掲載:2024.03.26
「シン・人事の大研究」
ゲストと共に考える、これからの人事パーソンの「学び」と「キャリア」
田中 聡氏(立教大学 経営学部 准教授)
中原 淳氏(立教大学 経営学部 教授)
流郷 紀子氏(カルビー株式会社 人財戦略部 部長)
割石 正紀氏(株式会社ベイシア 人事・総務法務事業部長)
人事パーソンは、自身の課題をどう捉え、どのように学び、どんなキャリアを描いているのか――。現状を把握するため、立教大学の田中聡氏・中原淳氏と『日本の人事部』編集部が共同で実施した「シン・人事の大研究」。調査結果は、これまでイベント「HRカンファレンス」やWEB記事などで発表してきたが、2024年夏には書籍化を予定している。今回の「HRコンソーシアム」全体交流会では、カルビーの流郷紀子氏、ベイシアの割石正紀氏の事例を基に、田中氏、中原氏が加わって人事パーソンの「学び」「キャリア」はどうあるべきかを議論した。
田中聡氏によるイントロダクション:仕事・学び・キャリアの調査結果
まず田中氏が「シン・人事の大研究」の調査概要などを紹介した上で、本セッションの趣旨を説明した。
「本日のテーマは、『人事部門はどうあるべきか』ではなく、『人事パーソンはどうありたいか』です。人事パーソン一人ひとりにスポットライトを当てます。参加者の皆さんには、ご自身がこれからどうありたいのかを考え、言葉として表していく時間にしてほしいと思います」
田中氏は、人事パーソンについて「仕事」「学び」「キャリア」という三つのテーマに分けて語った。
「人事パーソンの現在の仕事環境は、数年前と比べて劇的に変化しています。この10年ほどの間に、人事の新しい課題が次から次へと降ってきているからです。DX対応、リスキリング、メンタルヘルス、副業・兼業、D&Iなど、挙げればきりがありません。しかも、課題を解決し終える前に、次の課題が降ってくる。最近では『人的資本経営』というキーワードも盛んに叫ばれていますが、人事が扱っている人と組織にまつわる課題そのものが、経営課題のど真ん中に位置付けられてきたことを示していると言えます。このような仕事環境を、人事パーソンの皆さんはどう捉えているのでしょうか。実態調査からは、大きく三つの特徴が明らかになりました」
一つは、新しい課題に常に対処しなければならないこと。それにもかかわらず、他の部門の人たちには理解してもらいにくく『やって当たり前だと思われる』。これが二つ目だ。三つ目は、新しい課題はオペレーティブではなく、ルーティンワークに該当しないため、『仕事の終わりが見えない』こと。
「同じ調査を人事以外のビジネスパーソンにも行ったのですが、『新しい課題への対処』は、人事に顕著な特徴であることが分かりました。人事の仕事環境の変化は、他職種に比べても激しいのです」
しかし視点を変えると、人事は新しいことにチャレンジしたい人にとって、絶好の機会が提供される空前のイノベーション職とも言えると、田中氏は言う。
「『今の仕事内容について当てはまるもの』を尋ねたところ、『会社や事業の成長に貢献できる』『従業員の成長をサポートできる』に次いで多かったのが『新しいことにチャレンジできる』でした。次々に現れる新しい課題を、やらされ仕事と捉えるのか、自らを成長させる機会と捉えるのかによって、人事パーソンの未来は大きく変わってくると思います」
「新しい課題への対処」を特徴とする人事に必要なものが、二つ目のテーマである「学び」だ。
「人事の仕事を通じて成長した思うことは?」という質問に対する回答の上位に並んだのは、「自社の経営戦略や事業課題への理解」「経営層の視点」「社内の人脈」である。田中氏は、経営課題の解決に人事の仕事がフォーカスされてきたことは、この結果からも明らかだと語る。
「つまり、自分の仕事が会社の経営にどんなインパクトをもたらすのか、経営の視点から考えて学んでいく必要があると考えられます。その際、自分の仕事をやりがいのある仕事に見立てる“ジョブ・クラフティング”や、自分自身のフィードバックを他者に求める“フィードバック・シーキング”が重要です。これらは、パフォーマンスの高い人事の方に見られる、学び方の特徴とも合致しています。
