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人への作用を重視する
健康投資効果の可視化と検証ポイント

森 晃爾さん(産業医科大学 産業生態科学研究所 産業保健経営学 教授)

「健康施策が経営にどのようなメリットをもたらすのか」――そう問われたとき、うまく説明できずに悩む担当者は多いのではないでしょうか。健康経営は、その効果がすぐに表れにくいもの。だからこそ、指標を定めて計画的に進めていくことが重要です。産業保健および健康経営のマネジメントに詳しく、経済産業省の「健康投資管理会計ガイドライン」の策定にも携わる産業医科大学教授の森晃爾さんに、健康経営の意義や、健康投資効果を見える化するために注意したいポイントをうかがいました。

プロフィール
森 晃爾さん
産業医科大学 産業生態科学研究所 産業保健経営学 教授

もり・こうじ/1986年、産業医科大学医学部卒業。1992年~2003年に外資系石油会社において産業医活動を実践。2003年産業医科大学産業医実務研修センター所長に就任し、2012年から現職。著書に『成果の上がる健康経営の進め方改訂版 企業・健保担当者必携!!』(労働調査会)、『マネジメントシステムによる産業保健活動』(労働調査会)など多数。

投資対効果を目指すとうまくいかない、健康経営の不思議

健康経営を推進するにあたり、投資効果を意識することはなぜ重要なのでしょうか。

投資に対してどのような成果を得られたのか、何が変わったのかをモニタリングすることは、経営施策である以上当然のことです。健康経営ではなく、通常の産業保健活動として従業員の健康に取り組んでいたとしても、施策と効果の関係を検証するでしょう。ただ、健康経営ではこれが難しく、リターン狙いで健康経営に着手しても、うまくいかないケースが多いのが現実です。

「うまくいくケース」では、何を出発点としているのでしょうか。

今でこそ健康経営という言葉が広く知られ、多くの企業が取り入れるようになっていますが、以前から従業員の健康に着目し、精力的に取り組んでいる企業はたくさんあります。そのような企業に共通するのは、経営者に哲学のようなものが確立されていることです。働くことの意味や、従業員にとっての幸せ、また組織が社会に必要とされる存在であり続けるためにはどのような企業体であるべきかをよく考えていて、その延長上に「健康」を置いている。健全な経営には従業員の健康は不可欠という発想で、取り組んでいるんですね。自然な形で健康経営を取り入れていて、実際の経営もうまくいっています。「従業員の健康」と「投資効果」、どちらを先に置くかで、健康経営の成果はまったく変わってくるのです。

しかし8~9割の企業では、「なぜ健康に対して投資するのか」という問いに明確な答えがないと前に進めないのが現実でしょう。そういう意味では、利害関係者の理解を得るためにも、「この健康施策を行えば、こんな効果が見込める」ということを、ある程度数字で示すことも必要です。

ただ、経営者も、健康そのものの意味を理解していないわけではないと思います。体調の良し悪しがパフォーマンスに影響した経験はあるでしょうし、重要性はわかっているのではないでしょうか。どちらかといえば、健康は従業員一人ひとりが自己管理するものだと考えていて、組織で取り組む、投資する理由がわからないという方が多いのかもしれません。

組織で取り組む利点はどこにあるのでしょうか。

健康経営には、職場における健康増進という概念が含まれていますが、もう一つ大きな特徴があります。組織のダイナミズムを活用することです。これまでの職場における健康増進も、職場環境を整えることで、社員みんなが健康行動を取りやすくなるという発想から始まったものです。しかし、それだけではなく、経営者がいて、管理職がいて、それぞれの役割とパワーを生かしながら、経営の一部として従業員の健康増進を図っていくことが健康経営です。

そのためには、経営者の意欲だけでなく、管理職が自身の役割として従業員の健康を支援することの意味をしっかりと理解していなければなりません。健康経営の意義と組織の力を正しく捉えられれば、まちがいなく成果を得られます。

健康投資の経営効果に対する影響は見えづらいもの

健康経営によって期待できる投資効果には、どのようなものがあるのでしょうか。

極論を言うと、健康に関する取り組みが経営指標にどの程度貢献したかという因果関係は、永遠にわかることがないでしょう。これは、従業員教育を強化したら経営指標が改善したという因果関係を明らかにすることができないことと同じです。健康は、経営とダイレクトに結びつきません。また、経営指標に関わる要素は、健康以外にも無限にあります。

