不確実な時代に「働く」を自分ごと化する
パーパスが脳にもたらす作用とは
枝川 義邦さん(早稲田大学 理工学術院 教授)
パーパスとは、存在意義のこと。「何のためにその事業を行うのか」「なぜ働くのか」というように、企業、個人にかかわらず活動の根源を示したものです。企業と個人のパーパスの結びつきは組織活性化や働きがい、キャリア自律に大きく影響すると考えられています。個々がパーパスを自覚し、組織に所属することの意義を見出すにはどうすればいいのでしょうか。また、人事はどのようにしてパーパスを扱えば、従業員の主体性を引き出せるのでしょうか。早稲田大学の枝川義邦先生に、脳科学の観点から見るパーパスの効用を解説していただきました。
えだがわ・よしくに/東京大学大学院修了にて薬学の博士号、早稲田大学ビジネススクール修了にてMBAを授与された後、早稲田大学スーパーテクノロジーオフィサー(STO)の初代認定を受ける。研究分野は、脳神経科学、人材・組織マネジメント、マーケティングなどで、早稲田大学ビジネススクールでも教鞭を執る。一般向けの主な著書には、『「脳が若い人」と「脳が老ける人」の習慣』(アスカビジネス)、『記憶のスイッチ、はいってますか~気ままな脳の生存戦略』(技術評論社)など。2015年度早稲田大学ティーチングアワード総長賞、2017年度ユーキャン新語・流行語大賞を「睡眠負債」にて受賞。
個と社会の架け橋となるパーパスが主体性を引き出す
近ごろ人事のトップリーダーたちが、パーパスについて語るシーンを多く見かけます。
組織とパーパスを考えるにあたっては、ここしばらくのマーケティング戦略の変化が参考になります。かつてはマスへの浸透を意識していましたが、特定の「誰か」に刺さるメッセージを届けるようになりました。セグメントを細分化し、ターゲットはペルソナという形で擬人化されている。特に近年は、さらに個人に目を向けて共感を重視するようになっています。
同様の現象が組織でも起きているのではないでしょうか。少し前までは「社員のモチベーションを高める」など、組織を固まりで捉える議論が盛んでした。しかしモチベーションを高めるスイッチには個人による違いがあり、マスを対象とした取り組みには限界があります。そのことに感度の高い人事の方が気づき、個と組織の関わりを考えるにあたって、パーパスに注目が集まったのでしょう。
マスから個別の発想に転換したのはなぜでしょうか。
大きくは情報技術の発達が挙げられます。莫大な情報を集めて処理できるようになったことから、個々の指向やニーズに合わせられるようになりました。また、インターネットが個人と社会の距離感を変えました。特にスマートフォンは、私たちの暮らしに多大なインパクトをもたらしています。
今や世界中の情報に簡単にアクセスしたり、学者や専門家でなくても専門書や学術論文のデータベースを目にしたりすることが可能です。また、自分の思いや考えをSNSに発信すれば、見ず知らずの人がリアクションしてくれたりもします。
外の世界とつながることが容易になり、企業も人も社会の価値を高めるプレイヤーとしての意識が高まりつつあります。そのことを踏まえると、パーパスは個と社会の架け橋のような存在といえそうです。
企業と個人のパーパスの結びつきは、働くことへの主体性にも関わってきます。
少し前にティール組織が注目を集めましたが、すべてのメンバーが組織の存在意義を理解し、信頼し合う中で、それぞれが自分らしくかつ自律的に行動することで社会的価値を生み出すという考えを踏まえると、パーパスと主体性の間には、何かしらの関連があると思われます。
近年、VUCAな社会に適応したマネジメント手法として、OODAサイクルへの関心が高まっています。Observe(周囲の観察)、Orient(状況判断、方向づけ)、Decide(意思決定)、Act(行動)のそれぞれの頭文字を表していますが、特にDecideは主体性の発揮そのもの。他者や周辺の動きを観察したうえでどうするか、自分の意思を問われているのです。
パーパスは、OODAに対して未来の視点をもたらします。パーパスを基に語られるのは、現在よりも良くなっている将来の姿でしょうから、明るい未来を予測することは、レジリエンス(困難な状況に対してしなやかに適応し、生きのびる力)を支える要素の一つである「未来を肯定する気持ち」と関連します。不確実な時代に社会とのつながりを実感しながら、希望に向かってしなやかに困難を乗り越えるのに、パーパスを意識することは強力な後押しとなりそうです。
この続きは「日本の人事部 LEADERS(リーダーズ) Vol.9」でご覧になれます。
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