会合レポート
『日本の人事部』人事エグゼクティブ定期会合(日本の人事リーダー会)第9回
「互聴」が育てる信頼関係と新たな組織風土の創造
~心のコミュニケーションが組織をさらに活性化する~
宮城 まり子氏 法政大学 キャリアデザイン学部教授、臨床心理士
2016.12.19 掲載
グローバル化の加速とテクノロジーの進化により、世界は今大きく変わろうとしている。企業もビジネスモデルの変革を余儀なくされているが、働き方や仕事の定義・内容の見直しも併せて進めていかなければならない状況にある。このような環境のなかにあって、人事の未来はどうなっていくのか。そして、いかに対応していけばいいのか。法政大学 キャリアデザイン学部教授、臨床心理士の石倉洋子氏をゲストに迎え、人事部の今後のあり方について考えた。
プロフィール
宮城 まり子氏 法政大学 キャリアデザイン学部教授、臨床心理士
(みやぎ まりこ)慶応義塾大学文学部心理学科卒業、早稲田大学大学院文学研究科心理学専攻修士課程修了。臨床心理士として病院臨床(精神科、小児科)等を経て、産能大学経営情報学部助教授となる。1997年よりカリフォルニア州立大学大学院キャリアカウンセリングコースに研究留学。立正大学心理学部教授を経て、2008 年4 月から現職。専門は臨床心理学(産業臨床、メンタルヘルス)、生涯発達心理学、キャリア開発・キャリアカウンセリング。他方、講演活動や企業のキャリア研修などの講師、キャリアカウンセリングのスーパーバイザーとしても精力的に活躍している。著書には、『キャリアカウンセリング』(駿河台出版社)、『産業心理学』(培風館)、『7つの心理学』(生産性出版)、『聴く技術』(永岡書店)などがある。
人材を巡る世界の潮流は、次の5年で大きく様変わりする
「互聴」とは、互いに聴き合うという意味で、職場のコミュニケーションにおいて大変重要なキーワードである。上司も部下の話を傾聴すると同時に、部下も上司の話を傾聴する。お互いに絶えず理解し合いながら、心が通ったコミュニケーションを行うという「関係性」がここには成立する。その結果、メンタルヘルス不調、パワハラ、セクハラなどがなく、誰もが「信頼関係」のある中で気持ちよく仕事をし、成長し、組織が活性化されていく。このように「互聴」が育てる信頼関係と新たな組織風土の創造、そして心のコミュニケーションが組織をさらに活性化することの重要性を、宮城氏は説く。
上司の「コミュニケーションスタイルを見直そう」という提案を行う場合、以下のような問題が考えられる。
- 電子媒体によるコミュニケーションはとても便利で効率的だが、果たしてそれだけでいいのか
- 職場の人間関係の希薄化が進んでおり、意志疎通、共感性が失われつつある。心の通わない職場で生産性は向上するのか
- 職場の一体感を醸成し、主体性を育て、意欲を強化し、組織を活性化するには何が必要か
- 再度、リーダーのコミュニケーションスタイルを見直すことが必要ではないか
「コミュニケーションの語源はCommunis(共通の)とCommunicatus(交換し合う)からCommonness(共通性・共有性)となって、Communication(コミュニケーション)という言葉ができました。つまり、コミュニケーションとは、絶えず共有する、共通理解をする、共通性を築いていくことを意味しています
では、コミュニケーションにおいて何を共有するのかというと、「情報の共有」「意思の共有(疎通)」「気持ち・感情の共有(共感)」の三つがあり、その中でも「気持ち・感情の共有(共感)」が一番大切だと宮城氏は言う。しかし職場において、心が通う、深いコミュニケーションができているだろうか。気持ち・感情を共有し合うコミュニケーションはなかなか難しい。この辺りをどう解決していくかが、本日のテーマである。
正しい「コミュニケーション」を通して「信頼関係」を構築する
コミュニケーションには、「1.S(Sender:送り手)」-「2.M(Message:内容)」-「3.C(Chanel:方法)」-「4.R(Receiver:受け手)」という四つのプロセスがある。例えば、「I Love You」なら、送り手は「I」、内容は「Love」、そして受け手は「You」である。その際、カギを握るのは「方法」である。メールで言うのか、電話で言うのか、それとも直接会って相手の目を見て言うのかでは、相手に与える印象(感情)が大きく異なる。同じことを伝えるのでも、それにふさわしい方法があるからだ。
