パナソニック 木下氏と考える
HRBPを"経営のパートナー"として機能させるための実践ポイント
- 木下 達夫氏(パナソニック ホールディングス株式会社 執行役員 グループCHRO)
- 大矢 雄亮氏(株式会社グロービス グロービス・コーポレート・エデュケーション ディレクター)

戦略人事を推進する上できわめて重要なHRBP。しかし、その具体的な活躍・貢献のイメージがつかみにくいこともあり、本来の機能やポテンシャルを十分引き出せずにいる企業も少なくない。本セッションでは、複数のグローバル企業でHRBPとしての豊富なキャリアを持つパナソニックグループCHRO 木下氏を迎え、HRBPが“経営のパートナー”として現場の変革を推進するためのポイントや、HRBPに必要な考え方などを議論。戦略人事を実現するためのヒントを共有した。

(きのした たつお)1996年P&Gジャパン入社、採用・HRBPを経験。2001年より日本GEにて金融部門人事部。2012年よりGEジャパン人事部長、アジア太平洋地域組織人材開発、事業部人事責任者。2018年メルカリ入社 執行役員CHRO。2024年7月パナソニック ホールディングスへ入社 執行役員 グループCHRO。

(おおや ゆうすけ)神戸大学法学部卒、グロービス経営大学院MBA修了。トヨタ自動車で人事業務全般を経験後、グロービスに入社。法人部門で人材育成・組織開発を支援し、大阪拠点リーダーを経て現職はディレクター。講師として思考系・リーダーシップ・経営戦略を担当。近年は戦略人事育成、企業のバリュー策定・人事制度見直しを支援。
戦略人事に不可欠なHRBP
本セッションは、株式会社グロービスの協賛により開催された。グロービスは「人材育成・組織開発を通じて、企業の創造と変革を促進する」ことをミッションに掲げ、創業以来、ビジネスリーダーの輩出を通じて培った知見と経験をもとに、年間3,400社超の企業に対し、人・組織・事業の変革を支援し続けている。
ビジネススキルを体系的に学べる「グロービス・マネジメント・スクール」、次世代の経営人材を育成する「グロービス・エグゼクティブ・スクール」、そして実践性にこだわった「集合研修プログラム」などを展開。経営戦略・組織戦略に基づいた多彩な育成ソリューションを提供しており、顧客の課題やテーマに応じて最適なプログラムを設計・提案できる点が大きな強みである。
さらに、経営者やコンサルタントなどの実務経験を持つ「実務家講師」が登壇し、机上の空論ではない現場での実践に活きる知見を提供。加えて、人材開発・経営に精通したコンサルタントが研修設計から運用・定着までを並走し、人材戦略の実現を支援する“伴走型のサポート体制”を築いている。
研修テーマは「次世代リーダーの育成」「マネジメント・リーダーシップ強化」「論理思考の強化」「自律型人材の育成」「組織文化・風土変革」「ミッション・ビジョン・バリューの浸透」「HRBP育成」など多岐にわたり、経営・人事の両面から企業課題を網羅的にカバー。経営・人事戦略と連動した育成設計において、高い評価を得ている。また、豊富な実例やケーススタディに基づくコンテンツは、現場での実行につながる「実践性の高さ」が特長。人材育成を通じて企業の変革と成長を支えるパートナーとして、多くの企業から選ばれ続けている。
セッションの冒頭では、グロービスの大矢氏が、討論の前提となる「戦略人事」「HRBP」の定義や考え方を共有した。
戦略人事とは、組織のビジョン・バリューや経営戦略と連動して、採用・育成・評価・報酬・組織構造デザインなどのHR諸施策を設計・運用する考え方だ。人的資本を経営の推進に直結させ、組織の競争優位性を築いていく。
一方のHRBP(Human Resource Business Partner)は、事業サイド(部門・カンパニー等)に所属しながら、事業部リーダーや経営層と密接に連携し、現場で戦略人事を実装する人事のプロフェッショナルである。人事制度の設計・構築や給与、採用などの専門家を擁するCoE(Center Of Excellence=中央人事)とは区別される。