また、インプットだけではなく、日々アンテナを張って最新のトレンドをウォッチしながら、学びを実務の中に生かしていくというアウトプットをバランスよく行なっているのも、ハイパフォーマー人事の特徴です」
「学び」の先にあるのが、三つ目のテーマである「キャリア」だ。人事パーソンはどんなキャリアを描いているのだろうか。
「職種継続意向を尋ねたところ、『人事の仕事をこれからも続けていきたい』『一生の仕事にしていきたい』という回答が8割を超えました。他職種の結果の約6割と比較しても非常に高く、仕事に対するエンゲージメントの高さは人事パーソンの大きな特徴と言えます。
ただし、人事パーソンに不安がない訳ではありません。4割の方が『不安を感じる』と回答しています。『人事の皆さんが今後も幸せに活躍できるキャリアを歩んでいくために何が必要なのか』は、キャリアのフェーズによって違いや特徴があることが分かってきました。
人事パーソンとしての未来を考えたとき、『幸せに働きたい』『世の中に貢献していきたい』『成長に支援していきたい』『活躍し続けたい』といった思いがあると思います。そのためには何が必要なのでしょうか。考えるきっかけを、ゲストのお二人にお話しいただきます」
プレゼンテーション:カルビー 流郷氏の学び、キャリアの振り返り
流郷氏は、カルビーの人財戦略部で、採用、人材育成、組織開発、制度企画、労務、組合対応など、人事全般の責任者を務めている。
「今日は一個人として、人事パーソンとして、どのようにして今に至ったのか、どんなことを大事にしてこれから進んでいきたいと思っているのかを、お伝えできればと思います。
私は学生時代に化学を専攻し、社会人としてのスタートは臨床検査の受託会社のエスアールエルでした。白衣を着て一生過ごすつもりで、検査薬の開発などに取り組んでいました。のちに本社部門に異動して人事のキャリアが始まり、その後、経営企画への内示を受けたときに『3年で会社全体を見て、自分がその後何をやりたいのか考える機会にしてほしい』と言われました」
その言葉を受けて、流郷氏はこれからのキャリアを考えた。「人事の専門家になりたい」と思い、社会保険労務士資格を取得。社会保険労務士のスペシャリストを育成する大学院にも通った。そして最初に転職した企業が、ベネッセコーポレーションだ。
「ベネッセでは11年、一貫して人事のキャリアを積みました。会社から指名された社内プログラムへの参加や外部派遣も貴重な機会でした。人材開発や組織開発にも興味を持ち、キャリアカウンセラー、ワークショップデザイナーなどの勉強も始めました」
ベネッセでの管理職を経て、転職したウシオ電機では人事部長に就き、人事改革やダイバーシティプロジェクトなどに取り組んだ。さらに社外でのさまざまな取り組みにも参加し、人事への興味を深めていった。その後、カルビーからオファーを受けて現在に至る。
「仕事と学びが好循環を生み出してきたと実感していますが、もう一つ、ベネッセ時代にたまたま同僚に教えてもらった児童養護施設の退所者支援のボランティアの経験も、私の軸になっています。また、私にとって一番大切な経験は、多くの方とのご縁です。出会った人たちからたくさんの学びや気づきを得ました」
中でも、経営トップとの縁、コミュニケーションの機会は、価値観や軸の形成に大きく役立ったという。「日本人である前に世界人であれ」「半歩現実、半歩未来」「会社の繁栄と社員一人ひとりの人生の充実」「to do good の前にto be good」というトップの言葉が胸に刻まれている。
ウシオ電機に入社した初日に会長から掛けられた、「後から振り返ったときに、社員の人生になくてはならないものだったと言ってもらえるような企業でありたい。それに貢献できる人事になってほしい」という言葉は、流郷氏自身の強い思いとして息づいている。
「今後のキャリアとしては、人や社会が成長することに何らかの形で貢献し続けていきたいと考えています。人事という仕事はまさにマッチしていますが、仕事以外でもそれに貢献できる機会に関わっていきたいと考えています」
