全員活躍チーム「シェアド・リーダーシップ」を実現する管理職の育成
- 堀尾 志保氏(株式会社日本能率協会マネジメントセンター Director/ Leadership Development)
- 中原 淳氏(立教大学 経営学部 教授)

現代の管理職は、社会の変化や価値観の多様化に対応しながら組織の成果を生み出さなければならならず、非常に難度の高い役割となっている。こうした中で注目されているのが、メンバー全員がリーダーシップを発揮して活躍する「シェアド・リーダーシップ」というチームのあり方だ。役職の有無にかかわらず、全員がリーダーシップを発揮して活躍できる組織を作るためには何が必要なのか。日本能率協会マネジメントセンターの堀尾志保氏と立教大学の中原淳氏の共同研究により、日本のイノベーティブ企業14社の協力を得て上梓された書籍『リーダーシップ・シフト』の知見をもとに、シェアド・リーダーシップを実現する管理職の特徴と育成について議論した。

(ほりお しほ)立教大学大学院 博士後期課程修了。博士(経営学)。立教大学経営学部兼任講師、日本大学商学部非常勤講師などを兼任。専門はミクロ組織論・組織行動論。現職では海外研究機関との渉外業務および企業の管理職、リーダーを対象とした研究、教育企画に従事。著書に『これからのリーダーシップ』『コンピテンシーラーニング』など。

(なかはら じゅん)立教大学経営学部ビジネスリーダーシッププログラム(BLP)主査、立教大学経営学部リーダーシップ研究所 副所長などを兼任。博士(人間科学)。2018年より現職。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・組織開発について研究している。専門は人的資源開発論・経営学習論。『職場学習論』など、共編著多数。
イノベーティブな企業では「多くの人がリーダーシップを発揮している」という事実
セッションの冒頭では、立教大学 経営学部 教授の中原淳氏が本日の目的を説明した。本セッションが目指すのは、「全員活躍チーム=シェアド・リーダーシップ」を実現できる管理職の秘訣を伝えることだ。
シェアド・リーダーシップとは、「共有されたリーダーシップ」を意味する。特定のリーダーだけが組織を引っ張る従来のリーダーシップのあり方とは異なり、一人ひとりのメンバーが自分の強みを生かし、時にはリーダーになったり、時にはフォロワーになったりする状態をシェアド・リーダーシップと呼ぶ。
「たとえばジャズのセッションでは、お客さんを楽しませるという共通の目標に向けて各メンバーが自分の強みである楽器を演奏し、即興で一つの楽曲を作り上げていきます。近年は、ビジネスの場面でも、臨機応変に各メンバーが強みを発揮してリーダーシップを発揮できるようなあり方が求められるようになっています。このようなリーダーシップはどのようにして生まれるのかを、本セッションで知っていただければと考えています」(中原氏)
中原氏とともにシェアド・リーダーシップの研究を進めた株式会社日本能率協会マネジメントセンター Director/ Leadership Developmentの堀尾志保氏は、今回の研究の端緒となった「個人的」および「研究的」な背景について語った。
「私は30代前半で初めて管理職を担い、新事業を任されることになりました。ただ、当時はまだ女性管理職のロールモデルが少なく、社内にはいわゆる“ビジネスマッチョ”な、ぐいぐいと周囲を引っ張っていくカリスマ的なスタイルの管理職ばかりでした。自分もそうなれればいいのですが、『私には無理かもしれない』という不安を抱え、新たなリーダーシップ像を模索していました」(堀尾氏)
シェアド・リーダーシップの可能性に注目し始めた研究的なきっかけは、ハーバード大学や、リーダーシップ専門の教育・研究機関であるCCL(Center for Creative Leadership)など、海外の研究機関とのディスカッションだった。
「ハーバード大学ではリンダ・ヒル教授がイノベーティブな企業のリーダーシップを研究し、マッチョなリーダーが一人で前面に立って組織を引っ張るのではなく、メンバー全員で創造性やリーダーシップを発揮する組織が成果を上げていることに着目していました。
CCLの研究でも、カリスマ的なリーダーがいるだけではなく、なるべく多くの人がリーダーシップを発揮できる企業のほうが業績好調であることが明らかになっています。リーダーシップ研究そのものも、『役職者のリーダーシップ』といった個人単位ではなく、『組織やチームでどれだけリーダーシップを発揮している人がいるか』といったチーム・組織単位での密度や総量が重視されるようになってきているのです」(堀尾氏)
管理職を取り巻く5大環境変化——従来のリーダーシップだけでは職場を支えられない時代
日本企業で働く管理職は今、どのような状況に置かれているのだろうか。両氏が548人の管理職を対象に行った調査では、「自分のリーダーシップに不安を感じている」と回答した人が約半数に上ったという。マネジメントの難度が高まる中で「管理職はとても難しい役割になっている」と中原氏は語る。
なぜ管理職がリーダーシップを発揮しづらくなっているのか。その背景として、中原氏は「管理職を取り巻く5大環境変化」を挙げた。
(2)少数化……加速度的な人口減少と人手不足
(3)多様化……「みんなが同じ」時代は終わり、キャリア観も人それぞれ
(4)分散化……リモートワークが一般化し、働く場所や働き方がバラバラ
(5)多忙化……複数部署の兼務を求められる管理職が増加
「このように、管理職を取り巻く環境はどんどん厳しくなっています。管理職が持つ既存の知見やノウハウだけでは対応できず、抜本的な仕事の見直しが必要であり、従来のリーダーシップだけでは職場を支えていくことも難しい状況なのです。メンバーにもチーム運営に貢献してもらい、全員活躍型のチームを作っていかなければならない。そこで必要になるのがシェアド・リーダーシップです」(中原氏)

