新入社員教育(研修)の実務:近年の取り組み例

1)「グローバル人材育成」が急務の課題、新人の「即戦力化」を狙う
新技術・サービスを考え、役員の前でプレゼンを行わせる
大手電機メーカーA社では、新入社員を「即戦力」に育成する研修に力を入れている。役員に対して新しい技術やサービスをプレゼンテーションする機会を与えるほか、新人を受け入れる側の現場の上司にも、育成のために必要な各人の細かな情報を伝える仕組みを導入した。このような即戦力化対策を新人に対して行うのも、欧米やアジア系企業との競争に勝てるグローバル人材を、早期の段階から育成する必要性があるからだ。

A社では以前から、役員の前で社員が新技術やサービスについて発表する「発表会」を継続的に行っているが、入社1年目の新入社員を、毎年秋に実施する研修の一環として参加させることにした。新入社員は先輩社員のサポートを受けながら、3ヵ月かけて新技術・サービスの構想を練る。テーマは架空のものではなく、現実性があることが条件。これが良い意味で、新入社員への刺激となる。期待を背負った新入社員は「発表会」に向けて、関連部署の先輩社員にアポイントメントを取り付けてヒアリングに行くなど、自ら行動を起こし、当日の役員からの厳しい質問にも答えられるように準備を行う。講義などの受け身の研修にはない厳しさがあるが、一方で、自分のアイデアが実際に製品化されるケースもある。こうした機会が新人に、もっと大きな仕事にチャレンジしたいという意欲を促すことになる。
グローバル人材育成には早期からの取り組みが欠かせないとの認識から、A社の新人研修は入社前の内定時から始まっている。例えば、「貧困国ビジネス」「Iot」など、時事問題をテーマに定期的にメールを送り、各自が考えをまとめるように促している。入社後も、年間150時間の英語のeラーニングを課すとともに、工場や販売店での実習も体験させることで、ビジネスに必要不可欠な要素を入社1年目からの段階で植え付けていく。
現場に新人の情報を与え、人材育成のスピードアップを図る
A社では、新人を受け入れる部署への支援も手厚く行っている。人事部が新人一人ひとりを分析し、人材育成に役立つ情報を現場に提供する。例えば、技術スキルに関する「アドバイスシート」。入社前に新人全員に試験を実施し、その結果を分析したものである。同じ理系社員でも、どの分野が得意なのか、実際に設計した経験があるのかといった分析結果を、一覧表にまとめている。配属先の上司が新人の能力を引き出す仕事は何かを考える際に、活用されている。
また、「性格診断」も実施している。新人といっても、タイプはさまざま。新分野を切り開く「チャレンジ型」なのか、技術を丁寧に作り込む「職人型」なのか、いくつかのタイプに分類。事前情報として提供することで、人材育成のスピードアップを図っている。
海外企業を見ると、若くしてビジネススクールに派遣するなど、グローバルなビジネス感覚を養おうとするケースは多い。海外のグローバル人材に対抗するには、早い段階から海外企業と伍していくだけの、ビジネスにおける“スキル&タフネス”を養っていく必要があるからだ。A社でも今後は真のグローバル人材を育成することを目的に、2年目以降の研修にもさらに強化を図り、経営感覚を養うための研修に重点を置いていくという。
10月(内定)~ |
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4月(入社)~ |
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夏~ |
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秋~ |
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冬~ |
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2年目以降~ |
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2)「企業シミュレーションゲーム」を活用、ビジネスや企業の仕組みの理解促進を図る
自社にカスタマイズした仕様で、研修効果を高める
OA機器販売のB社では、導入研修に「企業シミュレーションゲーム」を取り入れた。外部が開発した教育プログラムだが、自社業務に即した内容を中心に再構成し、興味・関心の湧く「体験学習」を通じて、新入社員にビジネスや企業の仕組みを理解させている。