クロストーク:自分のためになる学び、学べない大人の病
田中:流郷さんは大学院に通ったほか、社労士やキャリアカウンセラーの資格も取得していますが、学びをどんなふうに捉えていますか。
流郷:新しく何かを知るのは単純におもしろく、ワクワクすることですが、それが実際に仕事へつながったり、それを活かして何かができたり役に立ったりするとうれしいですね。
割石:学びの厚みがすごいと思いました。仕事をしながら、どんな時間配分で学びを継続されたのでしょうか。
流郷:社労士の勉強をしたときは、朝早く起きてファミレスで勉強してから会社に行き、お昼も抜け出して勉強するなど時間を作っていました。
中原:学べない人がかかっている五つの病気は、「新人病」(新人じゃないのだから、学んでいられない)、「学校病」(学びというのは学校に行かなくてはダメだ)、「今さらジロー病」(今さら学ぶなんて……)、「地頭病」(学びは地頭で決まるから自分には無理)、「人事後回し病」(大切なのは現場での学び。人事は後回しでいい)のいずれかです。
特に五つ目のように、仕事と学びを別物と考える傾向が強いと感じますが、流郷さんの場合は「仕事=学び」というところがとても興味深いですね。 学びを継続する上で、共に学ぶ仲間がいたことが大きかったのだと思います。人を巻き込んで学んでいくソーシャルラーニングを実践している人には、幸福感、ウェルビーイングがとても高いことが調査からも明らかになっています。
田中:参加者から、質問をいただいています。「流郷さんご自身が、人事のキャリアの中で大切にしてきたものは何でしょうか」。
流郷:「誰がどうなることを期待して何をなすのか」「会社や社員にとって役立っているのか」を、一旦立ち止まって考えることです。何かを学んだとき、それを使うということが目的となってしまうと失敗します。「誰のための取り組みなのか」を、大事にしなければなりません。結局、それが自分にとっても一番良いことになって跳ね返ってくるものです。
プレゼンテーション:ベイシア 割石氏の学び、キャリアの振り返り
ベイシアグループは、ホームセンターのカインズ、作業服・関連用品、およびアウトドアウェアのワークマンなど、30社からなる企業集団。北関東を中心にショッピングセンターを展開するベイシアで、割石氏は人事責任者を担っている。
「私は大学卒業後にセブンイ-レブン・ジャパンに入社し、まず加盟店のオーナー様に対する経営コンサルティングを担当しました。当時は、業務習得を中心とした学びに終始していました。
その後、三井物産に出向し、バリューチェーン全体を俯瞰する考え方を学びました。私にとって大きなターニングポイントで、ビジネスパーソンとしての視座が大きく変化するとともに、仕事をする上での学びの重要性に気付きました。そこからロジカルシンキング、アカウンティング、ファイナンス、マーケティング、経営戦略など、私の土台となる学びが始まったのです」
出向から戻ったあとの異動で、割石氏の人事キャリアはスタートした。実務を通じて人事の基礎を学びながら、衛生管理者などの資格を取得。リーダーシップ塾やビジネスクールなどにも通い、学びと実践を重ねていった。
「20年近く同じ会社で働いてきて、人間関係や仕事への慣れのようなものに危機感を覚えるようになりました。会社にとっても自分自身にとっても好ましくないと考えて転職を決意。人材事業を柱とするネオキャリアに人事組織の責任者として入社しました。その後、一定の成果を出したと手応えを感じたタイミングで2回目の転職を決意し、ベイシアに入社しました。昨年からは、グループ健康保険組合の理事長、ダイバーシティ関連の経験を生かして特例子会社の取締役を兼務しています」
ここで割石氏は、エッグフォワードが作成した「キャリアの4類型」を取り上げた。
- 単一の特定領域に深い専門性がある「I型人材」
- 一定の幅広い経験に基づく能力に加えて、単一の特定領域で深い専門性を持つ「T型人材」
- 一定の幅広い経験に基づく能力に加えて、複数の特定領域で深い専門性を持つ「H型人材」
- H型からさらに複数の専門性を重ねるだけでなく、他者の専門性をも掛け合わせていける「HH型人材」。
