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掲載:2022.10.19

HRコンソーシアムレポート

2022年9月16日開催「HRコンソーシアム」全体交流会レポート
「多様性」と「キャリア自律」の時代
社員一人ひとりに着目し、「個」の力を引き出す組織をいかにしてつくるのか

カルビー株式会社 常務執行役員 CHRO(Chief Human Resource Officer)  武田 雅子氏
ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人グループ 人事部 人事統括責任者 関根 祐治氏
法政大学 キャリアデザイン学部 教授 松浦 民恵氏

2022年9月16日開催「HRコンソーシアム」全体交流会レポート

組織は性別や世代、価値観が異なる人材で形成される。特に近年は、働き方やキャリア志向、ライフスタイルなどの考え方が多様化しており、画一的な人事制度やマネジメントでは社員全員の力を引き出すことは難しくなっている。どうすれば社員の「個」の力を引き出すことができるのか。カルビーとジョンソン・エンド・ジョンソンの事例をもとに、法政大学 松浦氏のファシリテーションで、「個」の力を引き出す人事制度改革や風土醸成、キャリア支援について議論を行った。

プロフィール
武田 雅子氏(たけだ まさこ)
武田 雅子氏(たけだ まさこ)
カルビー株式会社 常務執行役員 CHRO(Chief Human Resource Officer)

カルビー株式会社 常務執行役員 CHRO(Chief Human Resource Officer)
1968年東京生まれ。89年に株式会社クレディセゾン入社。全国のセゾンカウンターで店舗責任者を経験。2014年人事担当取締役に就任。2016年には営業推進事業部トップとして大幅な組織改革を推進。2018年5月カルビー株式会社に転職、翌年4月より常務執行役員。ニューノーマルの働き方「Calbee New Workstyle」を2020年7月より開始し全員が活躍する組織の実現に向けて人事制度改定など施策を推進中。

関根 祐治氏(せきね ゆうじ)
関根 祐治氏(せきね ゆうじ)
ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人グループ 人事部 人事統括責任者

ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人グループ 人事部 人事統括責任者
カリフォルニア州立大学ノースリッジ校卒。ソフトバンク、ゴールドマン・サックス、シンジェンタ社を経て、アジアパシフィック地域各国で制度企画やHRビジネスパートナーのキャリアを積み、HRチェンジマネジメントに精通。2017年に同社へ入社し、複数のビジネスセクターのHR Headを歴任後、現職に至る。

松浦 民恵氏(まつうら たみえ)
松浦 民恵氏(まつうら たみえ)
法政大学 キャリアデザイン学部 教授

1989年に神戸大学法学部卒業。2011年に博士(経営学、学習院大学大学院)。日本生命保険、東京大学社会科学研究所、ニッセイ基礎研究所を経て、2017年4月から法政大学キャリアデザイン学部。専門は人的資源管理論、労働政策。主な著書は『営業職の人材マネジメント 4類型からの最適アプローチ』(中央経済社)など。

法政大学 松浦氏による問題提起:
「キャリア自律」と「多様性」を考える

キャリア自律とは、働く個人が組織のキャリア開発施策のみに依存するのではなく、自身のキャリアを主体的に考えて自己決定していくあり方だ。

松浦氏は、キャリア自律に関する二つの概念を紹介した。一つ目は「プロティアン・キャリア」。移り変わる環境に対して、変幻自在に適応していくキャリアだ。二つ目の「バウンダリレス・キャリア」は、職務、組織、国家、産業といった境界を越えて展開するキャリアだ。

「日本企業ではこれまで人事主導のキャリア形成支援が行われてきました。多くの企業でキャリア自律の必要性が認識される一方で、どこまで自律を求めるのか、求めすぎると転職してしまうのではないかなど、ジレンマや不安を感じる人事の方もいらっしゃるのではないでしょうか。ジレンマや不安を乗り越える一つの方向性として、『従業員が自律しており、他に転職もできるけれど、あえてこの企業にいたいと思える状況』をつくることが考えられます。この点は、企業の人事がキャリア自律を考える上で重要なポイントになると思います」

加えて松浦氏は、キャリア自律を考えるキーワードとして、個人「間」多様性とは異なり、一人の中にさまざまな視点や役割があることをいう、個人「内」多様性(Intrapersonal Diversity)を挙げた。

「これからは固定的な経験・能力に捉われずに、自発的に個人『内』の多様性を拡張していくことが重要です。そこでは社員個人の内発的な動機付けが基本になります。個人『内』多様性であれば、個人『間』多様性にみられるようなコンフリクトも起こりませんし、個人がいろんな引き出しや経験を持つことにより、企業の価値創造や変化対応力の向上につながることが期待できます。

