「日本の人事部 LEADERS」vol.5
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間1000万人を超えた。また、2015年と2014年の比較では、デジタル戦略が奏功したこともあって、インプレッション数が10倍になったという。 「サッカーそのものについては、KPIをいろいろセットしてPDCAを回してきました。結果的に、ペナルティーエリアの外からもゴールを狙うプレーが43%ほど増加。ボールを奪ってからゴールするまでの平均時間が7.7%短縮され、逆転勝ちが2割増加。魅力あるサッカーにするための指標をトラックできたことで、大きな変化をもたらしました。そんなサッカーを見ていた海外放映プレーヤーが2016年夏、10年で2000億円というJリーグへの投資を決定。その結果、NTTと組んで、全てのスタジアムをフルWi-Fi化して数万人が一斉に動画が見られるというスマートスタジアムの投資資金も獲得できました」楠木:リーグ全体としてペナルティーゾーンの外からのシュートを増やすといった技術的な変化が起こせたのは、なぜでしょうか。村井:それは「ミサイルの追尾技術」に該当します。リーグのなけなしの資金を投資してJ1全スタジアムに導入したものです。衛星から発射角度と初速と加速度を解析し着弾点を予測するという技術を使い、両チームの選手22人のボールを追尾しました。これによって全員が何キロ走ったか、最高速度は誰で時速何キロだったか、スプリントは何回やったか、ヒートマップはどこを動いたかと、これまでなかった視点でデータがトラックできるようになりました。楠木:人事の皆さんとしては「傾聴力と主張力」というキーワードが気になるのではないでしょうか。村井:2005年にJリーグへ新加入した選手のプロファイルを、監督や指導に携わった人にインタビューしたのですが、世界で活躍して代表に選ばれている選手の共通点は、心技体が図抜けていることではないとわかりました。コンピテンシーやインベントリーとして見る能力を50項目ぐらい挙げた上でインタビューし、明らかになったのは「傾聴力の圧倒的高さ」「主張する力の強さ」です。その理由は、サッカーが非常に理不尽なスポーツだからです。3年連続得点王でも代表に選ばれなかったり、真面目にプレーしていてもケガで選手生命が絶たれたり、チームメイトとの関係性次第で力が発揮できなかったりします。何よりも、手を使わないスポーツですからミスの連続です。これだけ理不尽な競技でポキポキ心が折れ続ける中、リバウンドメンタリティーを持っている選手が勝ち残っていたのです。リバウンドするために必要なものは「日本はこうだけど、ドイツはどうしてこうなのか」といった傾聴し主張する力であることが分かってきました。実際に傾聴力や主張力を育てていくアクションとして、論理体系を指導現場へと落とし込んでいます。楠木:同じスポーツでも、競技によって適したマネジメントは違うと思います。そういう意味からも「生業文化論」というキーワードについてお聞かせください。村井:これは私の仮説ですが、メーカーにはメーカーの生業があって、持っている本質があります。メーカーはエンジニアが共同してコンパクトないいものを作りますので、自己主張よりも協働が非常に大事です。だから、個人競技ではなく、ラグビー部やサッカーチームを持っているところが多い。これは本質にメッセージがあるからだと思います。Jリーグの場合は、先ほどお話したようにミスのスポーツですから、経営の本質に「ミス」を置きました。PDCAではなくPD「M」CAとし、どれだけミスをし、それを許容するかを掲げて、今までのやり方で成功したらプラス0点、今までのやり方を変えて失敗したらプラス50点、今までのやり方を変えて成功したらプラス100点という考え方を通達しました。楠木:本性には逆らえないということですね。他の競技や業界でうまくいっていることを取り入れてもかえって逆効果で、何をやって何をやらないのかという一つの基準として面白いと思います。このような変革が、なぜ村井さんがチェアマンになるまで起きなかったのかと考えてみると、サッカーに限らず、どの分野にも必ず思い込みがあるからだと思います。単になまけているとか勘違いしているからではなく、長年培われてきた思い込みに強い合理性があるからです。Jリーグでも、それに従っていたため、流れが止められず成果も出なかったのではないでしょうか。サッカーチームの経営者や選手や監督でなかったからこそできたことを教えてください。村井:就任時に全クラブのホームスタジアム、ホームタウン、クラブハウスを回りました。そこで見つけた共通する課題が、各クラブにはSEOに対するエンジニア、セキュリティーなどを構築するエンジニアがいない、ということです。そこで、Jリーグでエンジニアを採用してデジタルプラットフォームのインフラを作り、あとは各クラブで更新や編集すればイーコマースもセキュリティもSNSもできるようにすることを提案しました。楠木:新しい視点で切り込むと、手を打つ価値のあるところが発見されるものなのですね。最後にメッセージをお願いします。村井:今日お話ししたことは、53のクラブ、リーグで働いている人間たちの間で、これまでああでもない、こうでもないと試行錯誤しながらやってきたことです。まだ改革のプロセスの途中であり、これからも何が起こるか分かりませんが、スピーディーに失敗を恐れずに進めてまいります。ぜひJリーグに注目してください。ディスカッション:生き残る選手に共通する「傾聴力と主張力」29

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