なぜ戦略人事の推進にHRBPが必要なのか。一般論としてさまざまに言われているが、大矢氏の持論は次の通りだ。
「事業環境の変化が速い今の時代に対応して経営のスピードを上げていくには、各事業部やカンパニーに権限を委譲して自律性の高い現場をつくり、迅速な意思決定を進めていくことが欠かせません。人事面でそれを担うのがHRBPなのです」
組織と現場の「Win-Win」をつくる
ここからは大矢氏が木下氏に質問を投げかけ、HRBPを“経営のパートナー”として機能させるための実践ポイントを深掘りしていった。
大矢:そもそもHRBPが機能しているイメージがわかない、という人も多いと思います。どういう状態を「HRBPが機能している」と捉えればいいのでしょうか。
木下:HRBPの役割でいちばん大きいのは「組織とそこで働く人のWin-Winをつくること」です。「組織のWin」とは成果の最大化であり、事業ミッションの実現や目標の達成です。ただ、すごい成果を出していても、従業員が疲弊している組織では長続きしません。望ましいのは、一人ひとりが健康的にいきいきと働き、エンゲージメントも高い「働く人のWin」との両立ができている状態です。これはHRBPだけの目標ではありません。組織長も必ず同じミッションを持っています。HRBPの仕事は、組織長と連携しながら、この「Win-Win」を実現していくことだと思います。各事業部で組織長と一緒になって人事施策を推進し、成果を出すことがHRBPの役割です。
現場に密着して事業成果の最大化に貢献するHRBPに対して、採用やマネジャー研修といった全社共通のアジェンダは、専門性を持つCoE(中央人事)の役割となります。ある程度の規模になると、こうした役割分担が必要になるということです。現場で働く人にとって日常的に接点があるのはHRBPです。組織長や現場マネジャーにとっても、人事関連で困りごとがあったら何でも相談できるのがHRBPといえます。
大矢:組織に密着するHRBPに必要なスキル、考え方について教えてください。
木下:HRBPは組織長、部門長と対等なパートナーであることが重要です。そのために必要なことが四つあると考えています。
一つ目は、事業・組織の理解。担当する組織や部門の目標、事業モデル、マーケットの状況、自社の競争優位性や課題などを深く理解することです。事業部で働く人たちと共通言語で話せるようになってはじめて、同じ部門に所属する仲間と思ってもらえます。
二つ目は、従業員の理解。従業員一人ひとりの価値観、やりがい、目標、悩みなどの内面を理解するプロであることが大事です。マーケティングでコンシューマー理解が重要なのと同じく、人事が従業員の内面を理解できていないと、効果的な施策は打てないでしょう。エンゲージメントサーベイなどでデータをとっている企業は多いけれど、従業員それぞれの内面まではCoEにはわかりません。その声を届けるのもHRBPの役割です。
三つ目は、HRの引き出し。HRBPは“人事の総合格闘技”ともいえます。採用、給与、労務、昇進・昇格など、全分野の知識を広く持つことが大切です。高度に専門的なことはCoEの支援を受ければいいので、各分野の専門家に相談できる程度の基礎知識を押さえておきたい。特に若手のうちは、意識的に取り組まないと難しいでしょう。
四つ目は、チェンジマネジメント。HRBPが組織を成長させるには“変革のスペシャリスト”であることが欠かせません。従来型の人事ではあまり重視されてこなかった部分だけに、HRBPの役割を任されている人は自分で勉強して積極的にそのスキルを磨いていくべきです。調べれば、学ぶ方法や教材はたくさんあります。

組織のあり方を変え、エンゲージメントを高める
大矢:木下さんがHRBP時代に、もっともやりがいを感じたエピソードは何でしょうか。
木下:GEプラスチックスという事業部で、栃木工場の人事責任者を2年ほど務めたときに、HRBPとしての原点ともいえる経験ができました。
