会合レポート

『日本の人事部』人事エグゼクティブ定期会合(日本の人事リーダー会)第3回
人事部長が担うキャリア支援

花田光世氏 慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス一般財団法人SFCフォーラム代表理事/ 慶應義塾大学キャリアリソースラボ/慶應義塾大学名誉教授
2015.7.13 掲載

慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス一般財団法人SFCフォーラム代表理事/慶應義塾大学キャリアリソースラボ/慶應義塾大学 花田 光世氏

日本を代表する企業の人事担当役員・人事部長(人事リーダー)の方々限定の会として、2014年に発足した「日本の人事リーダー会」。第3回目となる今回は、慶應義塾大学名誉教授の花田光世氏を講師として招いた。テーマは「人事部長が担うキャリア支援」。現在の日本企業の人事部門には、経営と連動して戦略的に人的資産としての人材を活用することが求められているが、そのためには社員個人の「キャリア自律」を支援することが不可欠だと花田氏は語る。それでは、人事リーダーはキャリア支援をどのように考え、どんなことを実践していけばいいのか――。花田氏の講演(問題提起・解説)と、人事リーダー同士によるディスカッションの二部構成で考えた。

プロフィール

花田 光世氏 慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス一般財団法人SFCフォーラム代表理事/ 慶應義塾大学キャリアリソースラボ/慶應義塾大学

慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス一般財団法人SFCフォーラム代表理事/慶應義塾大学キャリアリソースラボ/慶應義塾大学 花田 光世氏

(はなだ みつよ)南カリフォルニア大学Ph.D.-Distinction(組織社会学)。企業組織、とりわけ人事・教育・キャリア問題研究の第一人者。産業組織心理学会理事、人材育成学会副会長をはじめとする公的な活動に加えて、民間企業の社外取締役、報酬委員会などの活動にも従事。経済産業省、厚生労働省の人材開発・キャリアの領域の研究会などに座長・委員として幅広く従事。「人事制度における競争原理の実態」で、第一回組織学会論文賞を受賞。主な著書に『働く居場所の作り方』(日本経済新聞出版社)『新ヒューマンキャピタル経営』(日経BP社)、主な論文に「人事制度における競争原理の実態」(組織科学)、「グローバル戦略を支える人事システムの展開法(上・下)」「コア人材の機能と条件」(以上「ダイヤモンド ハーバード・ビジネス」)などがある。American Sociological Review,Administrative Science Quarterlyといった海外の学術誌や国内の学会誌、人事分野の専門誌などに300本を越す論文があり、最近は、キャリア自律の推進、キャリアアドバイザーの育成などの活動に精力的に取り組んでいる。

問題提起(1)労働者の自己責任による職業能力開発が求められる

まずは、花田氏が近年のキャリア自律、キャリア開発の動向について解説し、問題提起を行った。花田氏は最近の政策の中で人事部門に影響を与える重要な法案として、「職業能力開発促進法」の改正案を挙げた。そのポイントは基本理念。「労働者は職業能力設計を行い、その職業生活設計に即して、自発的な職業能力の開発及び向上に努めるものとすること」とある。今までは、労働者の能力開発は組織の責任の下、組織が対応してきた。しかし、これからはそれに加えて、労働者が自らの自己責任で、能力開発に努めることが必要になったのだ。

「これは大きなインパクトのあることです。人材の流動化を前提とし、個々人のキャリアが技術、仕事、組織などのそれぞれの局面でダイナミックに大きく変化していく社会では、個人の責任を全面に押し出していかざるを得ないからです。従来の労働行政の中でも、雇用の安定を中心とする、組織視点から見た長期安定雇用の考えとは異なるロジックから成立している考えです」と花田氏は指摘する。

それに伴って、事業者の責任も重くなっている。「事業主が必要に応じて講ずる措置として、労働者が自ら職業能力の開発および向上に関する目標を定めることを容易にするために、業務の遂行に必要な技能等の事項に関し、キャリアコンサルティングの機会の確保その他の援助を行うことを追加すること」と定めているからだ。

「この職業能力開発促進法の改正案に先立って、快適職場におけるハード面、ソフト面の対応に関する行政側からの新しい動きが出てきていました。平成4年に労働安全衛生法が改正され、事業者が取るべき措置として、まずハード面である職場の快適化が推進されました。それがここに来て、職場環境というソフト面の重要性が求められるようになっています」

ソフト面については、「キャリア形成・人材育成」「人間関係」「仕事の裁量性」「処遇」「社会とのつながり」「休暇・福利厚生」「労働負荷」が挙げられているが、その中でも重要なのは、「キャリア形成・人材育成」「人間関係」だ。

「ハード面の快適化は〈働きやすさ〉で、ソフト面は〈働きがい〉と言えます。つまり、働きやすさに加え、働きがいにまで事業者の責任が求められるようになってきたわけです。ハード面が主だったこれまでの快適性と比べると、事業者に求められる職場の快適性は、従来のものとはかなり異なるものになります。ここ2~3年の間、個の支援に向けたさまざまな取り組みが行われてきた中で私が一番重視するのは、平成26年3月18日に厚生労働大臣が、個人主導のキャリア形成支援を大きく謳ったことです。今までのジョブカードの見直しを行う一方で、キャリアコンサルタント(以下、CC)を10万人養成するという計画を発表しました。国は企業に対してCCの活用を要請したり、ハローワークをはじめとする、官民の転職支援や仕事探しの支援業務にCCの資格保有を求めてきたりしているのです。このCCが企業の中で行う活動は、個人の支援に他なりません。経営者の視点から見た組織的な対応に加えて、個人へのサポートをしっかりと行うことが強く求められているのです」

