「ワーク・ライフ・バランス」という言葉が、世の中に定着して久しい。また最近では、ワーク・ライフ・バランスを踏まえたうえでの「働き方改革」が叫ばれ、社会全体で取り組む動きが活発化している。まずは、ワーク・ライフ・バランスの概略について整理してみよう。
少子高齢化、グローバル化が急速に進展する中で、企業が競争力を維持し、成長していくためには、付加価値の高い商品やサービスの創出と、多様な価値観を醸成し、新しいモノを創り出す組織風土に変革していくことが不可欠である。一人ひとりの働き方を見直し、従業員の能力や意欲を高めることで生産性を向上させていく取り組みが、これからの企業経営のあり方として大きな注目を集めているのだ。
特にマネジメントに関しては、これまでの組織に軸を置いたしくみから、個と組織の調和に軸を置いた視点への転換を迫られている。組織全体の創造力を高めていくためにも、働く人々の意欲と能力を高め、一人ひとりがイキイキとコミットできる組織を目指していく必要があり、そのためには経営改革の視点からのワーク・ライフ・バランスへの取り組みが不可欠となっている。
ワーク・ライフ・バランスとは、具体的にどのような状況を指すのか。「次世代育成支援対策推進法」や「育児・介護休業法」などが施行された2000年代後半から、政府関係省庁などがワーク・ライフ・バランスの「定義」を発表している。しかし、必ずしも統一的な見解があるわけではない。共通しているのは、「老若男女すべての人にとって、仕事と仕事以外の諸活動のバランスが取れた状態にあること」、そして「企業とそこで働く者は、協調して生産性の向上に努めつつ、職場の意識や風土改革と合わせ、働き方改革に自主的に取り組むこと」である。
これまで仕事以外の活動では、育児・介護などが代表的なものとして挙げられていた。しかし、多様な価値観、ワークスタイルが求められている現在、自己啓発やボランティア活動など、一人ひとりのニーズによってさまざまな対応を考えていかなくてはならない。さらに、そのバランスは必ずしも50:50ではなく、世代やその人のライフサイクルの中で変わることに留意しなければならない。
いずれにしても、企業のワーク・ライフ・バランスに関する取り組みは、事業規模や業種、組織構成員の属性・雇用形態などによって異なる。個々の企業が自社の実情と課題を把握し、それぞれに適した効果的な進め方を労使で話し合い、実現可能性のある取り組みを推進しなければならない。
【政府報告書によるワーク・ライフ・バランスの「定義」】
内閣府: 「ワーク・ライフ・バランス憲章」(2007年12月) |
国民一人ひとりがやりがいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域社会などにおいても、子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて、多様な生き方が選択・実現できる社会。 |
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内閣府・男女共同参画会議: 「仕事と生活の調和に関する専門調査会」(2007年7月) |
老若男女誰もが、仕事、家庭生活、地域生活、個人の自己啓発など、さまざまな活動について、自ら希望するバランスで展開できる状態。 |
内閣府: 「子どもと家族を応援する日本」重点戦略会議(2007年6月) |
個人が仕事上の責任を果たしつつ、結婚や育児をはじめとする家族形成のほか、介護やキャリア形成、地域活動への参加など、個人や多様なライフスタイルの家族がライフステージに応じた希望を実現できるようにすること。 |
厚生労働省: 「仕事と生活の調和に関する検討会議」(2004年6月) |
個々の働く者が、職業生涯の各段階において自らの選択により「仕事活動」と家庭・地域・学習などの「仕事以外の活動」をさまざまに組み合わせ、バランスの取れた働き方を安心・納得して選択していけるようにすること。 |
国内外における企業間競争の激化やコスト削減、リストラの実施などにより、正社員以外の従業員が増えると同時に、一人ひとりに対してより高い成果や付加価値が求められるようになった。その結果、正社員の労働時間は高止まりの状態となり、特に男性の30代・40代など、一部の従業員の労働時間が長くなる傾向が強まっている。各種調査からも、こうした人々の多くは仕事や生活全般に対する満足度が低い傾向にあることがわかる。長時間労働による疲労の蓄積は働く人を疲弊させ、健康障害やメンタルヘルス不調へとつながっていく。また、モラル低下やコミュニケーション不足、仕事上のミスの増加など、さまざまな弊害をもたらす。このようなマイナス要因を取り除くために、ワーク・ライフ・バランスを意識した取り組みが、企業の経営課題としてクローズアップされているのだ。