この順に、キャリアの価値は高くなる。その道の一流と呼ばれるような“HH型人材”を目指していくためにも、学びは不可欠だという。
「学びに関しては、諸説ありますが、私は1万時間の法則を大切にしています。ある分野で一流として成功するには、1万時間が必要という法則です。1日3時間学べば、9年から10年で1万時間に到達します。つまり、すぐに何かを身につけようとは考えずに、なりたい自分や実現したいことを描いた上で、長期的なキャリア戦略を立てることが大切あると考えるようにしています。
私は、学ぶ目的、マイパーパスに『人・組織・地域社会に寄り添い向き合うことで、世の中を元気にする』を掲げて、短期と中長期のバランスを考えながら学んでいます」
割石氏は、短期では目の前の業務に必要な労働関連法、マーケティング、財務関連などの知識、中長期では2029年問題などの環境変化などを見据えて、IT関連の知識の習得を目指しているという。最近では、キャリアコンサルタントの学校に通い、ビジネス実務法務検定の勉強に取り組んでいる。
「これからの時代は、“最終学歴”ではなく、最後にいつ学んだかという“最終学習歴”が重要になると考えています。学習する習慣を身につけて “最終学習歴”を更新し続けることが、求められています」
クロストーク:転職経験や専門性に囚われずに学んでいく
田中:新卒で入社して10年ほど経ってから、人事の仕事にキャリアチェンジされたというお話でしたが、割石さんが感じる人事の仕事の魅力とは何ですか。
割石:人事の仕事には、魅力しかありません。新店をオープンする際は、働く人の採用や育成を考える必要があります。また企業戦略、経営戦略、事業戦略、全てに人が関わってきます。人事は会社全体の業務を理解して、それに合わせた戦略を先回りしていかなければなりませんが、大変やりがいがあると感じています。
田中:私は学生から就職に関して相談を受けるのですが、外資系コンサルが圧倒的に人気です。その理由は、会社の経営課題を解決できるから。人事の立場から課題を解決できるという今のお話を、学生たちにも届けたいですね。
中原:割石さんのお話で印象的だったのは、 業務の習得と学びを分けているところです。企業の特定業務に基づく学びも大事ですが、学びとは、もう少し広くて、「H型人材」「HH型人材」が持っている、いろんな領域を掛け算できるような学びが大事だと感じます。割石さんはマイパーパスを語られましたが、「なぜ学ぶのか」「何を学ぶのか」を決めていない人は意外と多い。自己決断することは、人生にとっても本当に重要です。また、最終学歴と最終学習歴の話がありましたが、多くの人は最終学歴が全てだと思っていて、最初の会社の社格から時計が止まっている人も多いのではないでしょうか。
田中:参加者から質問をいただいています。「人事業界のハイパフォーマーは3社以上ぐらいの経験をお持ちの印象がありますが、転職経験は必要でしょうか」。
流郷:全く必要ないと思います。1社でも深く仕事はできるし、学べることもたくさんあります。会社の数よりも、自分の経験をどう意味づけるのかが大事なように思います。
割石:会社によって、人事制度や企業規模、歴史は違ってくるので、そういったところからの学びは得られると思います。転職によって私が身につけたのは、人を見る力です。また、ポータブルスキルを蓄積しました。労働関連の法律や人材配置の基本的な考え方はどこでも通用すると実感しています。
流郷:人事での経験は、他の職種でも通用すると思います。人事は人と向き合う仕事ですが、どんな仕事でも人と関わるわけですから。
中原:注意したいのは、専門性という言葉にはあまり囚われない方がいい、ということです。「専門性があればつぶしが利く」「どこでも通用する」などという安易な考えが見え隠れするからです。専門家に必要な資質は日々変わっていて、学び続けなければ専門性は維持できません。人事の皆さんには、専門性に囚われずに、学び続ける覚悟を持ってほしいですね。
田中:流郷さん、割石さん、本日は素晴らしいお話をありがとうございました。参加者の皆さまも、今日のお話を参考に、充実した学びを実現してください。