「戦略的思考」を身に付けた人材をいかに育成していくのか
ー修羅場体験が次代の「経営人材」を生み出す
竹内 弘高さん(ハーバード大学経営大学院 教授)
企業がグローバル競争を勝ち抜いていくためには、組織の先頭に立つ「経営人材」の存在が重要であることは言うまでもありません。それでは、日本企業の「経営人材」を世界的な視点から見た場合、どのような特徴があり、どんな課題を抱えているのでしょうか。また、これからの「経営人材」を育成していくために、人事部はどのように対応していけばいいのでしょうか。ハーバード大学で教鞭に立ち、グローバル規模の経営問題について詳しい竹内弘高先生に、次代の「経営人材」に求められるものとは何か、詳しいお話を伺いました。
たけうち・ひろたか/1946年生まれ。69年、国際基督教大学卒業。71年に米カリフォルニア大学バークレー校で経営学修士(MBA)、77年に博士号を取得。ハーバード・ビジネス・スクール、一橋大学商学部の助教授を経て87年、一橋大学教授に就任。一橋大学大学院国際企業戦略研究科の立ち上げに尽力し、2010年までの12年間、研究科長を務めた。現在は、米ハーバード・ビジネス・スクール教授を務める。専門は競争戦略、知識経営、マーケティング、国際ビジネスなど幅広い。戦略やイノベーションを軸にして、日本企業の経営をきめ細かく分析した著書・論文を多数発表している。また、競争戦略論の第一人者として知られる米経営学者、マイケル・E・ポーター氏との共著もある。研究成果は国内外で高い評価を得ており、野中郁次郎一橋大学名誉教授との共著で95年に出版した「The Knowledge-Creating Company」は、全米出版協会のベスト・ブック・オブ・ザ・イヤー(経営分野)を受賞した。他方でコンサルティング会社での実務経験を持ち、海外展開企業の経営人材養成にも助言している。
日本企業の経営者ならではの特徴とは
経営環境の変化が激しい現在、日本企業にはどのような「経営人材」が求められているのでしょうか。
「戦略的思考」を身に付けた人材、つまり、「いかにして自社の将来を創っていくのか」というビジョンをしっかりと持った人材が求められています。ドラッカーも「将来は予測できないけれど、創造できる」と言っていますね。例えばアップルのスティーブ・ジョブズも、「将来こうありたい」という思いを描き、それを実現してきました。 戦後の日本企業の経営者を振り返ってみても、本田宗一郎や松下幸之助などは廃墟の中から将来を創造することを使命に掲げ、それを見事に成し遂げました。しかし、それから長い年月が経過し、高度経済成長やゆとり教育などを経た結果、現在の日本企業の多くが「ぬるま湯」に浸かっているような気がします。
一方で、最近の新しい動きには期待もしています。東日本大震災によって日本は未曽有の危機に直面しましたが、多くの経営者が改めて「日本を創り直す」という強い意志を持ったはず。この状況は、戦後の日本と重なる部分があります。
日本企業の経営者を世界的な視点で見た時に、どのような特徴があり、どのような課題を抱えているとお考えですか。
プラス面から言うと、ほとんどの日本企業の経営者は企業を「公器」だと考えています。世のため、人のためという気持ちが非常に強く、近江商人の時代から伝わる「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」の精神が根付いています。
従業員も同様で、社会に価値を提供していることが重要だと考えています。例えば、自社での役割を終えた後に「私は社会に貢献した」と胸を張って言える人が多い。まさにハッピーエンディングで仕事人生を終えたわけですが、これは世界的に見ても日本企業の大きな特徴です。
なぜ、そのようなやる気が出るのでしょうか。
自分の働きが、世のため、人のためになっていると実感できるからです。そう思えるのも、会社生活において持てる人と持たざる人の差が少ないから。また、仮に店舗から会社員生活をスタートしても、現場でお客様をハッピーにするために頑張っていれば、将来は経営の一端を担うかもしれないという期待を持つことができます。日本企業は出身校などに関係がなく、頑張ってさえいれば評価されるという、企業内における平等・公平な仕組みを作ってきました。現場の人たちのやる気の高さは、日本企業の大きな強みと言えるでしょう。 一方、ネガティブな面で言うと、「起業家精神」を持った人は少ない。企業トップには「在任中の2期4年間を無難に過ごそう」と考える人が多く、これが日本企業の停滞が始まった原因の一つだと思っています。こういった人たちの特徴は、決してリスクを取らないこと。無難に自分の任期を過ごして、次の人にバトンタッチすることだけを考えるんですね。
そういう人たちには、「中興の祖」という言葉をぜひ知ってほしい。最近で言えば、GEのジャック・ウェルチなどは「中興の祖」と呼べるでしょう。しかし、これまでの既定路線からある程度脱却しないと、なかなか「中興の祖」にはなれません。安定期に入った日本で「失われた20年」と言われているのは、「中興の祖」になるべきだったトップが、前向きなリスクを取らなかったからです。その結果、日本企業は段々と小粒になっていきました。
ただ、日本でも日立製作所のように、トップが変わったことでガラリと変わるケースもあります。トップが「今までとは違うことをやらなくてはならない」という危機感を持っているかどうかは、大変重要なのです。そういう人がトップになれば、従業員も今までとは違うことを発想するようになります。
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