ワーク・ライフ・バランスを推進していく中で、近年、政府が重要視しているのが「働き方改革」だ。働き方改革のテーマと、求められるようになった背景について解説する。
ワーク・ライフ・バランスを推進していく中で、近年、政府が重要視しているのが「働き方改革」だ。これまで日本企業が想定してきた「無限定正社員」とは異なるタイプの働き方を増やすため、長時間労働や働き方を見直し、“働く人の目線”で労働生産性を向上させる成長戦略である。事実、旧来の育児・介護の両立といった観点からのワーク・ライフ・バランスという表現は古いものになりつつあり、現在ではワーク・ライフ・バランスの視点を内包した、「働き方改革」といった表現が一般的になっている。
2016年9月に始まった「働き方改革実現会議」では、安倍首相が自ら議長を務め、経団連や連動など同志のトップが参加。初会合の際、長時間労働の是正や同一労働同一賃金、労働生産性の向上など、九つのテーマが提示された。
【「働き方改革実現会議」で提示された九つのテーマ】
九つの改革テーマのうち、「1.同一労働同一賃金など非正規雇用の処遇改善」や「3.時間外労働の上限規制のあり方など長時間労働の是正」は、現在直面している非正規雇用問題や長時間労働問題の解決を目指すものとして大きな注目を集めている。また、中長期的な展開を考えた場合、「4.雇用吸収力の高い産業への転職・再就職支援、人材育成、格差を固定させない教育の問題」「5.テレワーク、副業・兼業といった柔軟な働き方」なども、極めて重要なテーマであると言えよう。これらは現在の雇用社会の大きな変化に対応するために求められるもので、これまでの雇用政策のあり方を根本的に変えようとするものだからだ。
ワーク・ライフ・バランスの実現に、なぜ「働き方改革」が不可欠なのだろうか。働き方改革の前提には大きく三つのポイントがある。まず一つ目は、少子高齢化に伴う「労働力人口」の減少。2015年には1億2660万人であった日本の人口は、2030年には1億1662万人、2040年には1億728万人、2050年には9708万人、そして2060年には8674万人になると推計されている。つまり、これから45年の間に、4000万人近くの人口が減少していくのだ。その中で、15歳から64歳までの「労働力人口」も、2015年には7682万人だったのが、2060年には4418万人へと激減する。一方、65歳以上の高齢者は増え続け、その割合(高齢化率)は2015年の26.8%から2060年には39.9%(75歳以上は26.9%)に達すると推計されている(国立社会保障・人口問題研究所調べ)。
急激に進む高齢化と人口減少(労働力不足)に対応するため、これまで中心的な働き手であった男性正社員だけではなく、非正社員で働くことの多かった女性、若者(フリーター)、高齢者、障がい者などが、その持てる能力・スキルを発揮して働くことが期待されている。
二つ目が、「グローバル化」の深化。グローバル化の浸透により、優秀な外国人の活用が海外だけでなく、国内で事業展開する上でも重要な課題となっている。しかし、優秀な外国人は、特定の企業での長期就労を望まず、賃金もその時点での成果・実績に応じて支払われることを希望することが多いため、長期雇用と年功型賃金を軸とする日本特有の雇用システムは、魅力的に映らない。今後、グローバルに事業を展開していくためには、日本型雇用システムを軸とした働き方を見直していかなくてはならないだろう。
そして三つ目が、情報通知機器(ICT)、人口知能(AI)やロボット技術の急速な発展・進展。現在起きている「第4次産業革命」とは、データ化・ネットワークを通じて、実社会のあらゆる事業・情報が自由にやり取りできるようにすること(IoT)。収集された「ビッグデータ」は、AIを活用して新たな価値を生み、さらにAI自体も自ら学習し、人間を超える高度な判断を持つようになる。また、ロボットも多様・複雑な作業をこなすようになる。このような変化により、産業構造を一変させると同時に、人々の働き方を劇的に変えていくことが予想される。
AIやロボットの技術が進むと、多くの定型的作業は機械に任せた方が効率的になり、そうした作業を人が行うことが少なくなっていく。野村総合研究所が2015年に発表した予測では、これから10~20年のうちに、日本の労働人口の49%がAIやロボットなどで代替可能となるとしている。
これまで、多くの日本の正社員は定期異動・ジョブローテーションの下、職務の限定なしに働いてきた。しかし今後、多くの職務が機械によって代替されるようになると、正社員のやるべき仕事は減り、新しい技術を活用するタイプの仕事や機械が不得手な非定型業務、創造的思考を要する仕事に限られてくるだろう。
職場ではデジタル化がいっそう進行するので、今後求められるのは、データを活用した専門的な仕事ができる社員、あるいは機械に代替されない知的創造性を発揮して仕事をするプロフェッショナル型の社員になってくるのは間違いない。そしてこの変化は、新卒採用にも影響をおよぼすと考えられる。
新規学卒者、特に文科系の出身者はこれまで、「専門技能」を持たなくても「ポテンシャル採用」により、就職活動において大きな支障がなかった。入社後、会社が時間をかけて専門技能を育成してくれたからだ。しかし今後は、専門性を持った社員、プロフェッショナル型の社員が求められるため、会社は人材育成に注力しなくなることが予想される。なぜなら、技術の発達は急速なので、時間をかけて人材を育成しても、習得した技能がすぐに陳腐化するおそれがあるからだ。社内で人材を育成しなくなってくると、必要な人材はその都度、外部から調達することになる。長期的に人材を社内で抱え込む必要性が薄れ、従来のジェネラリスト型の正社員は大きく減っていくことになるだろう。
ICTの発達も、働き方を大きく変える要因だ。近年のWi-Fiや超高速ブロードバンドなどの普及による通信環境の改善、スマートフォンやタブレット、ノートパソコンなど端末機器のコモディティ化などにより、仕事に必要な情報はネット上のクラウドにアクセスすれば、どこでも入手できるようになった。その結果、働く場所を自由に選択できる「テレワーク」(あるいは在宅勤務)という働き方を選択する人が増えている。高齢者、障がい者、地方在住者、あるいは家族の介護や育児に携わっている人がテレワークという働き方を選べば、ワーク・ライフ・バランスの実現だけでなく、その人が働く機会を増やすことにもつながる。会社側から見ても、人材活用の幅が広がることはメリットとなるだろう。
自由な働き方ができるテレワークのメリットは、「自営的就労」という働き方で、よりいっそう活かすことができる。専門性を持った人材やプロフェッショナル型の人材は、ネットワークをとおしたマッチングが比較的容易にできるため、あえて労働契約を結ばず、業務委託ベースで調達した方が、効率的なケースが多い。企業経営が細分化されたプロジェクト単位で展開される場合も同様で、会社には労働法や社会保険の負担がなくなるので、今後、自営的就労者は増えていく可能性がある。特にICTの発達により、自宅で自分の知的創造性を活かして働く人が、これからの社会では主流となるかもしれない。事実、自営的就労者の就労環境を整備する法政策についての議論が、すでに始まっている。
このような背景の下、「働き方改革」実現に向けて政府、企業、そして働く人の取り組みが活発化することが予測される。
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