会合レポート
『日本の人事部』人事エグゼクティブ定期会合(日本の人事リーダー会)第6回
人事部長が高める「社員エンゲージメント」
川上 真史氏 ビジネス・ブレークスル―大学大学院 教授
2016.4.11 掲載
人事部門のリーダーである人事担当役員・部長(人事エグゼクティブ)が集う「日本の人事リーダー会」の第6回目は、心理学的な側面から人事マネジメントへのアプローチを行うことで知られる、ビジネス・ブレークスル―大学大学院 教授の川上真史氏をゲストにお迎えした。今回のテーマは『人事部長が高める「社員エンゲージメント」』。人事リーダーである人事部長が、どのように社員のエンゲージメントを高めていけるのか。人材開発や人事制度だけでなく、環境作りなども含めて、さまざまな問題提起を川上氏が行うと同時に、参加者同士のディスカッションを交えながら、議論を深めていった。
プロフィール
川上 真史氏 ビジネス・ブレークスル―大学大学院 教授
(かわかみ しんじ)京都大学教育学部教育心理学科卒。産業能率大学総合研究所研究員、ヘイコンサルティンググループコンサルタント、タワーズワトソンディレクターを経て、現職。主に、人材の採用、評価、育成システムについて、設計から運用、定着までのコンサルティングを担当する。また、心理学的な見地から新しい人材論についての研究、快活を行うことにより、次世代の人材についての考え方も世の中に提唱している。2003~2009年早稲田大学文学学術院心理学教室非常勤講師。現在、ボンド大学大学院非常勤准教授、明治大学大学院グローバルビジネス研究科専任講師(社会心理学担当)、株式会社ヒューマネージ顧問、株式会社タイムズコア代表も兼任。
人を見る目の向上――いかに社員の「スキーマ」を取り払うか
はじめに川上氏は、人事リーダーにとって必要な「人を見る目の向上」について言及した。まず人を見る目には、「スキーマ」(人間の心の中にある絶対的な思い込み)の存在がある。それは「自己スキーマ」(自分とは絶対にこういう人間であると、根拠なくゆがんで思い込んでいる部分)と「他者スキーマ」(あの人は絶対にこういう人間であると、根拠なくゆがんで思い込んでいる部分)。人を見る目の基本は、相手に対するスキーマを作らないこと、また作らないことに耐え切れるかどうかであり、人事領域に関わる人の場合、いかに社員のスキーマを取り払うことができるかがとても重要である。
「しかし、これが意外と難しいのです。初対面の人に会ってどれくらいでスキーマを作るかという調査結果がありますが、平均は4分。4分間会って話していると、『この人はこういうタイプだ』というスキーマを作ることになるのです。また、一度スキーマを作ると、それと合った言動をした場合、『思った通り』と感じ、そのスキーマが強化されます。逆にそのスキーマとは合わない言動をした場合には、無意識の内にスル―して、記憶には残りません。人間は自動的にこうした“仕分け”作業を行う傾向があり、思い込みが一度植え付けられると、ますます強化されていきます。ですから組織の中で人材を活用していくには、社員に対するスキーマを一度取り払うことが大切です」
ここで、参加者が今の20代社員(ゆとり教育世代)に対して、スキーマを持っていないかどうかを見るため、グループ・ディスカッションを行った。
川上氏は毎年、7万~10万件近い新入社員のサンプルから、経年で20代社員のデータを取っているという。そこから得た結論は、2010年大卒入社者、いわゆる「ゆとり教育世代」以降、人材の質が変わってきているということ。2010年に入社した新入社員は<図1>の右側に示されたように、「堅固な意志」「主観的な判断重視」「自律的な判断重視」「内的報酬重視」が事実として確認されている。割合としては、このような傾向を持つ人が55%存在しているそうだ。しかし多くの大人は、「ゆとり教育世代」ということで、<図1>の左側にあるようなイメージを抱いており、かなりゆがんだスキーマを持っている。川上氏は「まずこのような事実を踏まえて、採用戦略や人事戦略を構築していく必要があります」と語った。
これからの人事的課題の焦点――「HR」「HC」から「タレントマネジメント」へ
スキーマに捉われないようにするためにも、これからは人材に対しての見方を根本的に考え直す必要がある。ここで川上氏は、これまで人材がどのように捉えられてきたかを振り返っていった。1980年代には人材をHR(人的資源)と考えていたが、今となっては古い考え方と言える。成果主義が導入された90年代には、HC(人的資本)と考えるようになった。投資対効果の高い人材(ハイパフォーマー)が、優秀な人材というわけだ。そして、2010年代に入ると、社内にハイパフォーマーは数多く存在するわけではないので、それよりも今いる全社員に焦点を当てる必要がある、と考えるようになった。つまり人材を組織にとって「探求すべき対象」、タレントマネジメントとして捉えるようになったのである。