このセッションでは、キャリア自律と多様性という観点から、これからのキャリア形成や人事管理について考えていきたいと思います」

ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人グループ 関根氏によるプレゼンテーション:
個の力を引き出す組織

ジョンソン・エンド・ジョンソンは、「我が信条」(Our Credo)を経営の羅針盤とし、自社の四つの責任として第一「顧客」、第二「社員」、第三「地域社会」、第四「株主」を掲げる。個の活躍も、この「我が信条」に基づく取り組みだ。

同社のDE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)のビジョンは「自分らしく、世界を変える」、ミッションは「DE&Iを日常の業務で実践すること」だ。

「具体的な活動としては、経営層によるコミットメント、私たち人事によるサポート、各カンパニーでの取り組み、ERG(Employee Resource Group)での意識改革や文化醸成などを行っています」

ERGは、共通の目的意識を持った社員が自発的に集まったグループで、社内の啓発活動や支援を担っている。日本法人グループでは現在、WLI(ウイメンズ・リーダーシップ・アンド・インクルージョン、女性活躍がテーマ)、Open&Out(オープン・アンド・アウト、LGBTQ+がテーマ)、ADA(アライアンス・フォー・ダイバース・アビリティズ、障がいがテーマ)、GenerationNow(ジェネレーション・ナウ、世代がテーマ)の4グループが活動している。

同社には、多様な個々人の力を引き出すためにさまざまなツールや制度が存在する。

「キャリアの自律性については、定期的に上司と部下でキャリアカンバセーションを行っています。その際に、社員が使えるツールがあります。社員がマイパーパスを定義し、『なぜここで働いているのか、自分の価値は何か』といったことを考えるツールです。管理職向けには、チームメンバーのポテンシャルを測定するツールがあり、部下育成の指標に使っています」

社員が他部署の業務を経験する制度も充実している。新しい仕事を一時的に体験できる「One J&J Career Adventure」、3~6ヵ月程度のプロジェクト単位で他部署の業務を体験できる「GROW」などだ。「One J&J Career Adventure」では、今年は100部門で人材の受け入れを行っており、社員に人気のプログラムだという。

社員のキャリア形成を支援する一環で、AIをベースにした学習ツール「J&J Learn」の開発も進めている。職種に必要なコンピテンシーを軸として、社員が学ぶべき内容をAIが選定するもので、現在は導入過程にある。

パフォーマンスを最大限引き出すために必要なマネジメントを学べるプログラム「Energy for Performance®」も活用できる。栄養学やモチベーションの高め方、生活スタイルなど、さまざまな知識を体系的に学べるというものだ。また、管理職が部下にコーチングできるようにするプログラムも存在する。

同社では、このような多面的な施策に加え、社内公募なども活発に行い、社員が自由にチャレンジできる環境を整えている。

カルビー 武田氏によるプレゼンテーション:
全員活躍を支える仕組みとその現状

カルビーは菓子・食品の製造・販売を行う企業だ。昨年の海外売上比率は23.3%であり、これを40%まで伸ばすことを目標としている。武田氏は5年前に人事として入社し、「全員活躍」をスローガンに改革を推進している。

「これまでカルビーはさまざまな成功体験を積んでいますが、トップダウンで、言われたことをやっていればよいと社員が思っている状況にありました。しかし、会社が次のステップに向かうには、もっと現場から自然にアイデアが出てくるような、個々が活躍する風土にならないといけません。そこで『全員活躍』という目標を掲げました」

カルビーに入社した武田氏がまず行ったのは、社員との約束である「Calbee HR Policy」の制定だ。その一つ目でも「全員活躍」を掲げている。全員活躍ではEquity(公平性)を重視し、すべての人に機会が均等に与えられて、成果を上げた人が評価され、報われるシステムを目指している。活躍とは個々の強みを活かすことであり、それによってさまざまな変化に対応できる組織になることが目標だ。組織の強さを活かすためにチームの心理的安全性にも配慮している。

ポリシーの二つ目は「Growth Mindset」だ。自身も含め、すべての人材の成長や変化の可能性を信じることを重視している。三つ目は「Well-being & Happiness」。心身だけでなく、社会的な健康を含めて考えていこうとするものだ。全国でタウンミーティングを開き、従業員にHRポリシーについて話すことで、重要性の理解を促しているという。