当時のGEプラスチックスは日本国内の工場を縮小し、東南アジアや中国に生産を移管しようとしていました。栃木工場でも構造改革、コストカット、リストラといったネガティブな動きが主で、営業部門と溝ができていました。当然のように従業員のモチベーションは低く、エンゲージメントサーベイの数値は100点中30点台でした。その栃木工場に、自ら手を挙げて行ったのです。
その前に私は営業部門のHRBPを担当していたのですが、営業側から見てこの工場は非常に重要だと思いました。GEプラスチックスはパナソニック、ソニーなど世界的な日本企業に樹脂を提供していて、得意先の開発部門にいち早く新しい素材を提案できれば、世界中での受注につながる可能性がある。大量生産ではなく、付加価値の高いものを小ロットで機動的につくれる工場に生まれ変わらせるというミッションに、HRの立場で貢献したいと考えたのです。
取り組んだのは、大きな変革の方向性を打ち出した工場トップと連携し、働く人たちの意識を変えていくこと。目標は、顧客と一緒に新しいものを共同開発する工場に変わる、営業との距離感を縮めて自分たちの誇れる工場にしていく、というものでした。そのために組織のミッションを再定義し、従業員のやりがいや強みを事業の方向性とシンクロさせることを明確に打ち出していきました。
その結果、わずか2年間の取り組みで数々の新製品が開発され、業績も回復していきました。従業員は世界に先駆ける製品をつくっているという誇りを持っていきいきと働くようになり、エンゲージメントの指標も80点台にまで改善することができました。HRBPとして私が果たした役割は変革のごく一部かもしれません。それでも、こんなに組織が変わりうるのだということを目の当たりにできた体験でした。
大矢:非常に熱いエピソードですね。現場の意識を変えるリーダーシップがHRBPには必要だということを、参加者の皆さんもあらためて感じたのではないでしょうか。

質疑応答:育成・運用・変革
セッションの後半では、参加者から寄せられた質問に木下氏が回答した。
大矢:一つ目の質問です。HRBPは“御用聞き”になりがちと聞きます。そこから“経営のパートナー”に進化するには何が必要でしょうか。
木下:HRBPもシニアレベルになると、経営陣や事業部長クラスに対して戦略的な話をする機会が増えますが、ジュニアの段階ではエンプロイーサービスが中心になるのは間違いありません。HRBPである以上、現場に密着した仕事がなくなることはないからです。ただ、現場の仕事は忙しくやりがいもあるので、気をつけないと組織の本質的な課題解決に手がつかないままになることもあります。意識的に時間をつくって、これだというテーマに継続的に挑むことが大事です。自分がその組織にいたレガシー、記憶に残る仕事をしてほしいですね。それができれば御用聞きではありません。
大矢:HRBPは制度設計などに関わりませんが、“経営のパートナー”は務まるのでしょうか。
木下:たしかに制度をつくるのはCoEの仕事です。ただ、私は制度とは運用が8割だと思っています。制度と運用を「空中戦と地上戦」に例えたりしますが、現場の課題は空中戦ではなかなか解決できません。制度自体はできるだけシンプルにして、組織長と現場のHRBPが運用で工夫できるようにしておくのがベストです。また、実際に現場で制度を使うミドルマネジャーと直接対話できるのもHRBPです。対話を通じてミドルマネジャーが腹落ちしてくれれば、メンバーに対してもうまくコミュニケーションできるようになります。問題が起きたときに「運用でこうしましょう」といったアドバイスも可能でしょう。こうした取り組みができるのはHRBPだけです。
大矢:次の質問です。HRBPは経営と現場の板挟みになりそうですが、両方を立てていく秘訣は何でしょうか。
木下:うまくいっていない組織は、経営と現場が問題をお互いのせいにしがちです。そのような場合もっとも効果的なのは、一度共通のミッションに立ち返ること。目的が同じであることを確認できたら、次は対話です。ポイントはお互いの悪いところではなく、良いところを見つめなおすこと。その橋渡しができるのがHRBPです。何か一つ成功事例を作れば、それを突破口に信頼関係を醸成していけるはずです。
