会合レポート
『日本の人事部』人事エグゼクティブ定期会合(日本の人事リーダー会)第7回
“経営に資する”人事リーダーのあり方とは
金井 壽宏氏 神戸大学大学院 経営学研究科 教授
2016.6.23 掲載
グローバル化やIT化など、ビジネス社会の環境変化が激しい中、企業経営の難しさや変化のスピードは加速している。そんな時代だからこそ、企業を支える「人」の重要性はますます高まり、人事部が果たすべき役割も大きくなっている。そこで今回は、神戸大学大学院経営学研究科教授の金井壽宏氏をゲストに迎え、企業の経営にとって重要な役割を果たす人事部に必要なことは何か、リーダーのあり方とはどのようなものかについて考えた。
プロフィール
金井 壽宏氏 神戸大学大学院 経営学研究科 教授
(かない としひろ)1954年神戸市生まれ。78年京都大学教育学部卒業。80年神戸大学大学院経営学研究科修士課程を修了。89年MIT(マサチューセッツ工科大学)でPh.D.(マネジメント)を取得。92年神戸大学で博士(経営学)を取得。変革型のリーダーシップ、創造性となじむマネジメント、働くひとのキャリア発達、次期経営幹部の育成、これからの人事部の役割、研究とつながる教育・研修のあり方(リサーチ・ベースト・エデュケーション)を主たるテーマとしている。これらにかかわる論文や著作が多数。『変革型ミドルの探求』(白桃書房、1991年)、『リーダーシップ入門』(日経文庫、2005年)、『働くみんなのモティベーション論』(NTT出版、2006年)、『「人勢塾」ポジティブ心理学が人と組織を変える』(小学館、2010年)、『組織エスノグラフィー』(有斐閣、共著、2010年)など、著書は50冊以上。
戦略を議論する場に、人事リーダーの椅子はあるか?
冒頭、金井氏から“Do you have a seat at the strategy table?”という問いが投げかけられた。
「『戦略について議論する場に、あなたの席はありますか?』ということです。以前アメリカで人事に関して定評のあるいろいろな企業にヒアリングした際、私が人事リーダーの方々にたずねた問いです。その際、多くの人が冒頭の“Do you have a seat”だけで何を質問されるかがわかり、“Sure!(もちろん!)” と答えました。それだけアメリカの企業では、肝心なことを議論する時に人事のリーダーが必ず呼ばれているということです」
戦略会議など、企業の根幹に関わる重要な会議の場に、人事リーダーの席があるかどうか。そして、そこで意見を求められる存在となっているかどうか。金井氏は、それがまず、人事リーダーとして重要なポイントの一つだという。
「考えてみてください。皆さんの企業では、従業員規模が何人になったときに、人事部を作らなければいけなくなったでしょうか? 例えば、ヒューレット・パッカードは二人の若者によってスタートしましたが、三人目に人事部長は雇いませんよね。優秀なエンジニアを仲間に加えたはずです。ただ、三人目、四人目を雇ったのも、その人たちを育てたのも、社員が20名を超す頃に『ローテーションが必要だ』と考えたのも、創業者の二人、つまり経営リーダーでした。それだけ人事は、経営と切り離すことができないものなのです」
自社にもともとなかった人事部を、あえて作った意味。いつ、何があって人事部ができたのか。そんなルーツに思いをはせることが、人事リーダーの役割を考えるうえでは重要だという。
「人事部が誕生した背景には、企業の繁栄のため、お客さまのため、大きな価値を生むためなど、何か理由があるはずです。だからこそ、人事リーダーは、いかに経営に資する存在であるかを常に考えていなければなりません。そして、人事部が社員に何を提供しているのかを、理解していなければならない。この二つがとても重要です」
ドゥアブル(行動項目)とデリバラブル(提供価値)の違いとは
人事部に何が求められているのかを語る際に使われる言葉として、金井氏は、Doable(ドゥアブル)とDeliverable(デリバラブル)を紹介した。
「『Doable』はdo(やります)とable(できます)を合わせた言葉で、自分がやっていること、つまり『行動項目』を指し、『Deliverable』はdelivery(提供する、届ける)とable(できます)を合わせて、『提供価値』を指します。例えば、私のような大学の教員がやっていることは、授業や研修をしたり、学内の会議に出席したり、論文を書いたりと、際限なく言えます。しかし本当に重要なのは、それが周囲の人たちに何をもたらすのか考える、Deliverable発想に基づく思考、実践的な思考です」
人事部として、採用や研修、人事制度改革など「やっていること」だけを言うのではなく、「自分がやっていることで、誰かに何らかの価値を提供する」というDeliverable発想で、人事としての提供価値を考えることが重要だと、金井氏は言う。
