報酬制度の実際
(1)報酬体系
報酬は「月例給与」「賞与」「退職金」から構成される

報酬制度として、会社が従業員に対して支給する報酬は「月例給与」「賞与」「退職金」がある。これら報酬の全体像を示し、その構成要素を示したものを「報酬体系」という。
月例給与 | 毎月支給される報酬で、「賃金」とも呼ばれる。従業員の生活費の基礎となる性格を持ち、労働基準法の「賃金支払いの5原則」の下、毎月1回以上、一定の期日に支給しなくてはならない |
---|---|
賞与 | 企業の業績に応じて支給される報酬で、「ボーナス」とも呼ばれる。年2回支給されるのが一般的だ。成果配分としての性格が強いため、企業の業績や個人の評価に応じて、支給額が変動することがある |
退職金 | 退職時に支給される報酬。功労報奨としての性格が強く、また法定された制度ではないため、退職金を支給しなくても違法ではない。最近では、退職金制度を廃止する企業が増加傾向にある |
(2)基本給・昇給のしくみ
基本給の構成要素と決定方法
「基本給」は、「年齢」「勤続年数」「学歴」など属人的な要素で決まる「属人給(年齢給)」と、能力や仕事内容、業績・成果などの要素で決まる「仕事給」(職能給、職務給、役割給など)で構成される。基本給を決定するときには、以下の三つの方法がある。
給与表方式 | 年齢や等級・経験年数(号俸)ごとに支給額を定めた「給与表」によって、基本給を決定する |
---|---|
昇給方式 | 前年度の基本給に、今年度の昇給額を加算して(あるいは昇給率を乗じて)決定する |
洗い替え方式 | 前年度の基本給に関係なく、毎年、職務や能力レベルに応じて、新たに基本給を決定する |
定期昇給・ベースアップ・人件費の関係
「昇給」のしくみについて言うと、「給与表」を用いて基本給を決定する場合、各年の昇給は「定期昇給」と「ベースアップ」に分けられる。
定期昇給 | 従業員一人ひとりが1歳年を取ることにより、給与表にもとづき、自動的に行われる昇給のこと。経験の積み重ねなどによって労働力の価値が高まるので、労働の対価として賃金を引き上げる必要がある。また、年齢の上昇にともない、生計費が増加することなどが、定期昇給を実施する主な主旨である |
---|---|
ベースアップ | 給与水準を引き上げるため、給与表全体を書き換えることによって生じる昇給のこと。ベアを実施する最大の要因は物価の上昇である。また、生産性の向上も要因の一つである |
このとき、会社組織の人員構成で、従業員の構成年齢がフラットである(入社者と退職者が同数)と仮定した場合、定期昇給だけを行っている限りは、従業員一人ひとりが受け取る給与は増えても、全従業員が支払っている給与の総額は増えない。つまり、人件費を増やさないようにするためには、ベースアップを抑えておけばいい、ということである。このような定期昇給とベースアップと人件費の関係に着目することは、昇給管理の基本的な考え方である。
(3)諸手当
近年は、家族手当など、廃止・縮小の方向に
手当は、給与において基本給のほかに諸費用として支払われる賃金である。支給基準を満たす従業員に対して、基本給に上乗せする形で支給する。支給基準を各手当の支給目的に照らして明確に定め、社員の間に周知徹底することが大切である。しかし、近年では職務や能力の違いは、手当ではなく基本給の金額差で反映されるべき、との考え方が強くなっており、現在では必要性が薄くなった手当も少なくない。厚生労働省など各種調査を見ても、手当は縮小・廃止される傾向にある。特に、夫の妻に対する家族手当(扶養手当・配偶者手当)は、女性の社会進出を阻む一因であるという見方もあり、多くの企業で見直しが行われている。代表的な手当には、以下のようなものがある。
定期昇給 | 等級手当(資格手当) | 在級する等級(資格)に応じて、一定額を支給するもの。従業員に対して、昇格することのインセンティブを与える |
---|---|---|
役職手当(職位手当) | 役職(職位)に応じて、一定額を支給するもの。管理職に対する役職手当には、時間外賃金を支給しない分の“補てん”的な意味が含まれる | |