大矢:「チェンジマネジメント」について、もう少し詳しく教えてください。
木下:私はチェンジマネジメントに組織デザインの考え方を導入しています。組織デザインには、評価・報酬、意思決定、情報共有、人材、アサインメントタスク、組織構造という六つの要素があり、これらによって組織カルチャーを意図的にデザインできれば、戦略達成のための行動が決まります。注意したいのは「1on1をやりましょう」といった施策から入ってしまうやり方。何のためにやるのかが明確でないと、現場の負担になるだけです。事業戦略、人事戦略と紐づけて考えることが大切だと思います。
大矢:木下さんのお話を通じて、HRBPが“経営のパートナー”として現場の変革を推進するためのポイントを学ぶことができました。本日は素晴らしいお話をありがとうございました。
これまで約6,700社(年間約3,300社)への多種多様なサービスとソリューション提供を通して、国内外の各業界をリードする企業様の人材育成と組織開発の両側面から、企業の経営戦略の実現を支援をしております。現在お持ちの人・組織に関する課題感に合わせて、最適な人材育成ソリューションを導きます。
これまで約6,700社(年間約3,300社)への多種多様なサービスとソリューション提供を通して、国内外の各業界をリードする企業様の人材育成と組織開発の両側面から、企業の経営戦略の実現を支援をしております。現在お持ちの人・組織に関する課題感に合わせて、最適な人材育成ソリューションを導きます。
[A]Employee Experience(従業員体験)の理論と実践
[B]CHROが語る、人的資本経営3年目の要諦 ~人材戦略を実現に導く「実行力」の高め方~
[C]現場の声を反映した人事施策はどのように生まれるのか ~従業員の本音の引き出し方、感情との向き合い方を考える~
[D]人事DX最前線! 生成AI・データ活用で進化する評価・採用・育成
[E]日本企業が次に目指すべき「人的資本経営3.0」
[F]退職分析を起点とした、キヤノンマーケティングジャパンのキャリア自律支援と組織風土醸成の取り組みとは?
[G-3]世界12億人のタレントデータから紐解く、 今後の人材戦略やビジネス戦略の可能性
[G]目標管理をなくして従業員の活躍と組織活性化を実現 従来型の人事評価を廃止した、新しい人事制度のあり方
[H-1]360度フィードバックで個人と組織の変革を実現! ~行動変容のポジティブなループと強い組織づくり~
[H]人事リーダーの哲学 ~何を学び、どのように考え、どんなキャリアを描くのか~
[I-5]障がい者雇用のカギは障がい者と健常者の相互理解! より意義あるものとして推進するための3ステップ
[I]人事パーソンやリーダーに必要な「言語化」について考える
[J-7]リーダーの内省が若手社員の活躍を促す チームワークを高める「場づくり」の進め方
[J]世代間のギャップを超えて、組織を活性化する
[K-1]これから来る“文化の時代”に勝つための人事組織戦略 〜企業成長における新法則と3つのKey〜
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[K]あらためて考える戦略人事 富士フイルムの人事部門は、なぜ経営に貢献できたのか
[M-5]ジョブ型人材の処遇戦略が人的資本経営の成否を分ける -メンバーシップ型処遇制度の前提をいかに変えるか
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[V]「組織のジレンマ」をどう乗り越えるか? 社員の“自律と共創"を育む組織文化変革のあり方
[W]「突破人材」の働き方・キャリアのつくり方
[X]パナソニック 木下氏と考える HRBPを"経営のパートナー"として機能させるための実践ポイント