「ミシガン大学のデイビッド・ウルリッチ教授が、人事の役割を『戦略のパートナー(Strategic Partner)』『管理のエキスパート(Administrative Expert)』『従業員のチャンピオン(Employee Champion)』『変革のエージェント(Change Agent)』という四つの分類に定義しています。皆さんには、『人事制度を変えることで、人事部はこれまで以上に戦略パートナーや変革のエージェントになります』などのように、Deliverableに基づく考え方をしていただきたい。そうすると、さらに踏み込んで自問自答するようになります。せっかく何かをしようと思っても、社内の仕組みや組織の体制が整っていなければうまくいきません。そんな時に、仕組みが良くなるよう、リーダーシップをとって改革を進めたりする。そんなことを、人事部リーダーである皆さんに意識してほしいと思います」
そうすることにより、ビジネスの根幹に関わることについて社長が話したいとき、その場に人事がいなければ困ると思ってもらえる。新規事業を行う際、経営企画や財務・経理のリーダーだけでなく、人事リーダーが呼ばれて「新規事業を誰に任せるか」について提言ができるようにもなる。さまざまな場面や現場で、「人事がいてよかった、助けられた」と言ってもらえることが重要なのだ。
「管理」と「経営」では、考え方が異なる
ここで金井氏は、あらためてマネジメント、つまり管理と経営の違いについて説いた。「マネジメントとは管理です。企業の戦略や方針が決まっていて、それを粛々と実現していくことが大切です。一方、経営とは何でしょうか。経営の『経』は糸を意味して、『営』は建物を指す言葉です。つまり経営とは、ここに何か建てようと思ったときに、糸か何かで線を引き、どういう建物を作りたいかというような大きな構想をすることです。もちろん、管理も経営も大事ですが、それぞれの質の違いについて考えることが必要だと思います。管理は通常、Getting things done through others(他の人々を通じて、ことを成し遂げてもらうこと)と定義されます。through othersなので、他の人たちにいかにきちんとやってもらうかがカギで、プレイングマネージャーよりも自分が直接手を出さないスタイルのほうが、いいマネージャーだと言われます。ただ、やってもらうことはthings(事)で、そこには大きな構想や起業家なら描くような夢やビジョンなど熱い思いが入ってきません。しかし、それでは何だか情けない」
だからこそ、thingsの中に「経営」や「戦略的」という意味を込めて、人事部リーダーとしての価値を経営者とともに分かち合うことを、金井氏は薦める。
「社長が孤独だと言っているのを聞いた人はいますか? でも、社長にそう言わせてはいけませんよね。会社にとって、利益やお金は大事ですが、それ以上に大切なのは、『人』です。だからこそ、人事リーダーがその道のプロとして経営の根幹に関わり、社長とともに企業全体の存続発展につながることが大事だと思います」
経営戦略を考える際、お金を中心に株主を意識する「資本主義」と、資本主義の変化の中でも人を大事にする「組織能力」という考え方がある。また、戦略といえば、どこを土俵に戦うかというポジショニングだけの考え方に陥りがちだが、組織能力というときには、その組織での人の育ち方、分業のあり方、リーダーシップ育成の仕組みやリーダーシップの組織のなかでの連鎖などにかかる。
「事業ポートフォリオのポジショニングだけが戦略だと、『調子が悪くなれば、その事業は負け犬ビジネスとして即売却』という考え方をしてしまいます。しかし、ビジネスを育てるのと、人を事業経営責任者まで育てていくのとはかなり違います。中核部品を社外から買うのではなく、内製するのと同様に、核となるリーダーは、社内での経験や異動、異動先で薫陶を受けた人からの実践的な学びなどを通じて、育つものです。経営リーダーが育っていなければ、外から連れてくればいいというのは、あまりにも味気ない。企業価値は、雇い方、育て方、組織の作り方など、組織に根付いたものによるところが大きいのです。また、リーダーの育成に加えて、その事業を効果的に展開する組織能力こそが、持続する競争優位性の原点だといえるのではないでしょうか」
そのような組織能力の一つの事例として、金井氏はヤマト運輸を挙げた。「ヤマト運輸が同業他社の中で抜きんでた理由は、簡単にはまねのできない翌日配達のシステムを構築したことです。特にそれを可能にしたプラットフォームとして、付加価値を生むセールスドライバーの採用・育成・リテンションの仕組みがあります。後続企業が、同じように動物のマークをつけて翌日配達をうたっても、それを支える仕組み、ビジネスシステムの構築がないと戦えません」
経営戦略を練る上で、ポジショニングをどうするかは大変重要だ。しかし、同じ土俵を選んでも、長く勝ち続けるところとそうでないところがある。その違いは、明らかに人事、HRの領域であると金井氏は言う。
「組織能力のコア・コンピタンス3ヵ条は、(1)顧客の価値向上に役立つこと、(2)簡単に他者にはまねをされないこと(他社より並外れてうまくできること)、(3)それを可能にするプラットフォームがあること。これらのおかげで、我が社らしい製品やサービスを生み出すことができるだけでなく、将来にわたってそれを出し続ける土台もできる、ということです。このような組織能力という世界では、かなりの部分がHRM(人材マネジメント)と重なり合っているということを、人事リーダーの皆さんには理解してほしいと思います」