特殊勤務手当 | 標準作業とは異なる特殊な作業環境で勤務する従業員に対して、一定額を支給するもの | |
生活関連手当 | 家族手当(扶養手当) | 家族を持つ従業員は、単身時代(単身者)と比べて生活費がかかる。そうした生活費の増加を補てんするため、扶養家族の人数などに応じて、一定額を支給するもの。なお、家族手当は住宅手当、単身手当、通勤手当などと同様、時間外労働割増賃金の算定基礎から外すことができる |
住宅手当(家賃補助) | 従業員の住宅費用を補助する目的として、世帯主として住居を保有する従業員、あるいは貸家に入居する従業員に対する家賃の補助として、一定額を支給するもの | |
単身手当(別居手当) | 単身赴任や転勤などにより、家族と別居生活を強いられる従業員に対して、二重生活にともなってかかる費用を補てんするために、一定額を支給するもの | |
地域手当(勤務地手当) | 大都市への勤務など、勤務する地域による生活費の差額を補てんするため、一定額を支給するもの | |
寒冷地手当 | 寒冷地へ勤務する従業員に対して、冬季にかかる光熱費を補てんするために、一定額を支給するもの | |
その他手当 | 通勤手当 | 通勤に要する交通定期代、ガソリン代などの実費を、手当として支給するもの。法的に義務付けられているものではない。また、一定の範囲内までは、非課税となる |
精皆勤手当 | 従業員の出勤奨励を目的として、勤怠計算期間中、欠勤のない従業員、または欠勤・遅刻・早退が一定回数未満の従業員に対して、一定額を支給するもの | |
調整手当 | 特別な理由により、個別に支給されるもの。例えば、転職前の給与額と比較し、総額給与の調整が必要な場合に設けられる |
(4)賞与
法的には支給の規定はないが、月例給与の1.0~3.0ヵ月分、年間賃金に占める割合は10~30%が多い
毎月の給与は、労働の対価、生計費の保障という性格を持っている。それに対して賞与(ボーナス・一時金)は、成果配分、業績還元という性格が強い。そのため、労働基準法は賞与の支給について、特に規定していない。賞与を支払うかどうか、支払う場合は年何回いつ支払うか、一人にいくら(何ヵ月分)支払うか、といったことはあくまで会社の自由である。
日本ではほとんどの企業が月例給与とは別に、年2~3回、会社の業績に応じて賞与を支給している。年2回の場合、6月に「夏季賞与」、12月に「冬季賞与(年末賞与)」を、年3回の場合はそれに加えて年度終了時に「決算賞与」をそれぞれ支給する。近年の状況を見ると、1回につき、おおよそ月例給与の1.0~3.0ヵ月分が支給され、年間賃金に占める割合は10~30%を占めており、相応の報酬額となっている。
支給原資の決め方
賞与は、成果配分・業績還元という性格を持つため、支給原資の全部または一部を、当該期間における経営上の成果・業績とリンクさせて決めるのが合理的である。具体的には、以下のような方法がある。
売上リンク方式 | 支給原資の全部または一部を、売上にリンクさせて決定する方法。売上は会社経営の原点であり、また従業員にとって最も分かりやすい経営指標である。業績指標としてふさわしいものであるが、売上が多くても利益が少ないときは、支給原資が多くなってしまうという問題が生じる |
---|---|
付加価値リンク方式 | 会社は、原材料などを仕入れ、加工するなどして一定の付加価値を付け、販売する。その際、売上から仕入代金を差し引いたものを「付加価値」という。この付加価値とリンクさせて支給原資を決めることも、合理的である |
利益リンク方式 | 粗利益、営業利益、経常利益、純利益など、「利益」となる指標とリンクさせて、支給原資の全部または一部を決めるというもの。会社経営は、利益を出さなくてはやっていけない。その点からも、利益とリンクさせて支給原資を決めることは、極めて合理的と言える。ただ、業種によっては、利益の計算が必ずしも簡単ではないという問題もある |
個人別の支給額算定方式
