HRのオピニオンリーダー100人が提言、日本の人事を考える情報誌 「日本の人事部 LEADERS(リーダーズ)」

「人・組織・経営」研究の第一人者に聞く“リスキリング”

「個人」を主語に人的資本を捉え、サステナブルな企業経営へ
これからの人事は経営戦略の成否を分ける存在となる

柳川 範之さん(東京大学大学院 経済学研究科・経済学部 教授)

東京大学大学院 経済学研究科・経済学部 教授
 柳川範之さん

多くの人事パーソンにとって、目下の関心事は「人的資本経営」と、それに向けた「人的資本開示」でしょう。人材こそが企業の価値の根幹であることに疑いの余地はありませんが、そもそもなぜ人的資本経営がこれほどまでにクローズアップされているのでしょうか。東京大学大学院の柳川範之教授は、経営戦略実現に資する人的資本の把握・育成が企業の本質的な課題であり、人事は開示義務にばかりとらわれず、経営戦略を担う重要な存在としてアクションを起こすべきだといいます。サステナブルな企業経営と組織戦略を実現するため、人事には今、何が求められているのでしょうか。

Profile

やながわ・のりゆき/1963年生まれ。中学卒業後、父親の海外勤務の都合でブラジルに渡り、現地では高校に進学せず独学生活を送る。その後、大学入学資格検定試験(大検)に合格し慶應義塾大学経済学部通信教育課程に入学。1988年卒業。1993年、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。慶應義塾大学経済学部専任講師、東京大学大学院経済学研究科助教授などを経て、2011年より現職。話題になった「40歳定年制」の提唱者でもある。内閣府経済財政諮問会議民間議員、東京大学不動産イノベーション研究センター長など。主著に『日本成長戦略 40歳定年制』(さくら舎)、『東大教授が教える独学勉強法』(草思社)などがある。

本来あるべき「人材への投資」を取り戻すために

なぜ今、人的資本経営がこれほどまでに注目されているのでしょうか。

企業経営を支えているのが人であることは改めて申し上げるまでもなく、多くの企業の経営者や人事パーソンが同意するところだと思います。その意味では、なぜ今頃になって人への投資が大切だと言われるようになっているのか、疑問を持つ人は多いかもしれません。

この背景には二つのポイントがあると考えています。一つは社会の構造が大きく変化し、技術革新によってDXやAIが注目され、企業が伸ばしていくべき分野が変わってきたこと。それに伴い、必要とされる能力や活躍できる人材像もまた変化しています。これからの社会において活躍できる人材を企業はどのように育てていくべきなのか。この課題は日本企業だけに限った話ではなく、リスキリングなどの動きは世界で共通しています。

二つ目は日本特有の事情です。人が大事だと言いながらも、競争が激化し、企業の経営環境が厳しくなっている中で、日本企業は人材に、時間と労力とお金をかけにくくなっているのです。バブル期の頃、日本企業はやりすぎだと感じるほどさまざまな研修を実施していましたが、現在では業績確保を優先して、研修を減らす動きも見られます。

その背景には、企業としてどれだけ人材にお金をかけても投資として見なされず、会計上はコストになってしまうというジレンマがあります。しかし本来は、将来の会社の基盤となる人材への投資のはずです。とはいえ、会計原則そのものは一朝一夕には変えられません。そこで人的資本を非財務情報と捉えて開示し、現状の課題や矛盾を修正していこうとする動きが出てきたのではないでしょうか。

企業の現場ではどうしても情報の開示義務に目が行きがちで、ともすれば「開示のための開示」になってしまう状況も考えられます。本質的に企業が向きあうべき課題とは何でしょうか。

人材をきちんと把握し、評価して、将来に向けてどう育てていくかを、これまで以上にしっかり考えることだと思います。企業は中期経営計画などの経営戦略を打ち立て、将来に向かう発展の方向性を考えますよね。その経営戦略を実行するのは人です。3年なり5年なりの経営戦略を、どんな能力を持った人材なら実現できるのか考えなければいけません。

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