「方法の選択が、コミュニケーションにおいてはとても重要です。また、情報伝達という意味では、入力した情報と解読した情報をいかに一致させるか、伝えたい情報が相手に正しく伝わっているかも、大切です」
実際、管理職研修などでよく使われる「カッツ理論」でも、コミュニケーションを円滑に行うためのヒューマンスキルは、新入社員、マネジャー、経営層など、立場にかかわらず常に求められる、非常に重要なスキルだと言っている。
「ヒューマンスキルとは、対人能力です。人と人との間に質の高いコミュニケーションを通して、相互の信頼関係を構築する力です。当然ですが、ヒューマンスキルの高い人は、コミュニケーションスキルも非常に高くなっています。つまり、コミュニケーションスキルは、人との信頼関係を構築し、人を動かすための根本的なスキルなのです」
では、コミュニケーションがうまい人には、どういう特徴があるのか。コミュニケーションには「話す」「聴く」「読む」「書く」という四つの分野があるが、コミュニケーションがうまい人は、「話す力(言うべきことを言う)」と「聴く力(聴くべきことを聴く)」の二つが長けているという。組織において、言うべきことは非常に多いが、きちんと言えているかどうか。そして、いろいろな立場の人の言うことを謙虚に聴けているかどうか。自分ではきちんと言っている、聴けていると思っていても、360度評価結果などを見ていると、意外とできていない人は多いようだ。
「重要なのは、コミュニケーションは相手に伝わって(正しく理解されて)、初めて意味を持つということ。つまり、相手が主役なのです。相手がどれだけ理解したかが重要であり、自分だけの自己満足で終わってしまっては、何の意味もありません。例えば部下との面談で、部下自身がその内容をまとめ、うまく整理できたかどうか。これで、コミュニケーションがとれているかどうかが分かります。また、相手がどのように理解したかを、常に確認することも重要です。人それぞれ。理解の仕方や捉え方が異なるからです」
以下の点を十分に理解し心掛けることが、コミュニケーションにおいて大切だと宮城氏は言う。
- コミュニケーションでは、話し手は主役ではない。
- 聴き手が正しく受け取り、理解して初めて成立する(受け取りやすい球を投げる)
- 聴き手の反応を見ながら話す。反応に合わせて話し方や伝え方を柔軟に変える(多種類の投げ球を持ち、相手に合わせて投げる)
- 相手の理解を確認する(何をどのように理解したか)
- 相手を理解する=相手の視点・立場に立つ(理解=understand : under(下に)+stand(立つ))
心のありようと捉え方~「聴く力」とは?
相手は何を、どのように「捉えているのか」は、心理学の用語では「認知」と言う。心のありようとは、出来事や事実に規定されるのではなく、そのことを「どのように捉え、考え、意味付けるか」によるのである。例えば、落ち込んでいる場合も、それは落ち込むことがあったからではない。落ち込むような捉え方を自分がしているからなのだ。事実を変えることはできないが、自分の心のありようを変えるには、捉え方(考え方、意味付け)を変えればいい。仮に失敗しても、捉え方や考え方、意味付けを変えることで、それを機会に成長することができるからだ(認知療法)。
「捉え方を変えることによって、相手への理解が深まり、さまざまな可能性が見えてきます。こういう人の心のあり方を理解しながら、相手とコミュニケーションを取っていくことが大切です」
だからこそ、相手を理解するためには「聴く力」が重要になってくると宮城氏は言う。「聴く力」とは、相手との信頼関係を築く力のこと。具体的には、以下のような聴き方である。
- 相手を理解しようと謙虚に聴く
- 相手の言わんとすることを真摯に聴く
- 相手の視点や立場(捉え方)に立って聴く
- 相手の言葉の奥にある気持ちを聴く
- 相手の心に耳を傾け、共感的に聴く
- 自分にとって耳の痛いことも聴く
つまり「聴くこと」とは、「相手が話すこと」に通じるのだ。だからこそ、相手が話すことの意味を考えることが大切なのである。宮城氏は「話すこと」には、大きく三つの意味つあると言う。まず、「1.話すことにより、理解してもらえる情報を発信すること」。「2.率直に話すことで、抑えていた感情、ストレスを発散できること」。実際、話すは「放つ」に通じるわけで、感情を浄化させ、気持ちがすっきりし、安心し、落ち着くことができる。さらに、「3.話しながら、自分を整理し、まとめること」。話しながら客観的に振り返り、課題や問題に気づくことになるのだ。このように話すことは心の中を言語化することであり、それが「気づき」につながる。またその「気づき」から、「主体的な変容」が起きることになるのだ。