賞与の支給については、賞与の計算期間中、従業員一人ひとりの勤務成績を公正に評価し、その評価結果を支給額に反映させることが大切である。個人別の算定方式には、以下のようなものがある。
基礎給×支給月数×出勤率 | 基礎給(基本給もしくは基準内賃金の全部または一部)に、支給月数と出勤率を掛けることによって、各人の支給額を算定する方式 |
---|---|
基礎給×支給月数×出勤率+人事考課分 | 基礎給に支給月数と出勤率を掛けた額に、人事考課分を上乗せする方式。全社員に一定月数分が一律に支給されるほか、人事考課分が上積みされるところに特徴がある。多くの企業がこの算定方式を取っている |
基礎給×支給月数×出勤率+定額(定率)加算 | 基礎給に支給月数と出勤率を掛けた額に、定額分あるいは定率分を加算する方式。定額・定率分は、年齢、勤続年数、資格等級、職務内容などを勘案して決められる |
基礎給×支給月数×出勤率+人事考課分+定額(定率)加算 | 基礎給に支給月数と出勤率を掛けた額に、人事考課分と定額分(定率分)を上積み加算する方式。この算定方式は、全員に一定の支給月数を支給することで安心感と公平感を与えるほか、人事考課分を加算することで成績の良かった従業員に報いることができる、資格等級や職務の内容などに配慮できるといった特徴があり、合理的である |
基礎給×支給月数×出勤率×人事考課係数 | 基礎給に支給月数と出勤率を掛けた額に人事考課の係数を掛けることによって、各人の最終的な支給額を算定する方式。人事考課係数は、計算期間中の人事考課に応じ、相応の幅を持たせるのが一般的である(例:S評価1.4⇔D評価0.8)。この方式を取る企業も多い |
基礎給×支給月数×出勤率×人事考課係数+定額(定率)加算 | 基礎給に支給月数と出勤率を掛けた額に人事考課係数を掛けたものに、さらに定額あるいは定率分を加算する方式 |
賞与制度を設計する際のポイント
賞与を支給する際には、その取扱基準を「就業規則」などで明確に定めておく必要がある。以下に、賞与制度を設計する際のポイントを記しておく。
支給時期と回数 | まず、支給時期と支給回数を決める。一般的には、夏と年末の年2回が多いが、このほかに、決算が確定した段階で決算賞与を支給する会社もある |
---|---|
計算期間・支給日 | 給与と同じように、賞与についても計算期間を決める。賞与は労働の対価ではないため、支給日と計算期間を必ずしも近接させる必要はないが、労働意欲の面から判断し、あまり離れているのは問題である。できる限り早く従業員に成果を還元するという観点から、支給日を決定するのが望ましい |
支給対象者 | 一定期間、相応に働かないと業績に貢献することは難しい。このため、支給対象とするのは計算期間の出勤日数を2分の1、あるいは3分の2以上の従業員に対して行う、というケースが多い |
欠勤控除 | 欠勤控除については、支給額に出勤率を乗じるという方法が広く採用されている。このほか、出勤日数に応じた控除率を設定する方法もある |
支給日在籍者条項 | 賞与の計算期間の全部または一部に勤務していても、支給日に在籍していない者に賞与を支給するかしないかは、会社の自由である。必ず支給しなければならない、という法律はない。なお、会社都合退職者や定年退職者の場合は、支給日に在籍していなくても支給することが求められる |
中途採用者、新卒者の扱い | 中途採用者、新卒者で勤務日数が計算期間に満たない従業員に対しては、以下のような扱いが考えられるが、一般的には1)を採用するケースが多い 1)一般の従業員と同じ基準を適用し、勤続期間、出勤割合などに応じて支給する 2)一般社員とは別建ての支給率を適用する 3)定額を支給する(金一封) |
(5)退職金
退職金の持つ意味
従業員の退職に際して、会社が支給する報酬が退職金である。賃金の後払いであり、終身雇用制度を基調とした日本企業では、広く行きわたっている制度である。「従業員の在職に対して慰労金として支給する」「従業員の退職後の生活保障のために支給する」「在籍年数に応じて退職金が高くなるようにして、従業員が長く勤務するインセンティブを与える」など、さまざまな意味を持っている。ただ、特に法律で定められたものではなく、退職金制度がなくても違法ではない。また、人材の流動化が進んだ近年では、退職金制度を導入していない、あるいは廃止する企業が増えている。