一般的なリーダーシップのイメージといえば、下位にいるメンバーに対して、上位にいる管理職が進むべき方向を示す形だろう。職位の高い公式リーダーが指揮命令し、その指示に基づいてメンバーが動く組織だ。しかし中原氏は「リーダーシップを発揮すべき人は、上位にいるカリスマ型の人だけではない」と話す。
「私はよく、リーダーシップを山登りになぞらえます。どの山を登るのかをチームで決め、コミュニケーションを取って助け合いながら、登っているプロセスそのものを楽しむ。世界的な定義で言えば、これこそがリーダーシップなのです。
そもそも、特定の公式リーダーが指示を出すだけのやり方では遭難しかねません。管理職が正解を知っているのならこの方法でもいいのですが、先を見通せない時代に通用するとは限らず、特定のリーダーに頼ること自体がリスクとなってしまいます」(中原氏)
シェアド・リーダーシップがもたらす「業績向上」「求心力上昇」の効果
シェアド・リーダーシップが発揮され、メンバー全員が活躍するチームはどのような状態になるのだろうか。
堀尾氏は「メンバー全員がリーダーシップを発揮するチームでは、上下の階層だけでなく横方向のつながりも強化される」と話す。目標を明確に共有できていれば、たくさんの人がリーダーシップを発揮したほうが成果に早くたどり着けるのだという。
メンバー全員がリーダーシップを発揮しようとすると「チームがバラバラになってしまうのではないか」と考える人もいるかもしれない。堀尾氏はこの懸念に対する回答を提示した。
「最新の研究では、シェアド・リーダーシップが発揮されている組織ではメンバーのイノベーティブ行動が増え、業績も向上することが示されています。メンバーの満足度が高まったり、リモートワークによる求心力の低下をカバーしたり、メンバーから管理職に対する評価が高まったりする効果があることも分かってきました」(堀尾氏)
では、メンバー全員がリーダーシップを発揮できるチームを作るには、どうすればいいのだろうか。シェアド・リーダーシップを目指す際に、「単純に管理職がメンバーにリーダーシップを丸投げするだけではうまくいかない」と堀尾氏は言う。下準備がなければシェアド・リーダーシップは育たないのだ。
この下準備について、堀尾氏と中原氏は「イメージトレーニング」の重要性を強調した。
「多くの組織では、年度の初めにチームの活動をスタートする際、割り算の発想で目標を決めているのではないでしょうか。全社の目標をチームに割り振り、それから個人の目標へ割り振っていくという流れです。しかしこのやり方では、メンバーそれぞれが目標を達成できないときに、管理職やエースメンバーがカバーするほかない状態に陥ってしまいます」(中原氏)
いきなり目標を割り振ってチーム活動を始め、短期的な数値目標を追求しても、最終的には管理職かエースが責任を持って巻き取る状況になってしまう。そうならないように、シェアド・リーダーシップを実現している管理職はいきなりチーム活動を始めるのではなく、イメージトレーニングを入念に行っているのだという。
イメージトレーニングとは、「物事の結果がうまくいっている状況を頭の中で視覚的にイメージする」ことを指す。スポーツの分野では、これが非常に効果的であることが分かっている。
「たとえば、バスケットボールのフリースローを題材とし、イメージトレーニングをしたグループと実際に練習したグループ、何もしなかったグループの三つに分けて実験した研究があります。この研究では、イメージトレーニングをしたグループが最もフリースローに成功するという結果が出ました。ビジネスにおけるリーダーシップでも、リーダーが事前に内省し、目指すチーム像を明確にイメージトレーニングしてから活動に着手することが有効であることが研究で明らかにされつつあります」(堀尾氏)