「HR・HCの時代から、タレントマネジメントの時代となり、180度転換した概念があります。それまで自社にとって必要な人材は、『こういう能力を発揮する人材』『こういうことができる人材』というように、会社側がモデルを作っていました。そのモデルに合うか合わないかで、評価・育成が行われていたわけです。しかし、このやり方は大変効率が悪い。環境変化が激しい現在、多様な人材を抱えなければならないにもかかわらず、会社側が一つの人材モデルで制度や人材育成の方向性を決めるのは、非常にリスクの高い行為と言えます」
HR人的資源(1980年代~) |
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HC人的資本(1990年代~) |
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TMタレントマネジメント (2010年代~) |
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かつては人(ヒューマン)に焦点が当たり、人をマネジメントしていた。一方、タレントマネジメントは、能力(タレント)に焦点を当て、マネジメントしていく考えである。社員一人ひとりに「タレント」があり、その能力を仕事やプロジェクトでうまく活用して成果を出す、それが一番効果的なやり方だと考えたのである。
「社員一人ひとりが持っているタレントを正確に捉え、それを活用するためにどのようにマネジメントしていけばいいのか。これができる人を、管理職に登用していけばいいのです。このようなタレント活用の考え方が、これからの日本企業には強く求められます」
コアとなる「OS」のバージョンアップ
川上氏は人材開発に関する考え方には、「アプリケーションのインストール」「OSのバージョンアップ」の二つがあるという。「今求められているのは、OSのバージョンアップです。社員の仕事の意識をバージョンアップさせておかないと、セキュリティーの問題が生じます。例えば、ハラスメントや個人情報の取り扱いに対する意識。この意識がないまま仕事をすると、組織としてセキュリティー面で大きな問題が生じることになります。新しいOSが装備されている若い人たちを、旧バージョンのOSの人たちがマネジメントするのは、非常に危険です。OSのバージョンをかなり意識して進めていくことが、これからの人材開発において大きな課題と言えます」
アプリケーションの インストール |
新たなスキルや知識を習得し、活用できるようにする |
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OSのバージョンアップ | 能力開発のベースとなる仕事の「意識」を、社会や企業、組織の変化に応じて、進化させる |
例えば、コアとなるOSの旧バージョンと新バージョンには、以下の違いがある。若い人たちは新しいOSにバージョンアップしているので、管理職世代の人たちもバージョンアップを急がなければならない。「気合い・根性からエンゲージへのバージョンアップがされると、他の移行が非常に楽になります」
旧バージョン | 新バージョン |
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気合い・根性 | エンゲージ |
理論的思考(正解に間違いなくたどり着く思考) | 創造的思考 |
協調性(他人に合わせる、集団意識) *シナジーが生まれていないチーム:集団 |
ダイバーシティにおけるチームワーク *チーム:シナジー(相乗効果)が生まれる関係性 |
優秀さ(高学歴) | コンピテンシー |
「エンゲージ」とは、仕事に内的報酬を感じながら、のめり込んでいる状態
ここから川上氏は、「エンゲージ」について解説していった。「今、社員を動機づけていくことが非常に難しい時代になっています。動機づけのパラダイムが根本的に変わってきたからです。マズローの有名な『欲求5段階説』には欠乏動機と成長動機があります。欠乏動機は、要はハングリー精神。欠乏しているものを獲得したいという動機です。しかし実際には、人間は欠乏していたものが全て満たされても、そこに止まらないということをマズローは研究していました。純粋に、自分をより高いレベルに持っていきたいという欲求があるということに思い至り、それを仮説として成長動機としての『自己実現の欲求』と名付けたのです」
欠乏動機 |
生理的欲求 安全と安定の欲求 社会性の欲求 承認と尊敬の欲求 |
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成長動機 | 自己実現の欲求 |
今、日本社会では、「欠乏動機」が急速に減少している。例えば若い人たちを中心に、「地位(管理職志向)」や「高い収入」を求めない人が増えている。つまり、マズローの「欲求5段階説」のフレームで考えると、中途半端な形での動機づけの人たちが増えているのだ。このような状況下にあって、人事リーダーは何をすればいいのか。