「企業シミュレーションゲーム」を導入したのは、座学を中心とした一方通行の教育ではなく、体験する教育によって、より大きな効果と新入社員の意識改革を実現することにある。以前は禅寺での研修やサバイバルゲームなど、主に精神修養型の研修を行っていたが、それを徐々に変化させ、ビジネスマナーや会社研究、そして「企業シミュレーションゲーム」を柱とする現在の形に変えていった。
今回実施する「企業シミュレーションゲーム」は、架空の製品を製造・販売する会社を想定し、参加者となる新入社員がその会社の社員となって、リアルなビジネスを進めていく。ここでは会社の仕組み、仕事の仕組み、チームワークの重要性を、体験するプロセスの中で理解していくことを目的としている。そして、最終的に決算を出し、企業としての利益追求の意味と重要性を認識するというステップをたどる。
- 会社の所在地の地図作成
- 会社への電話、訪問、商談
- 製品の作成、納品
- 製品の損益掲載
※10人を上限としたグループワークで進行
また、この「企業シミュレーションゲーム」の特徴として、各企業のポイントや実情に柔軟に対応できる点がある。そこでB社は、以下のような点に関して、変更を行った。
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期間の延長
「企業シミュレーションゲーム」の期間を、1日から2日に延長した。より細かなカリキュラムとした方がリアルを追求でき、効果的だと判断した -
業務に合わせた構成
4部構成の比重について、当初は第3部の製品の作成・納品に重点を置いて、時間を割こうとした。しかし、B社の場合、実際には新入社員のほとんどが営業職に就く。そこで第2部の会社への電話、訪問、商談という営業行為の重要なプロセスであるアポイントメントに重点を置くことが重要だと判断、ここに8時間以上を割くことにした
このようにして、外部の教育プログラムを活用しながらも、B社の教育の特徴や狙いを強く反映した「企業シミュレーションゲーム」のカリキュラムが完成した。
グループ内の連帯感が強化され、チームワーク理解につながる
従来の一方通行の講義と比較すると、参加者の目の輝きや熱意は格段に高くなっていた。実際、新入社員からの反響は予想以上に大きく、これまでとは当事者意識が明らかに違っていた。以前は意欲の感じられない者に対して、その場でさりげなく注意を促していたが、そうした者も全く見られなかったという。
研修では、それぞれのプロセスでグループごとに点数が積み上げられ、グループ間で得点を競い合う。そのため、他のグループに対するライバル意識が生まれ、自然とグループ内の連帯感も強くなり、チームワークの重要性を理解するという効果につながっている。とはいえ、人事部では、点数自体は重要視していない。たとえ最下位であっても、気づいたものが多いことが何よりも大切だと考えて、評価しているからだ。
なお、「企業シミュレーションゲーム」では参加者の人間性も強く表れるという特徴がある。そのことによる評価は行わないが、こうした特性が配属の際の参考になることは十分あるという。今後はさらに内容を検討し、活用の方向を充実させていく考えである。
3)「内定時」から社会人意識を醸成、入社1年後の独り立ちに備える
10月から3月まで、内定者に対して社会人の基本を徹底して学ばせる
食品販売C社では、新入社員の教育体制を大幅に見直した。10月の内定式後から3月までの半年間を内定者の「教育期間」とし、通信教育と合宿で社会人としての基本を徹底的に学ばせる方向へと大きく転換したのだ。
新入社員は入社から1年間、マンツーマン体制でOJTの指導を受ける。指導を担当する社員はコーチングを学んでいる。また、新入社員のメンター役となる社員は、入社10年前後の中堅社員から選抜される。新入社員教育の期間は、内定期間を含め、実に18ヵ月に及ぶ。
内定期間→教育期間 | 試用期間 | 育成期間 | |
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10月~翌年3月 | 4月~6月 | 7月~9月 | 10月~3月 |
●社会人としての基本知識の習得
| ●基本知識・スキルの習得
| ●基本知識・スキルの実践
| ●担当を持ち、知識・スキルを発揮しながら、業務を遂行する
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C社が長い期間をかけて新人を育成する理由は、C社のほとんどの社員が営業職を担当するため。入社した10月には自分の担当を持ち、一人前の営業職としてお客さまを訪問し、商談をまとめなくてはならない。当然、社会人としての基本をそれまでに習得しておかなければ、現場に送り込むことができない。また、業界を取り巻く環境が厳しく、営業力の高い社員を育成することは、大きな経営課題ともなっている。そのための重要な施策が、「内定時」から社会人意識を醸成させ、入社1年後の独り立ちに備える新入社員教育なのである。
基本能力を3点に絞り、施策を展開する
10月からの内定者教育に関しては、まず社会人としての身に付けておくべき基本能力として、以下の三つを目標としている。
- 社会人としての基本知識の習得
- 学生から社会人へのマインドチェンジ
- パソコンスキルの習得
具体的に取り入れている施策は、下記の3点。内定者には、どれも仕事をするために必要かつ重要なスキルであると、その目的を明確に伝えている。これらの基本を学生のうちにしっかりと身に付けなければ、4月から苦労するのは自分だということを強く言い聞かせている。そのため内定者の取り組み状況は良好で、パソコンスキルのテストでは、前年の平均点を大幅にアップした。
1.内定者用のSNSをWeb上に開設 | 内定式以降に、専用のSNSをWeb上に開設。内定者同士の交流を促すとともに、人事担当者からの連絡事項などを発信する |
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2.通信教育の受講 | 社会人としての心構えやビジネスマナー、基本行動などに関して通信教育を受講させる。Webでも課題提出を促す |
3.パソコンスキルの向上 | エクセル、パワーポイント、ワードの教材を12月に配布。3月の入社前にテストを実施し、習得度合いを確認する |
その他、入社を間近に控えた3月上旬と、入社後の4月にそれぞれ1週間かけて、入社前・入社時研修(合宿)を実施する。研修カリキュラムは、朝9時から夜7時まで、綿密に組まれている。3月の入社前研修では、ビジネスマナーやパソコンスキル、社会人としての心構えなど、それまで通信教育で個別に学習してきたビジネスの基本を、改めて集合研修で学べるように構成した。また、入社前研修の中盤に、1年上の先輩社員との合同プログラムを実施している。先輩社員にとっては、1年前の自分の姿を見ることで、初心を思い出すきっかけとなる。また、内定者は先輩社員の姿を見ることで、1年後の自分のあるべき姿を確認することもできる。内定者と1年上の先輩社員の研修を同時に行うことは、双方にとって良い刺激となっている。
4月以降の入社時の合宿研修では、各部門の役割について、商品、サービス、品質など、実務に踏み込んだ内容を中心にカリキュラムを構成し、内定時期と入社後で教育内容の差別化を図っている。その後、7月以降はそれまでに身に付けた知識・スキルをOJTで実践し、10月には晴れて担当を持ち、一人前の営業職として業務を遂行する、という流れである。その間、フォローアップ研修、ステップアップ研修を実施し、入社1年後の独り立ちを全社的に支えていく。
このような一連の取り組みは、早くもさまざまな形で成果となって表れている。配属先からは、今年の新入社員は明るく、ビジネスの基本マナー、基本行動ができているなど、例年と比べて非常に評価が高い。「鉄は熱いうちに打て」の格言にあるように、内定時からのきめ細かな教育・研修が、新入社員の戦力化に寄与することは間違いないようだ。