退職金の算定方式
退職金の算定には、以下のような方式がある。
基礎給×支給率 | 退職時の本人の基礎給に、勤続年数別の支給率を掛けることによって退職金を算出するもの。最も一般的な方式である。基礎給としては、「基本給」「基本給に一定率を乗じた額」「基本給に一部の手当を加算させたもの」「基準内賃金(通勤手当を除く)」「基準内賃金に一定率を乗じた額」などがあるが、基本給の全部あるいは一部が基礎給と使用されるケースが多い。基本給(基準内賃金)が退職金算定の基礎となっているため、定期昇給やベースアップによって賃金がアップすると自動的に退職金にはね返り、会社の退職金負担が重くなる問題がある |
---|---|
別テーブル×支給率 | 退職金算定用のために特別の賃金表を作成し、それに勤続年数別支給率を掛ける方式。退職金算定表は、資格等級や年連などを基準として作成する。この方式の場合、定期昇給やベースアップがあっても、その影響が退職金に及ぶことはない |
定額方式 | 勤続年数などを基準として、退職金を事前に決めておく方式。シンプルで分かりやすい反面、「何を基準とするかを決めるのが難しい」「本人の能力や業績が反映されにくい」などの問題点がある |
ポイント方式(点数方式) | 「ポイント(点数)×単価」という算定式で、退職金を算出する方式。資格等級別に在籍1年あたりのポイントを決めておき、どの資格に何年在籍していたかを元にして、累積ポイント(合計点数)を決め、累積ポイントに単価を掛けるというやり方だ。ポイント方式は、退職金制度に能力・実績主義が反映できる、従業員の昇格意欲を刺激して社内の活性化が図れる、定期昇給・ベースアップの影響を排除できる、などのメリットがある |
(6)企業年金
さまざまなメリットがある中、運用が悪化し、見直し・廃止する企業が出てきた
企業年金とは、国から支給される公的年金と同様、企業が従業員に対して一定期間にわたり、一定の給付額を支給するしくみのことである。企業側からすると「退職金に必要な資金を計画的に積み立てられる」「年金の掛金を損金として処理できるので節税効果がある」などのメリットがあり、従業員側からも「退職金・年金を金融機関から確実に受け取ることができる」「退職金を分割払いで受け取ることができる」といったメリットがある。事実、企業年金を導入している企業の多くは、退職金の全部または一部を年金として、外部金融機関に積み立てる形を採用している。退職時には、退職金から企業年金として受け取る金額を差し引いた「残額」が、会社から支給される。
しかし、バブル経済が崩壊した後、企業年金の運用が悪化し、約束した利息を確保できないケースが出てきた。その結果、本来必要な年金の資金がきちんと準備されない企業が出現したため、当初の企業年金を見直したり、廃止したりするなどして、現在のような新しい企業年金の形態が形作られていった。
企業年金の種類
現在、主な企業年金には、以下のような種類がある。
確定給付企業年金 | 事前に年金の給付額を決めて、その給付に必要な資金を企業が金融機関に積み立てる方法。原則、給付額を下げることはできないので、年金支払いに必要な資金の積み立て不足が起きた場合、企業側が補てんしなければならない |
---|---|
確定拠出年金 | 企業が従業員に一定額の掛金を拠出し、各人がそれを運用し、退職時までに積み立てた拠出金と運用収益の合計を、年金として受給する方法。運用の結果次第で、将来受け取る年金額が増減する |
ハイブリッド型企業年金 | 混合型年金制度とも呼ばれ、確定給付企業年金と確定拠出年金の両方の特徴を併せ持った方法。金利によって給付額が変動する可能性はあるが、運用リスクに関しては企業が担う |
厚生年金基金 | 企業や業界団体などによって設立された基金が、厚生年金保険の一部を国に代わって行い、上乗せ給付を行う方法 |