コンプライアンスの実務(2)制度・施策
1)基本方針(社内ルール)の策定
社内ルールを作る目的を明確にした上で、問題や改善点を的確につかむ
会社組織を規律するために基本方針(社内ルール)の策定が、コンプライアンス体制作りの出発点となる。その際、「法規範」も含めて自社のルールとして位置付けることが有用である。コンプライアンス体制に向けた企業の具体的な行動につながるからだ。
基本方針の策定については、形式や方法に規制があるわけではなく、就業規則や倫理規定のようなオフィシャルな社内ルールから、ガイドラインやパンフレットのような冊子、社長訓示など、さまざまな形がある。どのような形にするかは、そのルールの重要性や内容によるが、重要なのは社内ルールを作る目的を明確にさせることである。
他社を参考にするのはいいが、コンプライアンスの取り組みは各企業によって異なるので、他社の規程類を引き写しただけで完成するものではない。重要なのは、自社で問題なのは何か、何を改善しなくてはならないかを的確につかむこと。数多くある法令の中でも、自社として特に注意して遵守する領域や分野、業務上のリスク・課題を明らかにし、それに対してどのような「方針」での臨むかを、明確にしていくことが大切だ。
当然のことながら、社内ルールのテーマを選択する場合、関連する法律や業界の自主規制などの内容を事前に調査することが必要だ。その内容を十分に分析・検討し、必要な事項をピックアップしていく。特に、ありがちな問題、間違いやすい問題、実務的に問題とされやすいリスクの高いテーマなどに絞って、重点項目を挙げていくことだ。また、自社内だけでは重要なポイントを見落としてしまうことがあるので、専門家の意見や同業他社など、外部の取り扱いも参考した方がいいだろう。
2)社内規定の作り方
正しい手順を踏んだ上で、従業員に対して分かりやすく、明確に規定する
一般的に社内規程の策定は、以下のような手順で行われる。まず、特定の社内規程を制定するための「基本方針」を決める。参考資料・関連情報を収集し、項目を選定し、担当者が起案する。それをベースにして、法律の専門家や関連部署の意見などを聴き、社内で検討作業を行う。集まった意見を参考に練り直しを行い、文章を修正する。このような作業を経て、取締役会に上程し、取締役会決議(取締役会から授権された機関による決定)を受けて、正式決定となる。その後、代表取締役など経営トップから公表され、実施に移っていく。
社内規程を作成する場合は、適用範囲を明らかにして、従業員に対して分かりやすく明確に示す必要がある。それぞれの項目において、どういう場合にどういう結論になるのかを想定して定めることで、実効性を伴う社内規程が完成するのだ。
1.社内規程制定の「基本方針」の決定 |
2.社内規程作成の「担当者」の選定 |
3.参考資料・関連情報の収集 |
4.項目選定と起案 |
5.関連部署・現場従業員、法律専門家などからの「意見聴取・検討作業」 |
6.訂正作業(練り直し・文集の修正など) |
7.「取締役会」への上程・決議(取締役会から授権された機関による決定) |
8.経営トップなどによる公表 |
3)企業倫理規定のあり方
従業員に対するモラルアップへの行動指針となる
企業倫理に関する社内でのルールの定め方については、確定した基準があるわけではないが、何らかの規程にまとめておくのが分かりやすいだろう。社是などは創業者やオーナー社長の意向が反映しやすく、シンプルで抽象的なものでも構わないが、企業倫理は取締役会で決定し、組織として決定したことを明確にし、ルールの詳細な手続き・要件にも踏み込んでいくべきだろう。その上で、従業員に対してはガイドラインやマニュアルを渡すなどして、企業倫理を遵守しやすいようにすることだ。
具体的な倫理規範を定めることは、従業員に対して倫理的な行動を取るように求める基盤となる。抽象的な精神論を説く社訓・社是とは意味合いが異なり、企業倫理規定ではかなり細かく具体的な問題について、遵守すべき行動規範を定めることも必要だ。
企業倫理規定の存在は従業員の間においても、倫理の問題を継続的に考え、議論する契機となり、モラルアップへとつながる。そうした点においても、規律正しい企業風土を醸成するために役立つだろう。
4)研修・教育の企画と実施
反復継続して行うことにより、コンプライアンスを重視する職場風土が形成される

社内ルールが確立されても、従業員に周知・徹底されていなければ意味がない。特に、コンプライアンス問題については、ちょっとした気の迷い、油断から誤った行動に出てしまうおそれがある。また、利益至上主義など、コンプライアンスを軽視するような組織風土、企業体質があると、改めるのは容易ではない。「皆がやっている」「どうせ見つからないだろう」などの理由から、不正・不当な行動を是認してしまうケースもある。悪い要因や心理は、放置しておくとエスカレートする危険性をはらんでいるのだ。