代表的な例としては、「業務の進め方を見直す」「時間制約の中でメリハリのある働き方に努める」「育児・介護を必要とする人が継続して働き続けることができるよう、制度・風土を整える」などが挙げられる。これらのワーク・ライフ・バランスに関する支援は従業員の生活を充実させ、仕事の生産性を高めるなど、個人と企業双方にとって、Win-Winの関係を築く上で大きな役割を果たす。
【ワーク・ライフ・バランスで期待される効果】
ワーク・ライフ・バランスを推し進めることで優秀な人材を獲得し、定着させることができれば、業績アップや組織の競争力の向上が期待できる。つまり、企業にとってワーク・ライフ・バランスは「コスト」ではなく、将来への「投資」であり、長期的な成長・発展へとつながることを忘れてはならない。
内閣府では、「ワーク・ライフ・バランス憲章」で示した「仕事と生活の調和が実現した社会」を創出するため、企業や働く者、国民の効果的な取り組み、国や地方公共団体の施策の方針を定めている。その中で、「仕事と生活の調和が実現した社会」として示された三つの姿(就労による経済的自立が可能な社会、健康で豊かな生活のための時間が確保できる社会、多様な働き方・生き方が選択できる社会)を実現するために、必要となる「行動指針」を設けている。
【仕事と生活の調和のための行動指針】
1.就労による経済的自立が可能な社会 |
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2.健康で豊かな生活のための時間が確保できる社会 |
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3.多様な働き方・生き方が選択できる社会 |
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さらに、「仕事と生活の調和した社会」の創出に向けた目標を定め、政策によって一定の影響をおよぼすことができる項目(数値目標設定指標)について、「数値目標」を設定している。この数値目標は、社会全体として達成することを目指す目標であり、個人や企業に課されるものではないが、取り組みを進める際の一つの“目安”として捉えることができるだろう。なお、2020年の目標値は、取り組みが進んだ場合に達成される水準(個人の希望が実現した場合を想定して推計した水準、または施策の推進によって現状値や過去の傾向を押し上げた場合を想定して推計した水準など)を設定している。
【仕事と生活の調和のための行動指針】
数値目標設定指標 | 現状(直近の値) | 2020年 |
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1.就労による経済的自立が可能な社会 | ||
就業率 | 20~64歳 76.4% | 80% |
15歳以上 56.9% | 57% | |
20~34歳 75.4% | 77% | |
25~44歳女性 69.5% | 73% | |
60~64歳 58.9% | 63% | |
時間あたり労働生産性の伸び率 | 1.2%(2004~2013年度の10年間平均) | 実質GDP成長率に関する目標(2%を上回る水準)より高い水準 |
フリーターの数 | 約182万人(2003年にピークの217万人) | 124万人(ピーク時比で約半減) |
2.健康で豊かな生活のための時間が確保できる社会 | ||
労働時間などの課題について労使が話し合いの機会を設けている割合 | 60.6% | すべての企業で実施 |
週労働時間60時間以上の雇用者の割合 | 8.8% | 10.0%(2008年)から5割減 |
年次有給休暇取得率 | 48.8% | 70% |
メンタルヘルスケアに関する措置を受けられる職場の割合 | 60.7% | 100% |
3.多様な働き方・生き方が選択できる社会 | ||
短時間勤務を選択できる事業所の割合(短時間正社員制度など) | 20.1%以下 | 29% |
自己啓発を行っている労働者の割合 | 44.3%(正社員) 17.3%(非正社員) |
70%(正社員) 50%(非正社員) |
第一子出産前後の女性の継続就業率 | 38.8% | 55% |
保育などの子育てサービスを提供している割合 | 保育サービス(3歳未満児)27.3% 放課後児童クラブ(小学1~3年)25.3% |
44%(2017年度) 40%(2017年度) |
男性の育児休業取得率 | 2.30% | 13% |
6歳未満の子どもを持つ夫の育児・家事関連時間 | 1日あたり67分 | 1日あたり2時間30分 |
*直近の値は2015年1月のもの(内閣府資料より)
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