たしかに日米の研究で、健康経営に取り組む企業は株価が高くなる傾向があることが立証されています。しかし、もともと企業価値が高くなるような優良企業だから、健康にも関心があって健康投資を行っているのかもしれません。企業価値を高める要素は他にあり、さまざまな要素のうちの一つが健康だった、という可能性もあります。実際のところ何が影響しているのかは、追求しようがありません。

ただし中小企業には、健康投資に対する経営効果がクリアに表れた事例がいくつもあります。私の知っている範囲でいうと、愛知県のある運送会社では、健康経営を始めたことで採用広報にかけるコストがほとんどなくなったそうです。ニュースなどでドライバー不足が報じられる中、驚くべき効果といえます。この会社は取り組み開始から3年で、健康経営優良法人にも認定されました。

また熊本県にある自動車教習所では、健康経営を取り入れてから従業員満足度が向上。顧客満足度にも波及して、経営の安定につながっています。この教習所では、2020年の新型コロナウイルスの感染拡大でマスク不足が問題になったとき、スタッフたちが自主的にマスクを手づくりする取り組みを始めたそうです。さらにマスクづくり教室を開催し、教習生たちは空き時間を使って自分のマスク手づくりしたといいます。何かがあったときに、スタッフが自ら何かを試みようとする空気があったのです。

この教習所には、外国人スタッフも在籍しています。海外から働きに来た労働者たちが日本の運転免許を取りにくるので、そのための授業を担当しているのです。あるスタッフはこの教習所で働いていることを理由に、来日1年後の就労ビザ更新で、5年ビザ(就労ビザの最長期間)が認められました。健康経営優良法人に認定されていると、上場企業と同じ枠組みで審査が簡素化されるというインセンティブが設けられています。健康経営に取り組んだ成果が、在留可能期間の延長にまで結びついたのです。

健康経営の取り組みが評価されたのですね。なぜ中小企業では、わかりやすく健康経営の効果が表れるのでしょうか。

中小企業は組織が小さく構造もシンプルなので、トップの意思が全社に行き渡りやすいからです。経営が従業員の健康を本気で考え、その思いを発信して施策を行えば、従業員たちも「私たちのことを大切にしてくれている」と感じます。この結果は、組織心理学の理論に従えば、「会社のために頑張ろうという気持ち」につながります。社長と社員の間に通訳的な立ち回りをする人がいれば、さらに思いは浸透するでしょう。

通訳というと大仰に聞こえますが、トップの翻訳者は役職者でなくても構いません。健康経営に取り組む別の運送会社は、パートとして働く女性の事務スタッフがトップの思いを伝え、健康経営が浸透しました。そのスタッフは従業員の健康に対する社長の考えを聞き、自分の家族も従業員の健康に気遣うような会社に勤めていたらよかったのに、と思ったそうです。そして社長がいかに従業員の健康を思いやっているか、せっかく素敵な会社にいるのになぜ社長の思いに応えないのかと、ドライバーたちに強く訴えかけました。このことをきっかけに、従業員にも健康意識が少しずつ芽生えていったといいます。

一方、中堅以上の企業になると従業員数も多く、組織の階層も複雑になるため、腰を据えて取り組まないとなかなか難しい。いくらトップが強い思いを持っていても、部長や課長など、現場に近い人たちがトップの意思を理解せず、健康をないがしろにしていたら、なかなか健康経営は組織に浸透しません。たとえば健康診断一つとっても、管理職が仕方なく受診していたら、部下へ促すときも「義務だから」「人事が受けろと言っているから」と、どこかネガティブな伝え方になりがちですよね。

ただ、伝わりにくいからと諦めて、トップが行動しないようではいけません。私は年に何度か各企業の安全衛生大会や健康管理大会で講演することがありますが、健康経営に本気で取り組んでいる企業は、必ずと言っていいほど社長が出席しています。ある大手の鉄道会社の講演では、社長が駅長たちと一緒になって、私の講演を最後まで聞いてくれました。また、健康経営に積極的に取り組む企業の社長に、将来の産業医の育成のために大学で講義してほしいとお願いすると、ほとんどの場合快く引き受けてくれます。外に出て自社の取り組みを語ると同時に、外部の新たな知見を持ち帰り、組織に還元するというサイクルに積極的なのです。