「部下との面談でも、上司は部下に話をさせ、まずは聴き役に徹することです。そうすることで、部下は自ら気づき、回答を見出すことができます。また、それが部下の自主性、主体性を育んでいくことにもなり、単に言われたことをするのではなく、自分で考え、行動できる自律的人材へと育っていくのです。これまで上司は、部下に明確な指示をすることが大切だと言われてきましたが、これからは、どれだけ部下の話を聴くかに変わっていくように思います」
人を変えようと思ったら、その人の話をしっかりと聴いて、自ら気づくよう、コミュニケーションを取らなければならない。そのためには、常日頃から相手が話すチャンスをつくることが重要だ。また、キャリアに関して言えば、社内に安心して話すことのできる「場」があることも大切である。聴く側に求められるプロセスは、「1.周囲の人たちに関心を持つ」→「2.よく観察する」→「3.タイミングよく自分から声をかける」→「4.相手が話す」→「5.自分は聴く側に回る」となる。
「その際、相手から話しかけられるまで、ただ待っていてはいけません。とにかく自分から聴く機会を積極的に作ること。無関心から、信頼関係が生まれてくることはありません」
また、話には「1.事実は何か(何があったのか、どのような状況なのか、問題・課題は何か)」「2.気持ちはどうか(どのように感じているのか、思っているのか)」「3.欲求は何か(どうありたいか、どうしたいか、何を望み・願っているのか、ニーズは何か)」の三つの要素がある。これらを上手に整理して聴くことが大切だと、宮城氏は言う。事実だけに集中してしまうと、事情聴取のようになってしまうからだ。気持ちをしっかりと聴いた上で、欲求を聴き出していくことにより、気づきが生まれ、問題解決や行うべき行動へと結び付いていく。
効果的な面談の仕方とは
ここまで述べてきた「互聴」の考え方、コミュニケーションの取り方から、管理職が部下に対して行う効果的な面談の仕方(聴き方のスキル)を、宮城氏は以下のように整理する。
- 面談の前に必要な情報を調べておく
- 相手が気軽に「何でも話せる雰囲気」を作る(軽い雑談をしながら、次第に導入する)
- 何のための面談か、「目的」を明確に伝える
- 相手に温かい「視線」を向けながら話す(メモばかり取らない、相手の表情を観察する)
- うなづき、相づちを打ちながら、関心を持って真摯に聴く
- 共感的な応答をする(相手の気持ちに合わせて、「大変でしたね」「それは良かったね」と言う)*男性管理職が一番苦手
-
話の「要点をまとめて簡潔に繰り返す」(「つまり~なんですね」「要するに~ですね」)。
→相手は理解してもらえたと安心する。要点を確認することができる、整理できる。まとめて返すことによって、気づきを促す。 - 効果的な質問をする「質問力」
(1)開かれた質問(open question):「はい、いいえ」一言では答えられない質問
「具体的に話して」「もっと詳しく聴かせて」「例えば」など。話を深く掘り下げ、話を引き出す。(2)閉じた質問(closed question):「はい、いいえ」や一言で簡単に答えることができる質問
相手が話したいことを優先して聴く(自分の聴きたいことばかり聴かない)。聴くことにも「間」が必要、立て続けに質問しない。相手に考えさせ、気づかせる質問をする。相手が話している間に次の質問を考えない。 -
話の3要素から話を聴き、整理する
(1)事実は何か(何があったのか)(2)気持ちはどうか(どのように感じるのか、どのように捉えているのか)*捉え方と事実は異なる(3)欲求は何か(何を望んでいるか、希望しているのか、どうありたいのか、どうしたいのか)
「事実」「気持ち」「欲求」を整理しながら聴く - 沈黙を持つ(急かさない、じっくり待つ)
沈黙にも意味がある、沈黙も受容する(心の中で考えている、話を整理している、感情を抑えている、話す気がなくなった)。沈黙が長引いたら、そこまでの要点をまとめて返す(「話を聴いていると……だったんですね」)。
