日本の人事部
10/12

 近年、社員のモチベーションをもっと高めたいという企業が急増しています。なぜでしょうか? 日本人はかつて勤労意欲の高さを世界に誇っていたし、現在もおおむねそれは維持されています。しかし、その意欲が一定の幅に収まっていることが問題なのです。 やる気のない社員は少ないけれど、ずば抜けてやる気のある社員も少ないというのは、仕事の標準化、人材の均質化が求められた工業化社会の産物です。それがポスト工業化社会に入って、定型的な業務の多くが機械やコンピューターに取って代わられるようになると、人間が携わる仕事、求められる能力が大きく変化します。 それにともなって、必要なモチベーションもまた変化しているのです。工業化社会では大半の仕事は目標や方法が決まっているため、普通のやる気があればこなせるし、たとえ受け身でもある程度の成果はあがりました。ところが創造性や革新性、感性といった人間特有の能力が高いレベルで求められるポスト工業化社会では、自発的で質の高いモチベーションが必要になってきます。中途半端なやる気では成果があがらないことは、作家や芸術家、クリエーターといった創造的な仕事をする人たちをみればわかるでしょう。しかもこのような変化は今後、いっそう強まることが確実です。 では、受け身のモチベーションと自発的なモチベーションとはどこが違うか、有名なマズローの欲求階層説で説明しましょう。生理的欲求や安全・安定の欲求という衣食住に深く関わる低い次元の欲求は、金銭によって直接充足できます。したがって、賃上げや成果主義などでモチベーションを引き出せるのです。しかし、これらの欲求はある程度充足されると動機づける力を失います。そのため、どうしても受け身の働き方になり、やる気に「天井」ができてしまうのです。 一方、承認欲求や自己実現欲求といった次元の高い欲求には、前向きで際限なく動機づける性質があります。したがって自発的なモチベーションを引き出すためには、これらの欲求で動機づけることが大切です。 これらのうち承認欲求は、自己実現欲求ほど注目されませんが、実際に意識調査をすると自己実現欲求に勝るとも劣らないほど重要だということがわかってきました。とりわけ周囲の評価に敏感で名誉を重んずる日本人にとって、他人から認められたりほめられたりすることは、モチベーションの大きな原動力になるのです。 そこで、会社には社員が組織の内外で認められるような仕組みづくりが求められます。 たとえば表彰制度の活用があげられます。表彰にはいろいろなタイプがありますが、社長賞や事業部長賞など権威ある表彰以外はあまり普及していません。いわゆる「縁の下の力持ち」を称える賞や、ゲーム感覚を取り入れた「○○選手権」「○○コンテスト」といった軽い表彰など多様な制度があれば、多くの社員に承認されるチャンスが広がります。 また、社員一人ひとりに裁量権を与えると同時に自分の名前を出して仕事をさせることもお勧めします。実際、自分が組み立てた製品にネームプレートを貼って出荷させているメーカーや、食品コーナーに販売員の写真やプロフィールを掲げている量販店などでは、社員の離職率・欠勤率の低下、生産性の向上といった効果があがっています。 そして上司は部下の挑戦を促すとともに、成果があがればもちろん、たとえ成果があがらなくても前向きな行動を称えてください。そうすれば社員のモチベーションが上がるほか、職場の空気も明るくなり、顧客との関係も良くなります。さらに、それが業績の向上につながるというように好循環が期待できます。 このように承認による動機づけは、社員の自発的なモチベーションを引き出すのに効果的なだけでなく、広範囲に好影響を波及させるのです。しかもコストはほとんどかかりません。これからのマネジメントにおいて、一つの柱になっていくのではないでしょうか。これまでの「やる気」が通用しなくなったわけ社員が認められる機会を増やす工夫をワンランク上のモチベーションを引き出すにはおおた・はじめ 神戸大学大学院修了。経済学博士。滋賀大学教授などを経て、2004年から同志社大学教授。日本表彰研究所所長。個人を生かす組織・社会づくりをテーマに、研究のほか執筆、講演、マスメディアでのコメントなどを精力的にこなしている。組織学会賞、経営科学文献賞、中小企業研究奨励賞本賞などを受賞。承認の効果を初めて本格的に実証した『承認とモチベーション』(同文舘出版)、『子どもが伸びる ほめる子育て-データと実例が教えるツボ-』(ちくま新書)や、ポスト工業化社会の組織づくりについて提言した『組織を強くする人材活用戦略』(日経文庫)など多数の著書がある。太田 肇 氏同志社大学政策学部教授同大学院総合政策科学研究科教授Prole95

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です