組織運営における健康の位置づけが、高いところにあるのですね。

結局、健康経営の目指すところは、組織文化として健康価値を根づかせることにあると思います。ヘルスクライメット(Health Climate)という言葉がありますが、経営者の意思やそのときの機運で一時的に健康意識が盛り上がったけれど、何かのきっかけで萎んでしまった、という状況はよく見られます。それを避けるためにも、継続的に健康経営に取り組み、ヘルスクライメットがヘルスカルチャーになるよう、すなわちトップが交代しても企業組織の従業員の健康に対する価値観と取り組みが揺らぐことのない状態にまで高める必要があります。

そのような健康文化づくりの第一歩として、企業ごとに目標をどこに置くかは大切です。例えば生活習慣病である人の割合を減らして医療費を削減したい、また、健康度が高いシニア層を増やしてリテンションしたいという場合、長期視点で取り組まなければなりません。ゴールにたどり着くには、健診受診率の向上や定期的な運動、適切な食事の習慣化など、いくつものステップが存在するからです。そこからスタートして、最終的には健康が組織文化として定着するためには、継続的な取り組みが必要です。

日本は欧米に比べると人材流動性が低い分、中長期的な施策に取り組みやすいはずです。方向性や進め方を誤らなければ、じわじわと成果として表れてくるのではないでしょうか。

しかし、知っておいてほしいのは、欧米企業は日本以上に人に対する投資に積極的であること。健康経営も人材開発も、莫大な金額をつぎ込んで、リテンションやパフォーマンス面で確実に効果を上げる手法を取っています。今後日本もジョブ型雇用に移行するといわれていますが、人への投資は、より手厚さが求められるようになるでしょう。

健康経営は、人への効果に重点を置いて施策と経営課題を紐づける

施策に対する投資効果は、どのように検討すればよいのでしょうか。

先ほど、健康投資が実際の経営にどれだけのインパクトを与えるのか、因果関係を導くのは難しいという話をしました。一方で、健康が個人や組織のパフォーマンスを高めることや、従業員の仕事に対するエンゲージメントを高めること、また、ワーク・エンゲージメントやパフォーマンスの向上は経営にポジティブな効果をもたらすことが、いくつも立証されています。

したがって健康投資の成果は、主に働く個人への効果に重点を置くのが自然だといえます。健康経営を通じて解決したい経営課題に対して、関係する健康効果や指標をひもづけていくイメージです。例えば経営課題として個人のパフォーマンス向上を挙げるのなら、それを解決するのに望ましい健康状態を考えます。プレゼンティーイズムの減少やワーク・エンゲージメントの向上などが挙げられるかもしれません。効果を期待できる健康施策を検討し、設計します。

健康施策から健康効果、経営効果へとロードマップを描くのですね。

この方法は、2020年に経産省が発表した「健康投資管理会計ガイドライン」で示している「戦略マップ」と呼ばれるものです。このガイドラインを企業が活用することで、健康経営の効果的な実施や外部からの適切な評価を期待できます。経産省のホームページに戦略マップのフォーマットも含めて掲載されているので、確認するとよいでしょう。

戦略マップは、健康経営の成果を上げるための流れをフローチャートで示したものです。作成に当たっては、それぞれのプロセスの間で「本当に因果性があるのか」というところが出てきます。それぞれの指標をモニタリングし続けて、検証し、改善していく。その中で、取り組みと効果の結びつきを明らかにしていくものです。どの組織にも当てはまる特効薬はありませんので、仮説と検証を繰り返していくことがポイントです。

つながりを見出していくには、手間と時間を要しそうです。

だからこそ健康経営は一筋縄でいかなくて、健康文化の醸成が重要なのです。ワーク・エンゲージメントが組織心理学と深く関わることは、想像できるでしょう。プレゼンティーイズムも、実はその傾向が強い。職場での上司と部下の信頼関係が高まる、あるいは職場にいる人同士で信頼を実感できる、そして自身のウェルビーイングに対する企業の支援を自覚すると、ワーク・エンゲージメントは上がり、プレゼンティーイズムが下がる傾向にあることは、これまでの調査でかなり明らかにされています。

