経営者はミドル・マネジャーに、どんな人材であって欲しいと考えているのか――。日本能率協会の調査「日本企業の経営課題2013」によれば、「リスクテイクして新たなことに挑む人」という結果になったという。しかし、実際は、「失敗を恐れて、新しいことに挑戦していない」と多くの経営者が感じていることもわかった。果たして「強いミドル・マネジャー」を育成していくために、企業はどうすればいいのか。日本能率協会マネジメントセンターの小川剛司氏が、ミドル・マネジャーの実状や育成ポイントについて語った。
日本能率協会マネジメントセンターでは、通信教育、研修、アセスメントと三つの人材開発事業を展開。各事業ともミドル・マネジャーの育成を手掛け、さまざまなアンケートや企業調査を行っている。小川氏は、23年間にわたって人材開発事業の営業職を経験。7年前よりコンサルタント業務に携わり、研修講師や通信教育の添削を担当している。講演の冒頭で小川氏は、「日本企業の経営課題2013(日本能率協会)」のデータを通じて、経営者の期待とミドル・マネジャーの本音を紹介した。
「企業経営者に、今必要だと考える人材の資質についてたずねたところ、『リスクテイクして新しいことに挑む』、『論理的に考え的確な判断ができる』が約3割を占めています。このことからも、経営者にとってはかなり切実な思いだということがわかります」
しかし、経営者にミドル・マネジャーに感じている傾向をたずねたところ、「失敗を恐れ新しいことに挑戦しない」、「会社に対して提案しない」、「部下に対して自分の方針を明確に出さない」が上位を占め、大変消極的な印象を持っていることが明らかになった。この期待と現実とのギャップに、経営者の苦悩がうかがえる。
では、ミドル・マネジャー自身はどのように思っているのだろうか。日本能率協会マネジメントセンターが行った「課長300人Webアンケート2013」では、マネジャーたちから次のような本音が聞かれたという。
A:環境や背景を説明されれば納得できる。
B:部下に配慮し、率先垂範でやっている。「あれも」「これも」はとても無理。
C:いったいどうして欲しいの?
D:そもそも上司だって本当にできているの?
E:マネジャーに登用した側に責任はないの?
F:指示はそつなくこなしているのに……。
「A~Cは多少前向きではありますが、気持ちをまとめると、『理由や背景がわかればやる気になるが、やり方を含めてどうすればいいのかわからない。教えてもらってもいない』といったところでしょう。また、D~Fからは『仕事を夢中になってやれと言われても……』『できないのは自分の責任だというのか?』『だからマネジャーにはなりたくなかった』という気持ちが読み取れます。今のミドル・マネジャーたちも入社時には、将来このような心境になるとは思ってもみなかったでしょう」
現在のミドル・マネジャーの多くは、40歳前後(1972~1976年生)の団塊ジュニア世代だが、小川氏は彼らを価値観の大転換を何度も経験した世代だと言う。「中学から高校、大学生の頃は好況の時代でしたが、就職と同時にバブルが終焉。2000年代はネットの時代で再び攻勢となったものの、ネットバブル崩壊、リーマンショックと、再び下り坂を経験しました。『こうすれば大丈夫』と言われてきたことを、何度もひっくり返された経験がある世代なのです」
では、ミドル層のスキルにはどのような特徴があるのか。 JMAMがマネジャーや候補者におこなう論述問題のアセスメントでは課題解決スキルが十分ではないという結果が出ている。「課題設定では、『ねらいの明快さ』や『設定理由の論理性』で半数以上が期待に達していません。論述の解答に甘さがあり、論理的でもないということです。対策立案では『全社的視点』や『計画性』の解答が不十分。身の回りしか見えず、成果に結びつく計画にもなっていない傾向があります」
また、同様の調査で、対人関係スキルの特徴を見ると、次の項目ができていないことがわかりました。「他者の力をひきだす」「グループメンバーを統率する」が半数以上、「他者の肯定的姿勢」「話し合いの展開を促進する」が約半数の方が不十分という結果です。「これらの結果から、実際に仕事を進める際に、周囲を巻き込んで成果を出すことはおぼつかない状況にあることがわかります」
ここから見えてくるのは、ミドル層がこれまで後輩や部下を指導した経験がほとんどなく、自己責任の範囲内で成果を求められ続けてきたということ。そのため、自分でコントロールできる業務は得意でも、初めての業務や複数の関係者を交えた業務では、一気に生産性も品質も低下してしまうのだ。