そのような視点を持つためには、常に「問い」を大事にすべきだという。「何を変えるべきなのか、逆に、何を変えてはいけないのかといったことを見間違わないためには、知恵が大事です。そういう知恵を蓄えていくためには、社内の内向きの仕事だけでなく、より広い世界とつながっていくことが大事ですし、切迫した目の前のことなのか、将来のことなのかを自らに“問う”ことも大事です。また、一人だけでなく、ビジネスリーダーやさまざまな人と話し合うことも重要です。これだけ国際化が進んでいるのですから、さまざまな国の人たちと一緒に、人事のあり方を議論し、必要であればグランドデザインを描く場も設けてほしい。そのような幅広い視野や知恵をつけていくことによって、人材マネジメントシステムのどこを大事にすべきかがわかるようになると思います」
ビジネス・戦略のリーダーとして人事に求められるものとは
金井氏による問題提起をもとに、参加した人事リーダーたちが数人ずつのグループに分かれて、それぞれの企業における「経営視点から」の人事についてディスカッションを行った。
- <グループ1>
- 変革の中で、ビジョンがいかに大事か。コアを失わないように変革していく大切さを再確認しました。グループ経営が多くなっている中で、本社人事と、グループ企業の人事との意識や力量のギャップについても話題となりました。どうしても、グループ企業の人事はオペレーション中心になりがちです。そこをいかに戦略的にしていけるか、具体的なアクションプランをどうすればいいか。難しさとともに、実現させていきたいという思いを共有しました。
- <グループ2>
- このグループは、外資系企業と日本企業、歴史の長い企業とベンチャー企業など、多様な顔ぶれになりました。そのため、ポジショニングの考え方が中心の戦略を行う企業もあれば、人本主義にのっとっている企業もある。お互いに違いを確認する中で、改めて何が正解かということではなく、それぞれの会社の状況に応じて、人事が役割をしっかり果たしていくことが大事だと感じています。
- <グループ3>
- デリバラブルでは、考えることが多くありました。それぞれの会社の中で、人事の立ち位置がどのあたりにあるかを考えることが大事だと思います。組織改革など、攻めの人事も大事ですが、一方で、一人ひとりの従業員を守ることも大事です。組織論というと、とかくそのような「一人ひとり」を見る視点が抜けがちですが、正規外社員なども含めた、個々の従業員をどう守るかということも大切だと感じました。
- <グループ4>
- 個人的には、ドゥアブルが多いなと反省しています。その理由の一つは、日本的伝統企業の人事が、まだまだ幹部との社内政治に寄っている部分が多いこと。変化の激しい外資系企業とのギャップを感じ、危機感が足りないと痛感しました。
- <グループ5>
- 「経営に資する」ということは、日ごろから意識していることですが、あらためて大事だと確認できました。デリバラブルについては、社会環境が変化してきている中で、どのような付加価値を提供していくか、かなり意識しないといけないと認識しました。また、単に社内に向けた視点ではなく、外の世界を意識する必要性も感じました。
最後に、金井氏から参加者にむけてメッセージが送られた。「繰り返しになりますが、社内での人事の役割を考えるときに、『何をお届けできるか』というデリバラブルを意識することは非常に重要です。例えば、最高の組織戦略を出すために人事部門に組織開発の達人がいるからと声がかかる、というようになってほしい。人事が参加したことでいい意見が出て、納得できる形でよりクオリティーの高い決定になると、常に重要な決定のために声がかかる。そのような状況になることを願っています」
そんな活躍をするためには、思い切った「攻めの姿勢」も大事になりそうだ。「営業などマーケットの人たちがお客さまの声を聞くために一生懸命になるように、人事にとってのお客さまである社員の声をしっかりと聞いてみる。自分たちがお届けしたものの価値を、あらためて聞いてみるといいのではないでしょうか。また、よくある『良かったこと』だけではなく、『これだけはやめてくれ』という制度を、理由とともに三つ挙げてもらってはいかがでしょう。そして、圧倒的に従業員に不評だった、止めてほしい制度を経営に進言してみる。それをやれば、『ついに人事部が!』と見直されることは間違いありません(笑)。“最悪”と思うことも、その理由をよく聞くと、ポジティブメッセージになることもありまです。当たり前だと思っていたことにも、健全な疑問を投げかけることは大事です。ぜひ、働いている人に元気や戦略的思考を“お届けする”。そのような観点から考えてみることも大事にしていただきたいと思います」
「経営に資する」とは、戦略の根幹に関わることについて聞けるような立場になること。そして、「人事のリーダーはビジネスのリーダーや戦略のリーダーであってほしい」とあらためて強調し、金井氏はメッセージを締めくくった。
第7回会合の風景
アドバイザリーボードの皆さまどうし、活発な議論が交わされました。