「従来型の動機づけ(外的報酬)から、新しい動機づけ(内的報酬)へと焦点を変化させることです。従来型の外的報酬による動機づけでは、制度を作り評価を行い、規定されている報酬(地位)を支払います。これで動機づけようとすると、社員に高い欠乏動機が必要になります。しかし、今は高い報酬や地位は必要ない、という若い人たちが多いので、外的報酬が動機づけとはなりません」
このような背景から、内的報酬が注目されるようになってきた。内的報酬は、仕事の中身・内容に組み込まれている精神的な報酬である。「この仕事をやっていると、非常に楽しい。成長実感を覚えついつい、のめり込んでしまう」「この上司の部下であることが、自分にとって非常にプラスとなる」といった類の報酬だと川上氏は言う。
従来の動機づけ 「外的報酬」 |
「頑張れば、会社が欠乏を報酬で埋めてくれる」という期待感に基づく動機づけ |
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これからの動機づけ 「内的報酬」 |
「ここでやっている仕事そのものが興味深く、自分の成長につながる」「この上司の部下で良かった」などと実感させることによる動機づけ |
川上氏は、内的報酬には2種類あるという。「自分にアサインされた仕事への取り組みに内的報酬を感じるか」「この上司と一緒に働くこと内的報酬を感じるか」の二つだ。もちろん両方が揃っている状態が、理想であることは言うまでもない。
川上氏は、エンゲージとは「仕事に内的報酬を感じながら、のめり込んでいる状態」という。ただし、その際に気を付けなければならないことがある。例えば、「仕事が面白くないが、イベントなどが正しい」「仕事はきつくても、我慢すれば評価が高まるので、取り組み続けている」「楽しく和気あいあいとしながら仕事に取り組んでいる」などは、エンゲージではないということ。エンゲージはあくまで「興味・関心を持って仕事にのめり込む」(思考的なのめり込み)であって、「楽しく仕事をする(感情的なのめり込み)」ことではないのだ。
「感情的なのめり込みで仕事をする人は、バーンアウトしやすい傾向があります。しかし、楽しい、うれしいといったポジティブな感情は長続きしません。その状況に慣れてしまうからです。そうすると、楽しい・うれしいという感情そのものが消え、元の状態に戻ってしまいます。その点からも、楽しい職場にすることはエンゲージではないことを、しっかりと認識する必要があります。あくまで、仕事に対する興味・関心なのです。人は興味・関心があれば、その取り組みは長続きします。また、人は興味・関心があることについて、成果を出そうとします。つまり、エンゲージと成果については、明確な相関関係があるのです。これが、エンゲージの会社における最大のメリットです。人事リーダーは、いかに社員に対して仕事に興味・関心を持たせることかをが考なければなりません」
「エンゲージ状態」をいかに保つか
ユトレヒト大学ではエンゲージがある状態を以下のように定義し、測定基準を置いている。
活力 | プライド | 熱中 |
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仕事を行う時に、活力やエネルギーに溢れている。常に仕事をしたいという欲求を持っている | 仕事に対してプライド、やりがい、意義などを高く感じながら取り組んでいる | 仕事に夢中になる。時間もあっという間に過ぎてしまい、止めようと思っても止められない |
(1)仕事中は、エネルギーに満ち溢れている (2)仕事中は、強い活力を感じる (3)朝起きたら、すぐに仕事をしたいと思う (4)一度に、かなり長い時間働き続けることができる (5)仕事中は、気持ちがはつらつとしている (6)仕事がうまくいかなかったとしても、耐えることができる |
(1)自分の仕事は、十分に意味のあるものだと思っている (2)のめり込める仕事を担当している (3)私の仕事は、やる気の出るものだ (4)自分の仕事は、誇りの持てるものだ (5)自分の仕事は、やりがいを感じるものだ |
(1)仕事をしていると、あっという間に時間が過ぎる (2)仕事をしていると、他のことを忘れる (3)仕事に熱中している時が、幸せだ (4)仕事にどっぷりと浸かっている感じだ (5)仕事に心を奪われている (6)自分の今の仕事から引き離すことは難しい |
「では日本企業で、本気でエンゲージして仕事に取り組んでいる人はどれくらいいると思いますか。実は5%にしか過ぎません。グローバル平均(アフリカを除く40カ国)では21%。逆に、エンゲージしていない人の比率は、日本企業64%、グローバル平均37%という結果です。このような状態で、今後のグローバル競争を勝ち抜いていけるか、非常に不安を感じます」
ちなみに、世界で一番エンゲージ度の高い国はスイス。日本は最下位で、中国・韓国など東アジア諸国は総じて低い。「なぜ、そうなるのかを考えてみましたが、日本にはつらい仕事でも真面目にやり遂げる、という考えが根強くあるからではないでしょうか。これ自体は悪いことではありません。では、その仕事をやり遂げた後にどうなるかというと、懇親会や仲間内の酒席の場で、異常にはしゃぐ人がとても多い。ここには、仕事に対する思考的なのめり込みではなく、感情的なのめり込みがあるように感じます。このような日本人のメンタリティーが、エンゲージにも影響を与えているように思います」