同様に食習慣の改善や運動の習慣化といった健康行動にも、職場環境や組織心理が大きく影響しています。毎日残業続きで昼休みも十分にとれない環境では、運動する時間もつくれません。また、周りを信用できずに仕事や悩みを抱え込んでいる状況では、飲酒や喫煙を減らそうとは思えないでしょう。健康づくりや健康管理、病気の予防の観点だけでは、健康経営はうまくいきません。健康活動を認めて、主体的に実践できる職場の雰囲気や、働く人同士の良好な関係性を構築することが不可欠です。

ただ「運動しましょう!」と声高に訴えても、運動できる土壌が築かれていないと意味がない、ということですね。

「健康投資管理会計ガイドライン」では、健康資源(企業の健康増進などに貢献する資源のこと)の考え方を説明しています。健康資源は環境健康資源と人的健康資源に分けられます。また、環境健康資源には、設備やツールといったハードを指す有形資産と、無形資源の存在を提示しています。無形資源とは、健康経営に関する理念やその浸透度、理念を実現するための体制や制度、そして理念や制度によって培われてきた風土などです。ただ、ガイドラインの中で、この無形資源は検討不足な領域で、具体的な指標が十分に記述できておらず、私たち研究者の間でも注目が集まっています。

私は、最も健康経営の無形資源にフィットする要素として、先ほどお話をした「上司と部下の信頼関係や同僚間との協力関係」、「自身のウェルビーイングに対する企業の支援の自覚」といったものを考えています。前者はワークプレース・ソーシャル・キャピタル、後者はパーシブ・オーガニゼーショナルナル・サポートと呼ばれる組織心理学で用いられる指標に相当します。

これらの関係が高まると、経営上、さまざまな効果が得られることがわかっていますが、健康経営の効果にも直結し、また健康経営の取り組みがこれらの指標の向上につながると考えています。体調や病歴といった健康情報は、本来プライバシーの塊ですが、社内コミュニケーションにおいて個々の健康を話題にできるような関係は、互いの信頼関係が確立されている証拠でもあり、社会性の高い組織であることの証明ともいえます。社会性の高い組織だから経営によい影響を及ぼすとも考えられるし、健康活動が社会性を高める要素になっているとも考えることができる。

例えばウォークラリーも、職場のみんなで参加する時点でそれなりの社会性があるし、みんなで参加することで社会性が強化されるわけです。健康経営とこれらの組織心理学の指標との関係は未だ十分に解明されていないだけに、研究者としても非常に興味深いところです。

施策を定めるにあたり、気をつけるポイントがあれば教えてください。

集団としての健康課題と、個人の健康課題は必ずしも一致しないことは押さえておく必要があるでしょう。組織として改善目標を立てて取り組む健康課題に対する施策と、個別の課題に対する施策との両輪で考えていく必要があります。

3段階の指針設計で健康経営のPDCAを適切に回す

どうすれば健康投資効果を的確に捉えることができるのでしょうか。

「健康投資管理会計ガイドライン」では、施策の効果を計る際、3段階に分けて指標を設けるようにしています。3段階とは、「施策の取組状況に関する指標」「従業員の意識変容・行動変容に関する指標」「最終的な目標指標」です。

例えば食生活改善プログラムを実施した際、プログラムの参加者数や内容の満足度などは、「施策の取組状況に関する指標」にあたります。しかし、本来の目的を忘れてはいけません。プログラムによって健康的な食生活習慣に対する意識や改善がどのように生じたか(従業員の意識変容・行動変容に関する指標)、さらには生活習慣病リスクの高い従業員の比率を減らすことや、プレゼンティーイズムの低下(最終的な目標指標)などを目指しているのではないでしょうか。これらの関連性を持たせて、セットで調べていくことが欠かせません。

健康施策の効果を測る指標の立て方

健康施策の効果を測る指標の立て方

そもそも評価を行うのは、PDCAを回すためです。PDCAは適切な目標と指標の設定があって機能します。最終評価だけでは、仮にうまくいかなかったとき、ボトルネックや原因が見えてきません。どこを改善すべきかがわからないので、目標到達までに時間がかかったり、効果のないテコ入れをしたりしてしまいます。アウトカム(成果)を得るには、アウトプットやパフォーマンスの評価が欠かせないのです。

