会合レポート
『日本の人事部』人事エグゼクティブ定期会合(日本の人事リーダー会)第10回
人事部長が知るべき“人事の未来像”
石倉 洋子氏 一橋大学名誉教授
2017.02.28 掲載
グローバル化の加速とテクノロジーの進化により、世界は今大きく変わろうとしている。企業もビジネスモデルの変革を余儀なくされているが、働き方や仕事の定義・内容の見直しも併せて進めていかなければならない状況にある。このような環境のなかにあって、人事の未来はどうなっていくのか。そして、いかに対応していけばいいのか。一橋大学名誉教授の石倉洋子氏をゲストに迎え、人事部の今後のあり方について考えた。
プロフィール
石倉 洋子氏 一橋大学名誉教授
(いしくら ようこ)バージニア大学大学院経営学修士(MBA)、ハーバード大学大学院経営学博士(DBA)修了。1985年からマッキンゼー・アンド・カンパニーでコンサルティングに従事した後、1992年 青山学院大学国際政治経済学部教授、2000年 一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授、2011年 慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。日清食品ホールディングス、ライフネット生命、双日社外取締役、世界経済フォーラムのGlobal Agenda Councilのメンバー。「グローバル・アジェンダ・ゼミナール」「ダボスの経験を東京で」など、世界の課題を英語で議論する「場」の実験を継続中。専門は、経営戦略、競争力、グローバル人材。主な著書に、『戦略シフト』(東洋経済新報社)、『世界で活躍する人が大切にしている小さな心がけ』(日経BP社)、『グローバルキャリア』(東洋経済新報社)、『世界級キャリアのつくり方』(共著、東洋経済新報社)がある。
人材を巡る世界の潮流は、次の5年で大きく様変わりする
冒頭、石倉氏は人材を巡る世界の流れがますます加速していると語った。
「グローバリゼ―ションがどんどん進んでいて、いろいろなところでつながるようになってきました。その反動として保護主義も台頭してきています。国も世界も分断され、皆が右往左往している状態です。また、高齢化をはじめとして人口動態も変化しています。特に60歳以上の高齢者が増加傾向にあります。AI(人工知能)などを含むテクノロジーもどんどん進化しており、今後仕事のあり方が大きく変わるのは間違いないでしょう」
5年で大きく様変わりする。それが、石倉氏の問題提起である。では今後、日本はどうなっていくのか。
「日本は労働人口、生産人口が急速に減少しており、人材不足が目立ちます。また、経済・業界構造が大きく変化するなかで、スキルや人材の質が足りていないことも大きな問題です」
では今、どんなスキルが必要とされているのか。石倉氏はここで、世界の主要企業のHR担当者を対象に実施したアンケートの結果を紹介した。
「これから必要なスキルとして上がってきたのは、複雑な問題を解決する力です。また、いろいろな専門家を集めて一つの結論にもっていくソーシャルスキル、システム全体を考え解決策を考えていくシステムスキル、創造力・想像力、テクニカルスキルなどです」
極めて低い生産性と長時間労働も、日本の大きな問題であると石倉氏は言う。
ソーシャル・スキルで成果を創出する経験が重要に
さらに、石倉氏はキャリアや人生は誰が決めるものなのか、と疑問を呈した。
「海外では個人が主役という意見が多いのですが、日本の場合は企業に入れば何とかなる、という考え方が主流になっています。自分のキャリアをどうするか、どういうスキルを身に付けて、どういう人生を送りたいかは個人で考えていくべきであって、そのためのインフラを整備しなくてはいけません」
人生を決める資産は三つあると石倉氏は言う。生産性を高めるための新しい知識・スキル、一緒にやる仲間、自分の評判などを指す「生産性資産」、健康やワークライフバランス、時間を共にできる友人を指す「活力資産」、自己を知るための多様な経験やネットワークを指す「変身資産」の三つだ。いずれも、金銭などとは違って目には見えないものだけに、プロセスのなかで考え増やしていくことが大切であるという。
