生です。日本の企業が今、真に目指すべき働き方改革とは何を指すのでしょうか。また、そのために人事が果たすべき役割とは……。樋口先生に、産業界の歴史と現状をひも解きながら語っていただきました。
ひぐち・よしお/1975年慶應義塾大学商学部卒業、1977年同大学大学院商学研究科修士課程、1980年同博士課程修了。商学博士。慶應義塾大学商学部助教授などを経て、1991年教授に就任。2009年~2013年慶應義塾大学商学部長・大学院商学研究科委員長。この間、オハイオ州立大学経済学部、スタンフォード大学経済政策研究所などで、客員教授・客員研究員。専門は労働経済学、計量経済学。少子高齢化・人口減少をメインテーマに、賃金や少子高齢化、女性の雇用、地方創生といった今日的課題に対して、実証的かつ理論的に分析する。また、厚生労働省労働政策審議会会長など、政府のさまざまな審議会や委員会などに参画し、幅広く活躍。第43代日本経済学会会長(2012年~2013年)。2016年秋、労働経済学・計量経済学研究における功績が認められ、福澤賞、紫綬褒章を受章。
「労働者中心の時代」から「コスト削減・利潤追求」の時代へ
昨今は企業人事の間のみならず、日々のニュースでも「働き方改革」という言葉が飛び交っています。このテーマをずっと追いかけてこられた樋口先生は、日本の雇用の現状をどのようにとらえていらっしゃいますか。
人口減少を背景に、人手不足の深刻化が進んでいることは間違いありません。一方で企業の収益は、ある程度確保されるようになってきています。しかし、賃金は上がらない。これが、現在の日本の雇用における代表的な課題だと考えています。労働者を中心に考えるのではなく、労働者以外のステークホルダーの目を過度に意識してさまざまな施策が考えられ、実行されているからです。
高度経済成長期を振り返れば、労使の関係において「生産性三原則」というものがありました。雇用の維持・安定の原則、労使協議の原則、成果配分の原則の三つです。これらによって、人事施策は考えられていました。
雇用の維持・安定の原則においては、企業が雇用保証を重要視すべきだとされました。これが三原則の前提です。次に労使協議の原則。労働組合が会社の生産性向上に向けて積極的に発言・提案し、労使が協力して生産性を高めていこうとするスタンスが取られました。最後は成果分配の原則です。実際に会社の生産性が高まったら、公正なる分配を行って賃金を引き上げたり、雇用条件を改善したりという方向へ取り組んでいくことが約束されていました。
日本では、この信頼関係によって労働者が生産性の向上に積極的に協力し、成果を分かち合っていこうとする動きが取られていたわけです。その結果として、高度経済成長があったのでしょう。しかしこの仕組みは、「生産性が高まれば企業は成長していくものなのだ」という、危うい前提の上に成り立っていたと見ることもできます。
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