「エンゲージ状態」を高めるためのアプローチ
では、社員のエンゲージをどのように高めていけばいいのか。それにはまず、以下の三つの状態を揃えていくのが基本となる。そして、この三つの状態がある仕事に取り組むことよって、プライド、活力、そして熱中を感じることができる。当然、エンゲージ状態が高まっていくことになる。
意義のないことに、興味・関心を持つ人はいない。その際、建前の意義や目標を言っても仕方がない。部下が「腹落ち」できる意義を、熱意を持って、かつ具体的に語らないと意味がない。
簡単なことに、興味・関心を持つ人はいない。内的報酬を感じられないからだ。しかし、難し過ぎてもダメである。適度な難易度はあり、自分で解いてみたくなる課題にチャレンジさせることだ。また、課題は抽象的でなく、具体性を持ったものとする。
自分の「強み」が活用できると、興味・関心が高まる。
「このように考えれば、多くの会社で導入されている目標管理制度も、制度を変えることなく、運用を変えるだけで、エンゲージを高めるために活用することができます。例えば、上司は以下のような口調で、目標達成のプロセスとゴールを語るといいでしょう。これができれば、部下は仕事に対する興味・関心が必ず高まっていくはず。このようなことを日常の業務の中で実践していけばいいのであって、社員をエンゲージするために、わざわざ新しい制度を作る必要はありません。目標管理制度のシートの中で十分できることであり、これだけで社員のエンゲージのレベルが大きく違ってきます」
(1)意義 | ウチの課で、今度こういうことを達成しようと思う。ぜひ皆で、これをやってみないか。なぜかと言うと、こういうことが達成できると、こんな意義が実現できる。それはお客さまにとっても、会社にとっても、ウチの課にとっても、非常に意義のあることだ。こんなに意義のあることだから、皆でこの目標をぜひ達成しよう |
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(2)チャレンジ感 | ただし、この目標を達成していく上で、具体的に三つの課題が存在している。この三つの課題が解決できなかったら、意義のあることは達成できない。しかし、この三つの課題が解決できたら、とても気持ちがいいと思うし、皆だったら頑張ればできるはずだ。ぜひ、やってみよう |
(3)能力 | Aさんは、こういう強みを持っている。だから三つの課題のうちの、最初の課題を解決することを、個人の目標として担当してもらいたい。Aさんの持つ知識・スキルを使えば、きっとうまくいくはずだ |
社員のエンゲージに、上司の存在は大きな影響を与える。では、部下から見て「内的報酬」を感じる上司には、どのような要件が求められるのか。実は上司の持つパワーには、以下の五つがある。この中で「正当パワー」を発揮できる上司が、最も部下に「内的報酬」を感じてもらえることができ、エンゲージが高まっていく。
準拠パワー | 好印象を与えることで、人を動かす |
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権威パワー | 肩書などの権威を使って、人を動かす |
強制パワー | 脅かしで無理やり、人を動かす |
報酬パワー | Give & Takeで、人を動かす |
強制パワー | 「この人の言っていることは正当だ」「その通りだ」と思ってもらうことで、人を動かす |
「正当パワー」とは、例えば、部下がある困難な状況に陥った時、その上司が出す指示・命令の内容が、「正当である(まっとうである)」「その通りだ」と感じられるか、ということだ。だからこそ部下も、素直にその指示・命令に従うことができる。このような「正当パワー」を認識させるには、三つのメリットを感じてもらうことである。それは、その指示・命令通りに動けば、自分にとってメリットがあり、会社・所属組織にとってもメリットとなる。そして、世の中・社会、市場・顧客にとってもメリットである、ということ。このような「正当パワー」を発揮できるかどうかが、上司にとっての大きな課題である。
「今後、管理職の評価基準に置いてみることも、考えていいのではないでしょうか。もちろん、他の四つのパワーも時と場合によっては必要です。いずれにしても、部下の置かれた立場・状況を見て、どのようにすればいいのかを考えることです。その辺りのバランス感覚がとても重要です」
この後、社員に求められる創造的な思考、感性、教養、ダイバーシティにおけるチームワーク、マインドセットの形成、パーソナリティ、ポジティブ心理学、幸福感と満足感の関係など、社員エンゲージメントに関する付随的な項目についての説明があり、川上氏の講演は終了となった。参加された人事リーダーの方々も実践的な考え方や具体的な例を数多く知ることができ、大いに満足した様子だった。
第6回会合の風景
アドバイザリーボードの皆さまどうし、活発な議論が交わされました。