「グローバル」という言葉はすっかり定着し、最近では古くなってきた観さえあるが、現在も、世界を舞台にした日本企業の挑戦は続いている。果たしてその現場では、どんなことが起き、何が問題となっているのだろうか――。グローバル人材育成・マネジメントの最先端に立つ三人のパネリストが、日本企業が世界で戦っていくために必要なものとは何かを語り合った。
日立製作所のグローバル成長戦略の深化は、2011年当時の中西社長による「中計達成に向けた新たな決意」というメッセージから始まった。「グローバル人材マネジメントを本格始動し、30万人を統括する人材プラットフォームを構築。次の高みに挑戦する」というものだ。フェーズ1(2011~2012年)は「グローバル人財マネジメントの基盤構築」、フェーズ2(2012~2014年)は「人財と組織のパフォーマンスの最大化」、フェーズ3(2013~2015年)は「日立のグローバル経営の競争優位に資する価値の提供」と、フェーズごとに「羅針盤」となるものが設定された。
「プランづくり自体は簡単ですが、実行は難しい。日立製作所は従業員が30万人以上で、関連会社は900社あります。グローバル組織の複雑性や、親会社ガバナンスの欠如、個社のガバナンスの強さなどのハードルがあるし、実行しようとすると抵抗もあります。そこで、人財部門の人員に計画を理解させることから始めました」
難しいことでも、必ず解法はある。まず一つ目は、テクノロジーパートナーを見つけること。グローバルにテクノロジーは欠かせないからだ。二つ目は、外部の知見。先を行く会社やコンサルタント会社を大いに活用する必要がある。「解法は他にもいろいろありますが、どの場合も必要となるのはコミュニケーション。何度もワークショップを行い、『なぜやるのか』を繰り返し話す。大変きつい作業ですが、改めて『会社を強くすること』が目的になりました」
同社では短期間に、28万人の人財データベースを完成させたほか、世界共通の職務級制度の整備や、マネジャー以上の4万8000ポジションのマッピングを実施。従業員サーベイには14万人が参加したという。しかし、中には早急なグローバル化を心配する声も聞かれた。
「この点は、マネジメントチームと議論しなければなりません。例えば、グローバルグレードを入れたのは、ただマネジメントのファウンデーションをつくるためだけではありません。 日本では、『人ベースから仕事ベース』に変えることになる。これはすごく大きなインパクトです。パフォーマンスマネジメントも『頑張れ』ではなく、いかに向上させるかに意識を向けさせる。そのために何が必要かを考えないといけない。制度は合意さえあればできますが、今はそれを使って、ビジネスにどう役立たせるのかを考えるフェーズに来ていると思います。その意味では、マインドをどう変えていくかという段階でもあります」
山口氏は、「競争優位を作る過程で、マネジメントの競争力の源泉となるのはOS」と語る。OSとは個々のプロジェクトを全体としてまとめ上げる機能だ。「ここに知恵を使わないと意味がありません。そして、今の手法が合っているかどうかを常に検証しなければいけない。その中には、日本人のこれまでの強みもありますから、それが薄まらない運営方法についても、考えていきたいと思います」
白木氏は、グループ企業内の優秀人材の育成・活用ができていないとすれば、それは日本企業・世界本社のグローバル人材マネジメントの大きな課題であると指摘する。この課題の解決なくして、日本企業の競争力あるグローバリゼーションはあり得ない。では今、現地法人で起こっていることとは何なのか。
「現地法人の日本人派遣者のミッションは、国・地域の文化的背景によって違うとよく言われますが、それは誤りです。マーケットと企業のライフ・ステージによって違いがあるのです。日本人派遣者が本社から派遣されたからといって、現地でリスペクトされるかというと、現在では多くの国・地域で決してそうではない。また、現地人材のレベルアップも進んでいます。M&Aが進展し、リスペクトが前提とされない中で、日本人派遣者には真のマネジメント能力が問われるようになりました」
日本在外企業調査(2012年)によれば、現地法人の外国人社長比率は29%。外国人社長を起用したときの難点や課題の調査では、「本社とのコミュニケーションが難しくなる」(72%)、「自社の経営理念の共有が難しい」(34%)。また、「社内に優秀な外国人人材がまだ育成されていない」という回答も37%あった。