「特に重要なのは、生産性資産です。これからは、次から次へと新しい技術が出てきます。いかに学び続けていける環境を作るかは、大きなポイントです。『学ぶ機会がない』といった声を聞くこともありますが、果たしてそうでしょうか。私は、Global Agenda Seminarという集中講座を毎年開催していますが、ここからは、常に刺激のあるネットワークやいろいろなプロジェクトが生まれています。そうした組織を越えたつながり、場をぜひ活用してほしいものです」
石倉氏は、企業も自社の目標や存在意義を社員に発信していくべきだと強調する。
「自分たちの企業が何のために存在しているのか、その実現のためにどんな仕事をしてほしいのかを明らかにして、伝える。そして、それに共感してくれる人が集まり、一緒に働くオープンな組織を作ることがとても大切です。最近よく聞くのは、若い人は自分がやっていることと会社がやろうとしていることや世界の課題が全く結びつかず、何のためにどんなことをすれば良いのかが分からない、ということ。実はそういう人たちが開発途上国に行って自分の仕事がどのように役立っているのかが分かると、仕事の仕方が変わってくることがあります。このような考えを原点に、違和感や対立をソーシャル・スキルで成果に結びつける経験を呼びかけていきたいと思います」
極めて低い生産性と長時間労働も、日本の大きな問題であると石倉氏は言う。
人事の未来像を問う三つの質問
問題提起プレゼンの最後に、石倉氏から参加者に三つの質問が投げかけられた。
(1) 5年後あなたの会社の何%がロボットやAIに代替されますか?
最初の質問に対する回答は、以下の通りであった。
◆10%以下
参加者(製薬会社):システム投資に慎重な会社なので、5年だと難しい。
参加者(化学メーカー):5年では設備投資が間に合わず、一定の年数が必要です。10年だと変わってきます。
◆10%~25%
参加者(総合商社):期待値を込めての数字です。労働集約型のところはロボットで行けますが、アウトソーシングという判断もあります。
◆25%~40%
参加者(食品メーカー):雇用の安定を考えると難しい。
参加者:より生産的・創造的な仕事に要員を振り分けることができるどうかは疑問。量的・質的にもまだまだ揃っていません。
◆40%以上
参加者(製薬会社):検討を進めている段階。変わる可能性を視野に入れています。
参加者(食品メーカー):次の5年で10年分の変化があるのでは。特に間接部門はかなり変わると思います。人材を育成しておかないと、さまざまな課題に対処できなくなりそうです。
「部下との面談でも、上司は部下に話をさせ、まずは聴き役に徹することです。そうすることで、部下は自ら気づき、回答を見出すことができます。また、それが部下の自主性、主体性を育んでいくことにもなり、単に言われたことをするのではなく、自分で考え、行動できる自律的人材へと育っていくのです。これまで上司は、部下に明確な指示をすることが大切だと言われてきましたが、これからは、どれだけ部下の話を聴くかに変わっていくように思います」
最後に石倉氏が、総括した。
「ロボットやAIは人が足りないという日本の問題を解決するための手段としてメリットとなりますが、『本当に大丈夫なの』と構えてしまうところがあるのではないでしょうか。実は、ロボットやAIを活用すると失業者が増えてしまうという問題を抱える諸外国と比べて、日本ほどこうしたテクノロジーを活かせるという意味で良い環境はないのです。そこは発想を変えて、どうやって進めて行けばよいかを考えたら良いと思います」
(2) 5~10年後に人事の仕事に必要なスキルとは?
二番目の質問に対しては以下のような回答が寄せられた。
参加者:AIやロボットに何ができるのかを想像する力、先を読む力、センシングしていく力をキャッチアップしなければと痛感しています。
参加者:組織を改善、活性化していく力、人と人とをつなぐ力だと思います。
参加者:企業の方向性が良いかを考え、仕事と人とのマッチングのあり方を提案する力です。管理ではなく、問題解決を提案・鼓舞していく力が求められてくるはずです。
(3) 人事という仕事は10年後もあると思いますか?