同社では「圧倒的当事者意識」を社内共通言語として、全員活躍を支援する制度改革に乗り出している。まず給与や評価において年齢給を廃止し、バリュー評価を導入。年功序列を廃止し、飛び級や降格がある制度にした。

また、従来のチャレンジ制度をマイナーチェンジし、より応募しやすい内容に変更。これまでは上役の前でのプレゼンテーションをする必要があったが、廃止した。その結果、応募件数が4件から79件に増加したという。

手挙げがメインの能力開発メニューにも注力している。「ビジトレ」では応募が120名から170名に増加。「CASEC(英語学習)」は応募が89名から165名に増加した。また、越境企画をメインに社内公募も多数発信している。

「社内報を活用し、新たにチャレンジした社員のインタビューを掲載しています。ローテーションを見える化するために、異動の人数などを掲示。タレントマネジメントのシステムにキャリア探求ノートを導入し、上司と部下で将来について話す場を提供しています」

登壇者によるディスカッション:
多様性やキャリア自律をいかに実現するか

松浦:プレゼンでは、社員に向けたさまざまな支援をお話しいただきましたが、足元の人事部門についてはいかがでしょうか。人事部門の多様性やキャリア自律をどのように実現していますか。

関根:人事部内でも現場と同じツールを使っていますし、仕事体験は人事部内でも行っています。例えば、人事マネジャーの体験であれば、私の1週間のミーティングに同行して仕事を見てもらい、その体験を持ち帰って自分の仕事にどう生かせるかを考えてもらっています。その一方で難しいのはモチベーション管理です。仕事ではやる気、根気が大事で、いかに成長したいと思える雰囲気をつくれるかを意識しています。

松浦:人事を希望する人への仕事体験も用意されているのですか。

関根:人事は他部署から大変人気があって、今年も200名ほどの希望が来ています。何回かに分けてウェビナー形式で業務を説明しています。普段どんな仕事をしているか、どんな貢献をしているかを話したり、現場から人事にキャリアチェンジした人にストーリーを話してもらったりしています。

松浦:武田さんはいかがですか。

武田:人事スタッフは、私が入社してから中途採用をしたり、地域の人事と入れ替えをしたりと人員を整えてきました。若手はもちろん、40代で初めて人事にトライしたいと希望した人も迎えています。私は、人事の仕事は制度をつくって終わりではないと考えています。4割はコンテンツづくりだとしても、その前の準備に3割、フォローには3割、力を入れてほしいと言っています。プログラムや制度を届ける先に確実に届いているのか?考えながら仕事をしてもらっています。

松浦:ここで武田さんに二つの質問が来ています。一つ目は「いろんな制度改革には抵抗もあったと思うが、どのように乗り越えたか」。二つ目は「製造業の人事は予算も限られると思うが、コスト面はどう解決したか」。

武田:抵抗勢力の人たちも、会社をよくしようという思いは一緒です。その人たちに課題は何かを聞き、新たな施策によってどんなメリットが生まれるかを説明しています。評価制度を変えたときも、管理職から「仕事が増える」と言われましたが、「これが皆さんのマネジメントのサポートになり、皆さんの信頼度を上げる」と説得しました。結果、エンゲージメントのデータが向上するなど成果が出ています。予算は確かに豊かではありませんので、外部へは実施の効果など吟味を重ねて依頼をしていますし、一部の研修は社内講師を立てて実施をしたりしています。

松浦:関根さんにも「AIをベースにした学習ツールを導入されているということだが、これはどのようなものか」という質問がきています。

関根:ツールは海外企業のものですが、国内のベンダーのものでも、同様のアルゴリズムを持つサービスはあると思います。こうしたマッチング機能はどれだけの情報を入れて、どれだけ使えるものがヒットするかを測る作業が必要であり、実際には使いながら精度を高めることになります。

松浦:将来的にはすべての学習支援をAIに任せる方向なのでしょうか。それとも体系的な教育は別にあって、それを補完する形でAIを活用していくのでしょうか。

関根:AIは補完的なものです。人事の実作業としては、社内でグローバルジョブカタログという基礎データをつくっています。当社はジョブ型ですので、ジョブディスクリプションと、職種ごとに必要なコンピテンシーが定義されています。そこから必要な学びをAIが選定します。例えば、人事部長になりたいと思えば、それに必要な能力要件が出てきて、それを学ぶために必要な学習にどんなものがあるのかが明示される仕組みです。