「事業・仕事」「チームメンバー像」「自分自身」のイメージトレーニング
シェアド・リーダーシップを実現している管理職の多くは、少し先の「事業・仕事」、「チームメンバー像」、そして「自分自身」についてのイメージトレーニングを入念に行っていたという。目の前の課題に対処するだけではなく、数年先に実現させたい「未来のチームの理想的な状態、ワクワクする状態」を解像度高くイメージする。これによって管理職だけがリーダーシップを発揮し、負荷が過重になりすぎる状況が改善され、メンバーそれぞれがリーダーシップを発揮できるようになっていく。その入り口となるのが、こうした状態が実現している具体的なイメージをもつことだ。
「一般に、管理職が先の状態を見据える際に行うのは数値目標を設定することです。1年後には○億円、3年後には○億円達成する、というように。管理職には成果責任がありますから当然です。しかし、数値目標だけでは管理職もメンバーも心躍ることはありません。まずは管理職の方々が自ら心からワクワクできる事業やチームの状態をイメージトレーニングすることが重要です。たとえば、広報部門マネジャーだとすると、管理するウェブサイトのPVによる数値目標だけを期初に考えるという思考を切り替え、担当している仕事がどんな状態になったらワクワクするのかを具体的にイメージします。『管理するサイトが3年後に社会的に絶大な信頼度と多くの読者を獲得し、広告掲載を希望する企業のウェイティングが発生するような状態』といった具合です。このように真に実現させたい状態を思い描き、そのうえで数値目標に換算していきます」(堀尾氏)
「数字だけを追いかけていると管理職は疲弊し、管理職自身のモチベーションが低下してしまいます。管理職のモチベーションが低下しているなかでは、メンバーがモチベーションを高めることはできません。『ワクワクできる』定性的なイメージを描くことは、定量的な目標よりも不確かだと感じるかもしれません。しかし、定量的な数値目標だけでは人はワクワクできないのも事実。まずは自分がワクワクできる状態を思い描くことは、ビジョンを持つということでもあります」(中原氏)
このようにして少し未来の事業・仕事のビジョンを描いた管理職は、次に「メンバーがどう変化すればビジョンを実現できるのか」をイメージする。
前述の広報部門マネジャーの場合であれば、部下Aが「業界で一目置かれるラインナップの記事をどんどん発信できる状態」となり、部下Bが「バズりの専門家として存在感を発揮する状態」といった形で、誰がどの分野でリーダーシップを発揮してほしいかを具体的にイメージする。自分のチーム内で、誰と誰が連携し、どのように貢献してくのか。その解像度を高めて言語化していくことが重要なのだ。
堀尾氏によると、シェアド・リーダーシップを実現している管理職の多くは、さらに自分自身の数年先の未来についても具体的にイメージしていたという。たとえば、先ほどの広報部門のマネジャーであれば、現状は自身が管理職としてサイトのコンテンツ企画でリーダーシップを発揮しているが、数年先には、多くのメンバーがこの分野でリーダーシップを発揮できるようになるとイメージをする。そこで、「コンテンツ企画業務はメンバーに全面的に権限委譲し、自身は中長期的な戦略立案や自社のブランディングでリーダーシップを発揮できるように」と、自分が数年先に今とは異なるどの側面でリーダーシップを発揮していくかを具体的にイメージしていくのだ。
シェアド・リーダーシップの鍵は、管理職特有の”とらわれ”から自由になること
ただし、イメージトレーニングをしたからといって、管理職がすぐにその通りに行動できるとは限らない。堀尾氏は「シェアド・リーダーシップを生み出すにあたって、管理職の多くは自身の心の鎧に邪魔をされがち」だと言う。
「管理職はメンバー時代に大きな成果を残している人が多く、『自分がコントロールできる立場を失いたくない』『これからも自分だけが中心的な役割を果たすリーダーでありたい』という思いにとらわれることがあります。こうした心の鎧に自分自身で気づくことができないと、なかなか行動を変えられなくなってしまうのです」(堀尾氏)
たとえば「メンバーの声にもっと耳を傾ける」という行動改善目標を立てても、実際にメンバーが自分と異なる意見を述べたら、即座に反論する材料を探してしまうかもしれない。自分の考えを変えてメンバーの意見を受け入れると、自分が「できないリーダー」だと思われてしまうのではないかという恐れもあるだろう。
そのため、シェアド・リーダーシップの実現を目指す管理職は、自分の中に古いリーダー像がこびりついていないかを振り返ることも重要なのだという。
「自らで掘り下げていくのは難しい面もあるでしょう。私たちがおすすめしたいのは、いきなり自分自身を掘り下げるのではなく、行動をなかなか変えられない第三者のリーダーを思い浮かべることです。その人に、どんな恐れやとらわれがあるのか、行動をなかなか変えることができない理由を客観的に分析してみることで、自分自身のことも理解しやすくなるのではないでしょうか」(堀尾氏)
中原氏は「管理職が『とらわれ』から解放される必要がある」と話す。
「『私は間違っていない』『私はこれまで頑張って成果を出してきた』といった、管理職特有の”とらわれ”から自由になることが、組織にシェアド・リーダーシップを根付かせる鍵だと考えています。現在はシェアド・リーダーシップを実現している管理職にも、過去には何らかの形でチーム崩壊を経験している人が少なくありません。逆に言えば、そうした状態からでも組織や管理職は変われるということです。シェアド・リーダーシップが発揮される組織への変革を進めていくためには、組織として管理職をサポートしていくことも重要です。堀尾さんと私は、今、シェアド・リーダーシップを実現できる管理職の育成方法についての研究も進めています。また皆さんにお伝えできる機会を楽しみにしています。」(中原氏)

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