2. 社宅の歴史とニーズの移り変わり

今も人材確保のために一定の役割を果たす社宅
バブル崩壊以降、企業の経費削減、福利厚生の見直しなどによって、社宅は一貫して統廃合が進みつつある。しかし、上場またはそれに準ずる企業の80%以上が今も社有社宅、または借り上げ社宅のいずれかを導入しており、従業員側のニーズは引き続き強いものがある。また、単身者向けの社宅を、今後増やしていきたいという企業も10%近くあり、新卒採用などを有利に進めたいと考える企業では、大きな武器として考えていることがうかがえる。(※データは2007年10月~11月に行われた労務行政研究所の調査をもとにしたもの)
本章では、主に福利厚生という漠然とした枠組みで考えられてきた社宅が、人材確保などの企業戦略を支える制度になりつつある歴史を概観してみよう。
社宅の目的の変化

高度成長期に代表される終身雇用の時代には、社宅は「福利厚生」の中心だったと言える。大量の労働力を確保するためには、地方から都市部に人々を移動させる必要があったが、企業が住宅を提供することでそれが可能になった側面も大きい。当時は、都市部を中心に地価が上がり続けていた時代でもあった。「住宅費が安いこと」は従業員にとって大きな魅力であり、生活水準の向上がそのままロイヤルティーやモチベーションの向上につながっていたと言える。
ところが、近年では企業に余力がなくなり、福利厚生を見直すケースが増えている。社宅に関しても、どうしてもそれが必要な人だけに提供しようという考え方が主流になってきた。つまり、「転勤対応」を中心に、人材確保などの企業戦略とリンクした形で社宅制度が考えられるようになってきたのである。優秀な新卒を採用するために、若年者を対象とした単身者向け社宅を強化しようとする動きもこの考え方がベースになっていると言える。
従来 | 近年 | |
時代背景 | 終身雇用 | 経費削減 |
---|---|---|
トレンド | ロイヤルティー向上 | 企業戦略の意識 |
社宅の主目的の変化 | 福利厚生 | 転勤対応・採用 |
社宅の形態の変化
かつて社宅と言えば、大手企業が保有する、いわゆる団地のような「社有社宅」のイメージが強かった。こうした社有社宅が多くつくられた当時の会計制度は、購入時の土地・建物の価格がそのまま帳簿上に残る方式であり、社宅を保有すると、それが資産となる財務上のメリットもあった。また、いったん所有した社有社宅は、経費が維持・管理費ぐらいしかかからないので、一般の賃貸相場に比べて格安で従業員に提供することができた。
しかし、近年では社宅の主な目的が転勤対応などへと変化してきたことで、より機動的な運用が可能な「借り上げ社宅」へのシフトが進んでいる。この背景には、2005年に減損会計が導入され、資産価値の下がった社有物件は、時価を帳簿上で明らかにしなくてはならなくなったこともあるだろう。そのため、老朽化して含み損を抱えた社有社宅を売却し、借り上げ社宅に切り替える企業が多くなっているのだ。
従来 | 近年 | |
考え方 | 資産としての社宅 | 機動性重視 |
---|---|---|
所有形態の変化 | 社有社宅 | 借り上げ社宅 |
従業員の意識の変化

近年、社宅の統廃合を進めている企業が増えている理由として、見逃せないのが従業員の意識の変化だろう。
福利厚生としての社宅が当然だった時代には、やはり「安い住宅費」という経済的なメリットを第一に求める人が多かった。社宅に入居することで増えた可処分所得を、子供の教育費などにあてたいという要望が強かったのだ。また、企業との関係も、終身雇用を前提とした家族主義が一般的だったため、企業の用意してくれた住宅に住み、近所は同じ会社の人ばかりといった環境でも、できるだけ適応しようとする人が多かった。
だが、近年はこの意識が大きく変わってきている。端的にいえば、企業と一定の距離を置きたいという意識が強くなったのだ。近所が同じ会社の人ばかりという状況や画一的な間取り、退職と同時に住居も失うといったリスクを嫌い、「心の安らぎ」や「個人の嗜好」を重視したいという傾向が強まっている。少子化によって子供にかかる費用が減っていることも影響しているだろう。
こうした近年のトレンドに対応しやすいのは、社有社宅よりも、立地や間取りなどが、個人で借りる賃貸住宅に比較的近い借り上げ社宅ということになるだろう。
従来 | 近年 | |
企業と従業員の関係 | 家族主義 | 個人主義 |
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優先事項 | 安い住宅費 | 心の安らぎ・個人の嗜好 |
中心になる社宅 | 社有社宅 | 借り上げ社宅 |