パーパスに立ち戻り、経営戦略と人材戦略を連動させる
「人的資本駆動型の企業価値創造」とは
伊藤 邦雄さん(一橋大学CFO教育研究センター長 商学博士)
世界が大きく変化し、先が見通せない状況が続く中、人々の働き方、仕事に対する意識も大きく変化しています。そのような状況下、人事領域で注目されているキーワードが「パーパス(存在意義)」。「自社は何のために存在するのか」「人は何のために働くのか」を、あらためて問う動きが広まっているのです。2020年9月に経済産業省から発表された「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」報告書(人材版伊藤レポート)でも、企業価値の持続的成長を実現するために企業理念やパーパスに立ち戻る必要性が説かれました。企業は自社のパーパスを基に、どのように経営戦略と人材戦略を連動させ、企業価値を向上させていけばいいのでしょうか。レポートをとりまとめた伊藤邦雄先生にお話をうかがいました。
いとう・くにお/1975年一橋大学商学部卒業。80年一橋大学大学院博士課程単位取得退学、一橋大学商学部専任講師、84年助教授、92年教授。その後、一橋大学大学院商学研究科長・商学部長、一橋大学副学長を歴任。経済産業省の「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト、「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」では座長を務め、それぞれの報告書が「伊藤レポート」「人材版伊藤レポート」として大きな反響を呼んだ。専門は、会計学、企業価値創造論、ESG・SDGs論、コーポレート・ガバナンス論など。
経営戦略の実現には人的資本の価値増殖が不可欠
2020年9月、伊藤先生が座長を務められた経済産業省の研究会から「人材版伊藤レポート」が発表されました。このレポートの概要について、あらためてお聞かせください。
レポートでは、持続的な企業価値を創造するためには、経営戦略と人材戦略を連動させ、人的資本の価値を最大限に引き出すことが重要である、と訴えました。
意識した点が三つあります。一点目は、コーポレート・ガバナンスの文脈で人材を捉えること。ガバナンス改革のなかで取締役会が人材に対してどう向き合えばいいのか、サクセッションプランと経営人材の探求・育成がどうあるべきかを提示しました。二点目は、持続的企業価値の文脈で人材を捉えること。今や企業価値の主たる決定因子は、有形資産から無形資産に移行しています。無形資産にはさまざまなものがありますが、中核は人的資本です。企業の価値創造のストーリーと人的資本に対するスタンスは密接に関連します。三点目は、投資家目線で人材を捉えることです。最近は、投資家が人事・人材戦略に強く関心を持ち始めていて、CHRO(最高人事責任者)と対話するようになってきました。CHROも投資家との対話の中で、何をテーマにすればいいのかを考える必要があります。重要な要素は、KPI(重要業績評価指標)です。抽象論で「人材が大切」と言っても投資家には伝わらないので、どのようなKPIで人材をマネージしているのか、PDCAサイクルを回しているのかを伝えることが必要です。
なぜ、経営戦略と人材戦略の連動がこれまで以上に重要になっているのでしょうか。
VUCAの時代、そしてデジタル化の時代を迎え、企業には現在の経営戦略やビジネスモデルが破壊される恐れが高まっています。これまでの経営戦略は今後も持続可能なのか、あるいは環境変化に耐えられるのかが問われているのです。
そこで重要となってくるのが、経営戦略の担い手である人材です。日本企業はこれまでも「人材が大切だ」と言ってきました。しかし、人材を一括りに捉えていたため、経営戦略との連動が図れなかったのです。これからは一人ひとりの人材がどのような能力や専門性を持っているのかを確認し、人材を育てなければなりません。
「人材版伊藤レポート」では、人材を「人的資源」ではなく「人的資本」と表現しています。人的資本と表現したのは、人材は育成したり働く環境を整えてあげたりすると、価値創造を起こす存在だからです。経営戦略をより高度で頑健なものにするには、人的資本に価値増殖を起こさせて、経営戦略と合致させていくことが必要です。
また、社員のエンゲージメントは、経営戦略の遂行度やその結果としての業績と強い相関関係がある、という実証研究が内外で発表されるようになっています。このことも意識して、経営戦略と人材戦略の連動、同期化の重要性を提示しました。
現在の日本企業の多くは、人材戦略と経営戦略の連動ができていないと言われますが、その要因は何だとお考えですか。
多くの理由がありますが、まずは中長期の経営戦略が明確ではないことです。中期的な戦略が明確でなければ、その戦略にふさわしい人材をどのように発掘して育成すればいいのかがわかりません。また、メンバーシップ型雇用のもとで、人材を個人としてとらえず、働き手の塊と捉えていることも要因です。さらには、組織がかなり頑固な縦割りになっていること。例えば、経営企画部と人事部門との間でコミュニケーションが欠如してはいないでしょうか。
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