続いて小川氏は、通信教育や研修の「現場」で感じたことを述べていった。最初に指摘したのは、受講者が問題を定義する際に目指す状態を描けないこと。「『目指す状態をはっきりさせましょう』というワークを行っても、うまく描けないことが多い。描けても、現状の延長線上ですぐ手が届くようなことであったり、描いた内容がとても魅力的と思えなかったりします。その場合、私は『本当にこのような状態にしたいのですか』とたずねてみるのですが、多くの方は頭を抱えてしまいます」
次に指摘したのは、実践に結びつけられていない点。学習と実務適用の間に大きなギャップが存在していると指摘する。「問題解決演習では、こちらが用意した例を示せば的確な答えを導き出せます。しかし、実例としてテーマを示し、職場の実情を踏まえたワークに移ると、3分の1から半分程度は途端に手が止まってしまう。基本(=答え)はすぐ理解しますが、現実への適用はすぐにできないのです」
次は目標設定の場面。目標には「(1)なにを(結果・成果)、(2)どれだけ(定量・定性)、(3)いつまでに(期限・期間)、(4)どのように(手段・方法)」の4要素が必要だが、それが不完全であることが多いという。「『開発目標』の作成時に、『目標』と呼べないものをまとめる人がいます。期間や水準など要素が抜けている。それに、“ありたいと思う姿”まで考えないのです。それでは自分にとっても魅力がなくなり、本気で取り組めません。また、今の実力で『できる』水準から逆算して目標を決める例もある。これではせっかく学んだ内容が活かされません。保守的でチャレンジを好まない傾向があるように感じます」
通信教育の添削でも、設定された目標に4要素が含まれているかを採点。完全でなければ指摘と正解の例示を行っている。
また、他の研修で感じられることとして、与えられた課題には真面目に取り組むが、資料に「答え」を求めてしまい、まとめることが目的化することがあるという。そして、上司や部下にどう思われるかを意識しすぎる点が上げられた。「360度フィードバックでの研修では、強い受容姿勢が見られます。『部下は自分をこう見ているのか』と素直に受容します。しかし、考察するための振り返りをしても、具体的な行動や感情を振り返る人が減った気がします。以前は、部下から厳しい評価があると『評価をつけたのは誰だ』と怒り出す人もいました。その気持ちを、研修の場にも出してしまうのです。講師は大変ですが、このように本音で臨んだほうが本人にとっては身のある研修になります」
他では、「認められる」ことは大事にするが、「自分はこれを大事にしている」という部分は出そうとしない点も指摘された。「考えを明らかにするリスクを負いたくない傾向がある。そして、突き詰められると『そこは触れないでほしい』と回避してしまう。しかし、これらをしっかりやらないと強いミドル・マネジャーにはなれません」
日本能率協会マネジメントセンターでは、ミドル・マネジャーの教育において、「役割」「実務」「理論」のトリプルアプローチを提案している。これにより、「高品質な経験」を積むことにつなげていく。
「最初に必要なものは『役割』と『理論』です。これは参加資格であり、知っていないと話にならない。マネジャーなら、問題解決、目標設定、部下育成、人間理解、イノベーションといったことは、理論を知っていれば研修でもシミュレーションができます。そして次は、それらを『実務』に当てはめてみる。すると当事者意識が生まれ、主体性も醸成されます。最近盛んなワークショップでは、集合教育で教えて、実務で実践して、再度集合して結果を発表し合います。トライ&エラーを間に挟み込むことがポイントなのです。最初はぼんやりしていた目標も、実践してみると、上司や部下の反応、関係部署の変化で、徐々にその姿がはっきりしてくる。これで『やりたいことが見えてきた』『こんな経験をしたかった』と大きく変わる人も出てきます」
小川氏は振り返りの問題点として、先に反省してしまう人が多いことを挙げる。反省だけで終わっては、次のチャレンジへのエネルギーが生まれない。だから、できたことにも着目して前向きになる。そして、できた部分を他でも実践してみる。そのとき足りない知識があると思えば再度学ぶ。というように、よい経験サイクルが生まれれば、高品質な経験を積むことが可能になっていく。
「私たちが提供する教育メニューは、通信教育で『理論』を学び、レポートで良質のケーススタディを学びます。そしてアセスメントや集合研修で『役割』への理解を深め、『実務』を通じて実践力を高めながら、次なる『理論』を学ぶという設計になっています。ミドル・マネジャーの立場にある方、将来的にミドル・マネジャーになる方たちには、ぜひ体験していただきたいプログラムです」と小川氏は最後に語り、講演は終了した。