さまざまな変化が次々と起こる現在のビジネス環境では、臨機応変に動くことのできる「自律型」の人材や組織づくりが大きなテーマだと言われる。では、「自律型」とは具体的に何を指すのか。「自律型組織」において、リーダーやメンバーはどんな思考や行動をとり、どんな関係性を持っているのか――。組織開発研究の第一人者である、一橋大学大学院教授の守島基博氏と、次世代リーダー育成や組織強化に取り組む、日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクターの中竹竜二氏が、実例を交えて語った。
中竹氏は、9年前に母校・早稲田大学のラグビー部監督に就任。2007年度から2年連続で全国大学選手権を制覇したが、当時から自律型組織の重要性について説いてきた。その指導指針は、今も日本ラグビー協会で取り入れられている。中竹氏は、監督として実際に経験してきた話を交えながら「自律型組織」に関する考えを披露していった。
「一見同じようなものでも、概念が違うことを分けて考えると、理解し行動しやすくなります。例えば、『テクニック』と『スキル』という似た言葉がありますが、この二つはラグビーでも練習方法が全く異なります。分けて考えてみると、選手やコーチも取り組みやすくなりました。例えば、組織はどうでしょうか。『グループ』と『チーム』に分けられますね。グループは役割分担と責任分担が明確で、仕事も効率よく回ります。しかし、ラグビーのようなゲーム、そして、何が起こるか分からないこれからの社会では、グループは新しい問題に対処できません。立場や年齢に関係なく流動的で、個性が発揮でき、『自分はこれができる』という自律貢献と責任共有が見られるチームでなければ、決して乗り越えられないのです」
チーム化のために、ラグビー部の監督として中竹氏が行ってきたことがいくつか挙げられた。まず、「個」と向き合うことを目的に年に2回行う、選手全員との個人面談。一人あたりの面談時間は30分~1時間だが、その大半は選手が自分自身についてプレゼンを行うという。また、選手たちが自律するための場を与える意図で行う、試合後のミーティング。あくまで選手たちだけで課題や次にするべきことを話し合い、翌日に監督とコーチにプレゼンするという、選手主体のスタイルで実施したそうだ。また、リーダーの資質を感じる選手を学年やポジションに関係なく選抜した、リーダー育成合宿も年2回実施。「いつまでに、何回、どこまで」というタイムマネジメントを常に意識させることが重要だという。
「チーム化にあたって概念としたのは、上下関係なく全員が流動的に繋がっている『プラネット型組織』です。リーダーが率いるピラミッド型ではなく、リーダーがパートナーでもあるという形態。リーダーは絶対的な正解を持っていないけれど、メンバーたちから最適解が生み出されるという特徴があります。権力をリーダーに集中させる組織ではなく、権力分散型にするわけです。すると、リーダーがいなくても会社が回るといったように、再現性のある仕組みが生まれ、混沌とした時代にも適応して生き抜く『自律型組織』が育ちます」
ここで大切になるのが「フォロワーシップ」だと中竹氏は言う。上や前から引っ張る行為であるリーダーシップに対し、フォロワーシップは下や後ろから支える行為を指す。リーダーのフォロワーシップとしては、面談やミーティングによって相手を引き出す行為が該当する。部長がメンバーを引っ張りながらも社長を支援するように、役職に関係なくリーダーシップ、フォロワーシップの両方が必ず宿っているものなのである。
続いて守島氏が、組織には「自律・分散・協働」の三要素が不可欠という考えに基づきながら、現在の組織に求められるものや企業の事例などを紹介していった。
「三つの要素について説明すると、『自律』とは、大きな方向性やビジョンに関して自分のやるべき事を判断して自分の力で進んでいくこと。『分散』とは、顧客や環境変化に対応して、一人ひとりがバラバラの形で意思決定、判断ができること。そして、『協働』とは、自律・分散しているものをひとつにまとめあげていくことです。つまり、『自律・分散・協働型』組織とは、自律した人材が集まって、分散型の意思決定をして、協働して目標が達成できる組織を指します。コラボレーションにより新たな価値を提供できる基盤がそこにはあるのです」
実際の組織の好例として守島氏は、グーグルを挙げた。同社の人材は、自律という点ではITスキルもテクニックも高く、目標に向かって自分の能力を発揮できている。分散については、個々が持っているプランやアイデアを形にしていくシステムが導入されており、それを組織のものへと展開させる仕組みが機能している。そして、協働のために「世界をsearchable(検索可能)にする」というクリアな理念が組織全体に行き渡っている。
「そのような組織を作っていく上で注目したいキーワードが、アメリカから入ってきた『組織開発』という概念です。文化や価値観や考え方がバラバラで、自律的な人間が集まっている国ですから、人を集めただけでは組織は機能しない。そこで、どうまとめればいいのかという組織開発へのニーズが生じたわけです。でもやがて、まとめるだけでは企業は勝てなくなります。そのため、組織開発は進化していき、組織開発は、現在第二段階に入ったと言われています。組織として備えるべき能力やあるべき姿を意図的に作り込んでいく段階です。従って、自律型の人材が欲しいと考えるのではなく、まずは『そのためには、どういう組織であるべきなのか、そのためには何が必要なのか』から考えていく姿勢を忘れてはいけません」