目標は、できる限り定量的なものにすること。数値目標であれば、成功か失敗かがはっきりわかりますから。実際の数字に対して「十分」なのか、それとも「まだまだ」なのか。この認識が揃えば、次に向けてのアクションも議論しやすくなり、チームの意識向上にもつながります。すなわち「目標=評価指標+目標値」であることを徹底することです。

確かに取り組み状況を調べただけで、満足してしまっているケースは多いかもしれません。

そうなんです。そもそも、「健康経営で従業員のワーク・エンゲージメントを高めたい」と言っているのに、ワーク・エンゲージメントを測定していない企業は数多くあります。また、もっと健康管理的なテーマで、生活習慣病やがんの有病者数を減らしたいのであれば、健康診断の受診率だけでなく、精密検査の受診率や生活習慣の実態まで調査を重ねる必要があるのです。

このように、指標を挙げて測定することはそれなりの労力が必要で、健康経営の本気度が試される部分です。健康経営銘柄の選定や、健康経営優良法人認定の基礎資料にあたる「健康経営度調査」には、精密検査受診率や高血圧の治療を受けている人の割合など、社内で追跡調査が必要な項目を毎年いくつか設けています。これらの項目への回答の有無により、各社の健康経営に対する意識の違いが如実に表れます。やはりコミットメントの高い企業ほど、追跡調査の必要な項目についても状況を把握している傾向にあります。

健康経営度調査は、「高血圧の治療中で、血圧がコントロールされている人の割合」や「高血圧だが未治療の人の割合」を数値化できる項目が含まれています。私たちの分析では、このような健康リスクが高い人の管理状況は、その会社の産業医や保健師などの産業保健スタッフが適切に配備されているかと、かなり関係があることもわかっています。

健康投資を評価するには、専門家の協力を得ることもポイントになるのですね。

指標に限った話ではありません。健康を文化として組織に根づかせるには、経営者から従業員まで、一人ひとりの当事者意識が必要です。その上で、効果的なプログラムを組み立てたり、健康課題のある人に対して個別にケアしたりするところでは、働く人の健康づくりに関して体系的な知見を持つ専門家の知見を借りることが不可欠です。二つの両輪が機能して、サイクルはうまく回っていきます。

健康経営がうまくいっている企業を見ると、経営者とそのような専門家との距離が近く、良好な関係を築いている印象を受けます。何かあれば、社長と産業医が、健康経営の相談をする企業もあるようです。

いずれにせよ、組織がイニシアチブをとりながら、必要なところで専門家の協力を得ることがポイントといえます。新型コロナ対策も、組織ぐるみで機能している企業は、施策の8~9割を人事部主導で進めて、本当に知識が必要なところで専門家の助言を得るといったように、役割分担ができていることが多いですね。積極的に感染対策をしている企業では、そこで働く従業員自身も「かからない」「人にうつさない」という意識が高く、手洗い、マスク、周辺の消毒や換気といった予防に取り組めているようです。

今回のお話を受けて、健康投資の成否は、経営者の意識や組織風土が占める部分が大きいことがあらためてわかりました。それでも健康経営に懐疑的な経営者に関心をもってもらうには、どうすればよいのでしょうか。

健康に関心のない従業員に施策を講じても効果が出ないのと同様に、従業員の健康に関心のない経営者をやる気にさせる方法は、私も残念ながら持ち合わせていません。それでも一つ言えるのは、ほとんどの経営者は、いい会社にしたい、従業員が大切だということは理解しています。おそらく、従業員がいきいきと働くことが望ましいと、すべての経営者が考えているはずです。

きっかけとタイミングが合えば、一気に健康への関心が高まる可能性もあります。自社が健康経営銘柄に選ばれ、表彰式に出席したのをきっかけに社長が急に以前にもまして意欲的になったという話を聞いたことがあります。また、自分や従業員の病気経験がきっかけの場合もあります。いつ何が引き金になるかは、わからないのです。

だからこそ、人事は準備を重ねておくべきです。トップの意識が向いたそのときに、すかさず情報を提示する。健康経営調査票のフィードバックシートや健康保険組合を通じて送られてくるスコアリングレポートでは、取り組み度についての他社との比較情報が含まれています。これらを、健康経営が組織課題の改善につながる可能性と合わせて示せたら、事態は進展するでしょう。ぜひ信念を持って提案し、経営者の心に火をつけてほしいと思います。

(取材は、20201年2月25日)

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「HRペディア「人事辞典」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


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