このような事態を防止し、日ごろから社内ルールに対する考え方を確立するために、継続的な研修・教育を行っていく必要がある。研修によって問題意識を喚起し、時に意識改革を迫ることで、組織内における高い倫理観・モラルの構築を図ることが重要だ。
ただ、教育・研修プログラムで、コンプライアンスの知識を得ることができても、その重要性が腹落ちしなくては、なかなか行動に移せない。そのためには、理解から納得のレベルにまで引き上げ、倫理的な規範に根付いた行動ができるような人材の育成をはじめ、そうした意識改革を組織内部で徹底できるかが問題だ。例えば職場単位では、職場内のコミュニケーションを強化するために、ワークショップや対話型の研修が有効だろう。ここではコンプライアンスに関して身近なテーマを選択し、部門を越えたディスカッションを行い、多様な価値観・考え方を共有し、社会的な期待・要請に対応できる心構え・意識を醸成していく。
また、トラブルや事故、問題が起きやすい領域では、定期的な研修・教育を行うことが大切である。継続的な点検の反復で、従業員に対して深く理解・納得させていくことだ。このような作業を組織的な取り組みとして繰り返すことによって、コンプライアンスの内容を周知徹底することができる。
5)内部通報制度の構築
内部通報によって、社内的な「自浄作用」を発揮する
2006年6月「公益通報者保護法」が施行され、内部告発に対する法的な保護が認められるようになった。その結果、内部統制システムの一環として、内部通報制度を整備することが一般的になっている。日本経団連の「企業行動憲章実効の手引き」でも、通常の指揮命令系統から独立した内部通報制度を整備・活用して、企業行動の改善につなげることを促している。通常の業務ラインとは別に、重要な情報が現場から経営層に伝わるルートを整備し、相談者の権利保護などに配慮するように求めている。
内部通報制度を効果的に運用するには、いくつかのポイントがある。第一に、通報の対象をどの程度にするのか問題だが、現場に混乱をきたさないためにも、通報すべき事項と通報すべきでない事項をガイドラインで明示することだ。第二に、通報者の匿名性を守ること。内部通報を受ける側の関係者に厳しい秘密保持義務を負わせ、その管理を厳正に行うことが不可欠だ。第三に、外部組織の活用。人間関係が遮断された外部組織の方が安心して通報できるからだ。第四に、匿名の通報も受け付けて、調査の対象にすること。事実、重要な問題が匿名で通報されることも少なくないからだ。なお、通報者に対しては、調査結果をフィードバックする努力が求められる。会社としての対応を知らせることは、その内部通報が外部への内部告発に発展することを防止するためにも不可欠である。何より、内部通報制度をうまく機能させることによって、社内的な「自浄作用」を発揮することになる。
今後は、内部通報制度を健全に機能させるため、政府などが設けている「民事事業者向けガイドライン」などを参考に、内部通報制度に関する社内規程を整備し、コンプライアンスに関する研修でも内部通報制度の意義に触れ、十分に理解してもらう必要がある。
6)苦情対応窓口の設置と対応
誠意を持って、公正・公平に対応する
コンプライアンスを推進していくためには、社外からの企業に対する苦情や相談の窓口、あるいは不正に関する通報窓口を用意することである。窓口に持ち込まれたさまざまな問題やトラブルを適切に解決することによって、企業における自浄作用が働き、コンプライアンス経営が実現できるからだ。その点からも、自社内部からの内部通報制度とは別に、外部からの苦情対応窓口を設置し、トラブル対応の体制を整備する必要がある。
外部からの苦情対応窓口での対応については、相手の立場を考え、電話だけでなく、eメールや文書での受け付けもできるようにしておく。また、企業イメージが直接問われる場となるので、丁寧な対応であることはもちろん、公正・公平をモットーに、事案に応じた適切な対応が求められる。きちんとした社内ルールやガイドラインを策定し、問題情報、解決方法などを共有し、公平な対応ができるようにすることが肝心だ。
7)第三者委員会の活用
経営陣から独立した外部の視点で徹底検証する
第三者委員会とは、不祥事が起きた際に直接の利害関係を持たない中立的な立場である第三者の有識者などが、不祥事の事実関係や原因などを調査する委員会のことである。近年では、重大な不祥事が起きた場合には、経営陣から独立した外部の目で徹底検証する必要性から、適切な第三者委員会を速やかに立ち上げることが求められている。
第三者委員会の構成メンバーは、企業法務に詳しい弁護士や公認会計士などから選任されることが多い。しかし、調査対象の企業から依頼される関係もあり、調査や報告内容に手心を加える危険性が指摘されている。そこで、第三者委員会の実効性を確保するために、客観的に独立性が認められる外部有識者から起用する必要がある。
ただ、第三者委員会を設けないで、社内調査委員会での対応が適切であるケースや、その中間的な委員会に委ねることも少なくない。いずれを選択すべきかは、相互の利害得失(独立性、客観性、透明性、スピード対応、コスト面など)を考慮して、適切に判断することである。