日本人派遣者が、上司として現地従業員に評価されているのかどうかを知る上で、白木氏が2,000人を超える現地スタッフに対し実施した調査データの分析結果は大変興味深い。日本人派遣者に関して、高く評価されたのはトップ・マネジメントもミドル・マネジメントも、同じ項目だ。「責任感が強い」「顧客を大事にしている」「規則を尊重して適切に行動する」など。低く評価されたのは「現地の商習慣をよく理解している」「現地の文化や風俗習慣を理解している」「上の人が間違っていたらはっきりと指摘する」といったことだった。
「アジア人部下から、日本人トップが高く評価される項目はありません。一方、低く評価されたのは『対外交渉力』と『人脈(社内・社外)』です。では、ミドルはどうかというと、こちらも高く評価される項目はありません。低く評価された項目はなんと58項目中45項目。これでは、リスペクトどころではありませんね」
トップとミドルとで見られ方に違いがあるということは、リーダーシップとマネジメントに違いがあるということだ。「リーダーシップは変化と運動を引き起こします。(1)方向性を確立する、(2)人々を結束させる、(3)動機付けし、発奮させる。それに対して、マネジメントは秩序と整合性をもたらすものです。(1)計画し、予算化する、(2)組織化し、人を配置する、(3)統制し、問題を解決する。実は役割がまったく違うのです」
最後に白木氏は、グローバル人材マネジメントの方向性について述べた。「世界本社のグローバル人材マネジメント・システム作りを推進すべきです。また、日本人ビジネスマンのアセットの維持向上と、リーダーシップ経験の付与も重要ですね。また、将来のリーダーとなる人材には、ダイバーシティな環境の中で仕事を推進していくことを、早めに経験させるべきでしょう」
古森:グローバル化を進めていくと、抵抗意見として「アメリカ化、欧米化するのか」という声が出てくるものです。日立では人事がリーダーシップを取りながら進めてこられたと思いますが、インフラ的なものを導入するときには、どんな点を注意されましたか。
山口:3年前に始めたときは、自分から世界が全く見えない状況でした。そこで最初に考えたのは「本社はどんな機能を持つのだろう」ということ。「人をどう活用するのか」は、次の次元でした。まずは人をよく見て、海外と共通するものは何かを考えてみる。すると、30万人を管理するにはデータベースもいるし、グレードの設定もいるとわかってくるのです。現場からは最初「こんなの役に立たない」という声も出てきますが、できるだけ難しいところから手を付けて説得しました。そして個別のパーツを固めていき、「全体像はこうなります」と示しました。
古森:現場では役に立たないという声も多いけれど、ただ現場に役に立つものだけを集めても企業としては成り立たない。それに、会社のオーナーも意識しなければいけない。その両方を満たしながら基盤づくりを進めるのは大変ですね。白木先生は多くの事例をご覧になっていますが、基盤づくりについてどう思われますか。
白木:インフラを作ることは、グローバルな企業群をいかに統合していくかという問題でもあります。それをスタンドアローンでやるのか、任せてしまうのか。よくプラットフォームと言われますが、ハードとソフトの2種類で考えなくてはいけません。ソフトは理念や方針など、アタマの中のマインドセットを共通化すること。ハードは公式な制度づくりや人材のデータベース作りなど、実践的なものです。
古森:グローバルにおいて、透明性の価値の扱いは難しいものがあります。日本の本社から見れば透明性の価値は感じない。お互いがわかっているはずだと思うからです。それが海外の売上が伸びて存在感が増せば、それを示さないといけなくなります。「なぜあの人はあなたよりも上なのか」「この仕事であなたにいくら払われるべきか」など。説明されない仕組みは、不安であり、アンフェアに見えるのですね。そのような海外の会社に良い人材が入社したいと思うかというと難しいですね。
白木:それはモチベーションに関連する話だと思いますが、ホワイトカラーのモチベーションでもっとも効果が高いのは、将来展望が持てるかどうかです。日本企業は海外で、福利厚生や雇用安定のことを配慮しがちですが、それよりもキャリアの将来展望を示すことが、実は重要です。
山口:人材部門はプロダクトアウトの発想が強いんですね。人事が人事のために制度をつくるような。そうではなくて、外の人が見て魅力的に見えるかどうかを考えるべきです。いったん自分の立ち位置を外に置くとよいですね。
古森:グローバルにおいては、臨機応変に自らを変えられる人事になることが、とても重要だと言えるのではないでしょうか。本日は、お二人に貴重なお話をうかがうことができました。どうもありがとうございました。