では、「自律・分散・協同型」組織を作り込むために、何が必要なのか。守島氏は、ポイントを五つに絞った。まずは「ビジョンや理念の徹底」。何を目指し、行い、社会に発信していくか、という方向性を徹底させ共有すること。二つ目は「コミュニティーとしての組織づくり」。人の繋がりを、組織の中にどう作っていくかということだ。三つ目は「働く人のエンパワーメント」。権限委譲だけでは迷ってしまうため、遂行する能力が身に付く場も設けるべきだと指摘する。
四つ目は「考える工夫」。自分の仕事の意味を理解し、それをどうしていきたいか、どうしていけばよいかと、考える場が大切である。例えば、良品計画に見られる、マニュアルを使って個人に考えさせる仕組みが該当する。同社ではいわゆるマニュアルとは異なり、個人がインプットし変えていけるシステムになっている。こういった事を通じて、日常の仕事の中に考える場を提供しているという。五つ目は「リーダーシップとフォロワーシップをセットで考えること」。片方だけでなく、両方が組み合わされると組織は強くなっていく。これらを「組織の現場に対してすぐにでも働きかけるべきだ」と守島氏は語った。
ここからは、守島氏から中竹氏に質問していきながらセッションが進む。まずは、「フォロワーシップ」についての考え方が問われ、中竹氏が答えた。
中竹:監督としての僕の練習のやり方で言うと、選手にどんなミスがあっても、その場で指摘はしません。ずっと見ているだけで何も言わない。ただ、その後で一言、「今日のパスの練習で何が悪くて何が良かったか、次はどうしたらいいか、自分たちで考えなさい」と言います。これはリードしているのではなくて、支えているんです。自分たちで考える場を提供し、ファシリテートする役割に徹する。これがフォロワーシップだと思っています。
守島:そうすると、リーダーである監督が選手を盛り立てるという意味で、リーダーがフォロワーシップの役割も担うことがあるということでしょうか。
中竹:そうです。逆に、フォロワーが会議などで積極的に発言するというリーダーシップを発揮することもあります。
守島:組織には四つの役割があり、リーダーにもフォロワーにもそれぞれリーダーシップとフォロワーシップがある。この四つを機能させることが、組織にとっては重要ということですね。
中竹:そのうちの一つの役割についてですが、「ミドルや若手がリーダーシップをまったく発揮しない」というお話をよく聞きます。上司がリーダーシップを発揮していると、部下がそれを発揮する場面がなくなってしまうんですね。そのため、「上司がリーダーシップを出すのをやめて後ろに回ると、放っておいてもリーダーシップを発揮する部下が出てくる」と伝えています。
守島:しかし、「後ろに回ったところで、考える部下はそんなにいないよ」という感想を持つ方もいるかもしれません。
中竹:部下が自分で考えるような仕組みの中で育成できているかどうか、見直してみるといいと思います。コーチングで大事なのは、正しいことを言うのではなく、行動を変えるようにすることです。例えば、足の遅い選手に「足、速くなれよ」とか、パスが下手な人間に「パス、うまくなれよ」と言うのは正しい指導ではない。正しく行動できるためにどうしたら部下が考えられるようになるか。この視点が大事なのです。ラグビーのマネジャーの例を挙げると、「監督、この遠征はどうしたらいいですか」というオープンクエスチョンは禁止にしました。自分で選択肢を用意して理由付けをしてから案を提示するようにと指導しました。ただ「考えろ」ではなく、考えさせるフレームワークを作って示したのです。
守島:考えるためのフレームワークを提供するのが、リーダーシップの一部だということですね。企業の中では、現場の人のほうが物事をよく知っているという事実もあります。そういう意味から考えてみても、フレームワークを作ってあげるのは重要です。
中竹:フレームワークを次々に考え出すトレーニングも、リーダーには必要だと思います。僕の場合、「グッド」「バッド」「ネクスト」というキーワードを取り入れたところ、ミーティングの質が劇的に変わったこともありました。
さらに、学び合うことのできる場(コミュニティー)の作り方、成功と成長の違い、目標設定の仕方などと両氏の話は続き、最後に参加者に向けて一言ずつメッセージが贈られた。
中竹:これからは、平等性・公平性・年功序列といった一律で選択の余地がない文化ではなく、「評価する」「選ぶ」といった、自分で責任を持って決める文化が、人事には大切です。それなしに自律型組織は望めないと思います。
守島:人や組織を育てるために、さまざまな仕組みや制度や研修があります。しかし、どれも生身の人間が生身の人間を動かし、人を成長させて組織を作り上げている。このことが、自律型組織のヒントになることを、心に留めておいてください。本日は、ありがとうございました。