- よく理解できたら、必要に応じて「助言・指導」する情報提供する、提案型で行う。
「とにかく、部下からの相談に気軽に乗ることを考えてください。相談に乗ることで、悩みや葛藤、不安の軽減を支援するのです。上司に対して、気軽にありのまま、何でも相談できる関係性を築くこと。一人で悩みや問題を抱えず、上司に相談に乗ってもらえる職場(オープンコミュニケーション)を作るのです。相談は、職場の皆がいる前ではなく、別室で聴いてください。また、相談の内容は決して口外せず、安心して上司に相談できる職場環境を作ることを心掛けてください」
上司は我慢してじっくりと待たなくてはならない
宮城氏は、部下から相談を受けた上司が「陥りがちな傾向」があると言う。
- すぐに相手の役に立ちたくなる
- 話を聴きながら、頭では助言や指導を考える
- 相手の話を最後まで聴くよりも、先回りして、すぐに助言や指導をしたくなる
- 相手の話の腰を折り、自分が話し出す
- 相手に良い助言や指導ができたと、自己満足する
「このような対応をすれば相手は失望し、上司に相談してもダメだと諦めて、相談には来なくなります。相手は、最後までじっくりと聴いてほしいのです」
そうならないためにも、上司には「カウンセリング・マインド」を持つことが求められる。つまり、「直そうとするな、分かろうとせよ」。相手の話も聴かずに、すぐに役に立とうと思わないことだ。まず相手が何を言わんとするかをよく聴くこと。そして、よく聴き、理解すれば、結果的に相手の役に立つのである。
「企業の実態を見ると、面談制度はあっても、本当の意味での面談を行っている上司は少ないように思います。面談は、部下と上司の一対一のコミュニケーションの場。面談は話を聴き、部下理解、相互理解を深める場なのです。良い面談をするには、日頃からの信頼関係がカギを握ってきます。信頼できない上司には、部下は本心を語りません。そのためにも、何でもありのまま安心して話せる関係性を作っておくことです」
また、面談では「話す量」が多いほど、面談後の満足度は高くなっている。面談後は、上司に「十分に聴いてもらえた」「十分に話し合えた」「理解してもらえた」部下が、満足感を得る。つまり、面談は「インタビュー」なのだ。質問をして話を引き出すことが重要であり、自分ばかり話さないことが重要だ。
「面談で大事なことは、いかに気づきを与えて、主体性を育てるか。そのために上司は、我慢してじっと待たなくてはなりません。質問をし、相手に考えさせるのです。その際、たとえ自分が答えを持っていてたとしても、決して先回りして言わないことです。相手は心の中で考えを言語化し、整理するわけですが、その過程で自分に気づくからです。そして、自ら気づくことで、変わろうとします。つまり、人は、自ら考え、気づいたことに対して、強く動機付けられるのです。上司のこのような対応が、部下の主体性・自主性(自律)を育てていきます。一方的に押し付けては、意欲・やる気は出てきません」
「互聴」の組織、職場作りの重要性を説いて、宮城氏の問題提起は終了した。
この後、各テーブルの受講者同士が、宮城氏の問題提起に関して意見交換を行った。その後、宮城氏からの総括があり、「日本の人事リーダー会」は盛況に幕を閉じた。
- 傾聴すること、部下の話をじっくりと聴くことの重要性を深く学ぶことができました。
- 日ごろ、上司と部下がいかに密なコミュニケーションを取ることが大切なのか、改めてわかりました。
- 人事考課の結果をフィードバックする際、宮城先生がおっしゃったようなコミュニケーションをとれていない現実を思い知りました。上司と部下の信頼関係を築くことの重要性がとても大切だと思いました。
- 日常的に、コミュニケーションを図れるような仕組みを用意することが重要だと感じます。例えば、フリーアドレスを用いているケースを聞きましたが、それによってコミュニケーションの頻度が高まっているとのこと。こうした仕組みを、これからは考えていきたいと思っています。
- カウンセリング・マインドがない自分に、がく然としました。部下の満足感を引き出すことに、これからは努めていきたいと思います。
第9回会合の風景
冒頭、『日本の人事部』企画・運営の株式会社HRビジョン代表取締役社長 林城より、挨拶とともに、「日本の人事リーダー会」の趣旨・活動概要について、説明いたしました。
アドバイザリーボードの皆さま同士で、活発な議論が交わされました。