参加者同士のグループディスカッション:
自社におけるキャリア自律、多様性を支援する取り組み

ここから数名ずつに分かれてグループディスカッションが行われた。テーマは以下の内容だ。

  • 自社における多様性を活かす取り組みや、キャリア自律支援の施策
  • 自社で「個」の力を引き出せていると思うか(現状と課題)
  • 企業2社の事例に関する感想・自社に活かせそうな視点や考え方

終了後、代表して2チームがディスカッションの内容を発表した。

グループ1

「各社で多様性とキャリア自律のフェーズが異なっており、個々で工夫している話が聞けました。ある企業では、人材戦略で社員の強みや個性をどう活かすかを真剣に考えなければいけない時期であり、カルビーの武田さんの話が非常に参考になったそうです。ジョブディスクリプションベースでの採用が非常に難しく、社内公募や社内マッチングに注力しているという企業もありました。もともと多様性が進んでいなかった企業では、取り組みを始めるときにD&Iだけではなくエクイティ(公平性)の観点を盛り込んで方針を策定したそうです。新卒採用の女性比率30%を契機に、多様性が広がっているといいます」

グループ2

「各社で事例を共有した中では、3ヵ月ほど他社へ越境し、良い経験が得られたことから、自社内で『越境制度』を提案されている方がいました。多様なキャリア経験を他社まで広げられるので、価値が高いと感じました。他では、部門長クラスで社外の同じ役職レベルの方と交流しながら研修するとよいのではないかという提案がありました。若手の他社交流はよく聞きますが、管理職でも、マインドセットなどでいろいろな発見があるのではないかと感じました」

質疑応答~まとめ

松浦:参加者から、関根さんにERGについて詳しく話を聞きたいという要望が来ています。ERGは日本ではまだ事例が少ないですが、従業員が課題解決に向けて自発的にグループをつくり、社内で文化醸成に向けた活動を行っているという理解でよろしいでしょうか。

関根:その通りです。ERGで何でもやっていいわけではありませんが、コンセプトと達成したい目的に従って組織がつくられ、会社も予算をつけて、それぞれの団体でどのように活動するかを決めています。実はERGでリーダーを任される人は、本業でも活躍し昇格する例が多く、リーダーシップの「裏のトレーニングプログラム」といった側面もあります。その意味でも他社にお勧めしている制度です。

松浦:ERGを人事が支援しているケースも多いようですね。また、社内の特定の課題に対して、いろんな部門の人、いろんな役職の人が同じ土俵で議論をする経験は、個人内多様性の拡張にもキャリア自律にも有益だと思います。

関根:ジェネレーション・ナウというグループは、シニアに若手がメンタリングするリバースメンタリングを提案してくれて、現在、社内で実践しています。ちなみに私のメンターは九州にいる20代の営業ですが、毎回学ばせてもらっています。こうした新たな制度の提案は人事としても助かります。

松浦:次に、武田さんに「手挙げの数が増えているというお話があったが、何か注力されたことがあったのか」という質問です。

武田:メンバーには「人事は制度をつくって実績をつくるところまでが仕事」と伝えています。メンバーは制度を使ってもらえるように、現場の声を聞き、対話を重視して制度を浸透させています。反対が想定される場合には事前に話を聞く場を設けたりもしています。

松浦:最後にお二人からまとめのお言葉をいただきたいと思います。

武田:最近、人事周りで「社内で戦う」とか「反対勢力」といった言葉が聞かれるようになりました。まさに、人事が会社を引っ張っていく場面が増えているのだと思います。今、人事には守りではなく、攻めの姿勢が求められています。新たな施策は実績を出すまでが大変で、自転車の重たいペダルをこぎ続けているような気持ちになることもありますが、ふとペダルが軽くなり、自走し始める瞬間があります。人事同士でパワーを分け合いながら前に進めていきたいと思います。

関根:人事は会社全体を捉えることも大事ですが、実際に現場で施策をけん引してくれるのは管理職の皆さんですから、彼らを盛り上げていくことが大事かと思います。一緒に成功体験を積みながら、人事のファンを増やして、「共に変えていこう」といった活気をつくることを目指したいと思います。

松浦:キャリア自律や多様性は、全社的に一律に求めるものではないのかもしれません。たとえば職種、役割などごとにどの程度の自律を促していくかを考えることも、人事の実務として大事なことだと思います。ただし、あらゆる社員が「自分でアクションする、発言することで、属する組織や自分のキャリアは変わり得る」と思えることは、大事だと思います。個の力を生かすために、社員がそう思える組織にしていくことは、人事の役割としても重要なのではないかと感じました。本日はありがとうございました。