石倉氏からの三つ目の質問を受けて、参加者同士が「YESグループ」「NOグループ」に分かれてディスカッションを行い、その内容が発表された。
<YESグループ>
人事という仕事の定義は収束されていくことはあっても、ビジネスパートナーのようにリーダーをサポートして、提案していく社内コンサルのような仕事は必ず残ると思います。例えば、ワークフォースマネジメントやタレントマネジメント、エンプロイメントサポートなどです。その他はなくなる可能性が高いでしょう。どういう分野で環境変化があるかというと、機械ではなく人がやらなくてはいけない分野であるとか、未だ誰もやったことのないプロアクティブな分野などが想定されます。また、AIと人だけの観点だけですべては説明できないので、3点ほど別の切り口を提示したいと思います。一つは、自社かアウトソースか。二つ目は、リーダーがやるか人事としてやるか。もう一つは、国内でやるか、海外でやるかです。結論としては、かなり今の状況とは違うと思うものの、ビジネスパートナーを中心に人に関わる仕事は残るという判断です。
<NOグループ>
人事は霜降り肉のなかにまぶされている油のようなもの。絞ればささみになる、という例えが出ていました。そのなかで三つの議論がありました。一つ目は、人事部という組織はなくなるが機能は残るかもしれない、ということです。実際に機能を分解し、「これはアウトソーシングできる」と仕分けていったら、最後に残ったのは知識や魂の部分だけでした。二つ目は、雇用の形態も変わっていくはずだということ。企業は残ったとしても、社員はいないかもしれません。そうなると、我々の仕事は人事というよりも購買になるかもしれないという意見がありました。三つ目は、人の温もりに関することです。ただ、これは人事ではなく経営であり、そういうことができる人をマネージャーにすればいい。ただ、その場合でもマネージャーを教育する人は必要ですし、AIにプログラミングを入れる人も必要なので、スーパーHRは必要だというのが結論でした。
未来に人事の存在意義はあるのか?
参加者(エンターテイメント会社):我々が請け負っている業務のほとんどは、10年のスパンで考えるとAIで変わりうると思います。代替が難しいのは、ヒューマンタッチな部分と相手の心理を読む領域です。
参加者(オフィス機器メーカー):リーダーや組織が持っているHRのケイパビリティのクォリティ・コントロールを誰がやるのでしょうか。ケイパビリティは時代環境、経営環境とともに変わります。それらに即応してビジネスリーダーと対話をして、方向性や実装すべきものを決めるファンクションは残ると思います。
石倉氏:ビジネスリーダーがやるべきことを、人事がやるという話がありましたが、今、人事はスーパーHR的な仕事ができているのでしょうか。
参加者(広告会社):最近、各部局にHR担当的なポジションを置くことにしました。ただ、いずれも兼務なので業務領域が広くフラストレーションが溜まっているようです。今後は部内人事にして、コーポレート人事をなくす方向にしたいのですが、トップがコミットしてくれないと難しい気がします。
参加者(製薬会社):以前在籍した米系企業では、人事である前にリーダーであることを強調されました。人・組織のプロである観点を踏まえた上でビジネスを含めてのポートフォリオを考えてくれと。でも、実際にはそれは難しいものです。特に日本の人事担当者はリーダーとしての気構えや変革していく姿勢が欠けており、できる人が少ない気がします。
参加者(金融機関):長年人事の仕事をやってきているので、正直言って自分の仕事がなくなるのは怖いです。でも、ディスカッションをしたことで唯一希望を持てたのは、人事の役割や機能が大きくシフトしていくとしても、我々にはスーパーHRかビジネスリーダーになる道があることを理解できたことです。
最後に石倉氏から、参加者に向けてメッセージが送られた。
「人材が企業にとって最大の資産であることは、これからも変わりません。その経験を踏まえてビジネスを行うのは大きなメリットになるはずです。逆に言えば、『私は人事だから』と狭い世界に閉じこもる必要はありません。新しいことをどんどんやっていいし、起業してもいいと思います。自分の力を発揮できる時代が来た、という姿勢で臨んでほしいですね」
第10回会合の風景
冒頭、『日本の人事部』企画・運営の株式会社HRビジョン代表取締役社長 林城より、挨拶とともに、「日本の人事リーダー会」の趣旨・活動概要について、説明いたしました。
アドバイザリーボードの皆さま同士で、活発な議論が交わされました。