HRのオピニオンリーダー100人が提言、日本の人事を考える情報誌 「日本の人事部 LEADERS(リーダーズ)」

「人・組織・経営」研究の第一人者に聞く“コンフィデンス(信頼)

信頼を軸としたお題目ではない企業変革
求められているのは、現場や経営層の困りごとをひもとく人事

宇田川 元一さん(埼玉大学 経済経営系大学院 准教授)

埼玉大学 経済経営系大学院 准教授 宇田川 元一さん

業界を超えて人材の流動化が進み、働き方の選択肢も増え続けている現在。企業として安定した成長を実現するために、人事パーソンから従業員と組織の間での「信頼」を重視する声が多く聞かれるようになりました。ただ、個人の価値観が多様化する中で従業員との信頼関係を高めていくことは容易ではありません。経営戦略論や組織論を専門とする埼玉大学大学院の宇田川元一さんは、この課題に対して「人事は現場の困りごとを直接的につかみ、組織統合の橋渡しをするファシリテーターとなるべき」だと言います。従業員と組織が相互に信頼し、本当の意味での組織変革を進めていくためには何が必要なのでしょうか。

Profile

うだがわ・もとかず/専門は経営戦略論、組織論。 ナラティヴ・アプローチに基づいた企業変革やイノベーション推進の研究を行っている。また、さまざまな企業のアドバイザーとしてその実践を支援。 近著に『企業変革のジレンマ 構造的無能化はなぜ起きるのか』(日経BP 日本経済新聞出版)。「HRアワード2020」書籍部門最優秀賞(『他者と働く』(NewsPicksパブリッシング))、2007年度経営学史学会賞(論文部門奨励賞)。

人々が「簡単に物事を信じなくなった」時代の企業のあり方

私たちは日常的に「信頼」という言葉を多用していますが、そもそも組織における信頼とは何を指すのでしょうか。

まず押さえておきたいのは、信頼は私たちが思っているほど確固たるものではない、ということです。これについては、アメリカの社会学者ハロルド・ガーフィンケルたちが社会の構成員の関係を考える概念として提唱したエスノメソドロジー(ethnomethodology)が参考になるでしょう。

ガーフィンケルは社会の秩序がどのように成立しているのかを研究し、私たちが当たり前だと思っている期待(予期)をあえて壊してみる実験を行いました。たとえば朝、同僚に「おはよう」とあいさつをしたら「あなたにとっての“おはよう”とは何時からいつまでを指すの?」と問い返される。自分の家に帰宅して自分が家族にまるで下宿人のようによそよそしく振る舞う、といった具合です。

こうした扱いを受けると、大抵の人は怒りますよね。私たちはその場ごとに暗黙の常識を持っており、暗黙のうちに生まれる相互の期待によって社会秩序が成り立っているからです。この相互の期待を信頼と言って良いかもしれません。

私たちは勝手に相手を信頼しながら生きている、とも言えるのでしょうか。

そうですね。私自身も日常で、勝手に相手を信頼しながら生きています。そのことを長崎大学に赴任した際に実感しました。長崎空港に到着した私は、空港から長崎市内へ向かうバスにすんでのところで乗り遅れてしまったのです。バス案内の担当者は「すぐに次のバスが来ますよ」と言います。私は東京で山手線を待っている感覚で2〜3分後にはバスが来るだろうと構えていたのですが、実際に次のバスが来るまでには10分以上かかり、ちょっとイライラしてしまいました。自分の中に作られた暗黙の期待によって、勝手な信頼を相手に寄せていたわけです。

しかし現在では、人々の信頼にも変化が見られるようになりました。インターネットを中心とした技術の進歩によって、良くも悪くも、簡単に物事を信じなくなったのです。どんなに専門的なことでも、たとえば医師から処方された薬の成分や効用も素人が詳しく調べられる時代です。権威を無批判に受け入れるのではなく、自分なりに調べて理解した上で受け入れるという意味では良い変化といえます。一方で、「何も信じられなくなってしまう」という人もいるでしょう。

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