GDPの変化に合わせて、日本企業の人事のパラダイムは大きく変遷してきたと花田氏は語る。例えば、1950年代~60年代前半は「労務・人事管理」の時代、1960年代後半~70年代前半は「人材開発」の時代、1970年代半ば~80年代半ばが「人的資源管理」の時代、1980年代半ば~90年頃が「人的資源開発」の時代、1990年頃~2005年頃が「人的資産管」理の時代、そして2005年~現在が「人的資産開発」の時代といった人事の大きな流れを解説し、いま人事のパラダイムとしても個が主体的に自己の資産価値を拡大・開発する時代に入ってきていると提起した。

「日本企業の人事が最も海外から注目されたのは1984年~88年くらいの人的資源管理の時代で、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』とも言われていました。人的資源管理とは、資源価値のある人材を長期に渡ってしっかりと育成し、活用できるところまで成長させ、組織に貢献してもらうことです。ただ当時は、人材の底上げが求められていた時代であり、必ずしもトータルな仕組みとして完成されていたわけではありませんでした。人事としては、個別の機能がそれぞれ一人歩きしていた時代と言えるでしょう。ところが、バブル経済の崩壊で大きくGDPが落ち込んだ時、なりふり構わない成果主義が広がっていきました。その結果、人的資源よりも人的資産を重視するようになりました。つまり、直近で力を発揮してくれる人材を重視する、という流れになっていったのです。

人的資源管理の時代と人的資産管理の時代で最も異なるのは、プロセスの評価の取り扱いであると花田氏は語る。「人的資源のパラダイムでは、他者への貢献、他部門への貢献、成長に向けて汗をかくといったプロセスが評価されたが、人的資産管理のパラダイムでは、プロセスよりも結果を重視する評価の仕組みが優先されるようになっていったのです」

つまり、人的資源管理では、プロセスにコミットすることを大切にする人事の仕組みを構築していたのだ。ところが人的資産管理の時代になると、結果をベースにして回していこうという動きが出てきた。しかし、これだけでは組織がうまく回らないので、当然、プロセスも見ていこうとする流れが出てくるようになり、人的資産管理から人的資産開発というパラダイム変化のもと、この成果や成長につながるプロセスの再評価が動き始めた。ところが、2008年のリーマンショックの影響もあり、プロセスも含めて、総合的な観点から人的資産を見ることがなかなかできていないのが実状における問題だと花田氏は指摘する。

セッションの様子 Photo

問題提起(2)キャリア自律に向けた人事の変化

現在、人材育成において個の自律が注目されているが、これも、人的資産管理から人的資産開発の時代に移っていく中で起きている出来事である。ではキャリア自律に向けて、人事はどう対応していけばいいのか。これが花田氏の2番目の問題提起である。

近年、人事部門の縮小という話題がよく取り上げられる。従来の日本企業では一人の人事担当者が担当する社員の数が100人くらいであったのが、最近は200人くらいと大幅に増えてしまっている。一方で人事担当者の仕事が制度構築や企画立案にシフトしているため、現場のプロセス情報を吸収しにくい状況になっている。個への支援が求められているものの、経営側からは人事へ圧力がかかり、経費圧縮や投資効率が求められているので、一般社員への対応に関する費用の圧縮につながっているのだ。そうした中で、多くの業務のアウトソーシング化も進んでおり、人事部門がますます業務運用の実態から遠ざかるという結果を招き、個の支援を行うキャリア自律の推進といっても、なかなかそれを行える状況にないと花田氏は指摘する。

「キャリア自律、ダイバーシティ開発、福利厚生・健康管理の進化が求められる現在、人事部門がいかにうまくこれらの問題を調整できるか、また、現場を元気にできるかが問われています。しかし、それができる人事パーソンは少ないように思います。問題が重層化、複雑化しているのに対して、人事パーソンの削減が進行してしまっているからです」と、花田氏は人事部門に対して警鐘を鳴らす。

それは、いま人事を直撃している課題を見ても明らかだ。2025年には団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となり、四人に一人が75歳以上という超高齢化社会が到来する。このシニア問題にどう対応していけばいいのか。

「おそらく2025年には、年金の開始が遅れます。60歳で定年後、1年ごとに雇用契約するのではなく、2025年の65歳完全定年制の導入に伴い、70歳あたりまでの雇用を企業は国から要請されることになると考えます。つまり、企業は70歳になった高齢者がぶら下がらないで前向きに働ける仕組みを、これから10年間で作っていかなくてはいけないのです。60歳になってからの対応ではうまくいきません。もっと早い段階から、遅くとも50歳までには準備をしなくてはなりません。つまり、ポストオフの対象予定者の50歳前後の人たちを対象とした、直近の問題なのです」

組織が持続的に成長していくためには、「いま成果や業績を上げた」という短期的なことではなく、例えば、新規事業に対する対応や努力をどの程度評価するかといった、人事の仕組み、組織風土を持っているかも課題になる。また、経営を取り巻く競争環境が激化している中、現状を改革して新しい価値観を創り出し、それに従業員を巻き込んでいく次世代経営者の育成も大きな課題だ。

問題提起(3)組織の視点から、個の視点に立った支援へ

いま、人事が取り組まなければならない課題は、その他にも数多く存在している。今のやり方の延長で、成果主義の効率をさらに高める仕組みをコンサルティング会社の汎用パッケージをベースとした仕組みとして作っていくようなことは人事として採用すべきではないと、花田氏は言う。

「もっと普通の人の持つダイナミズムを醸成し、そこから組織の活性化に結び付けていく。そういった個々の企業のDNAや風土に根差した人材開発の仕組みを作ることが、これからの人事には求められます。また、次世代経営者育成では、多様なパイプラインを用意していくことが重要です」と、これからは個の視点に立った多様な支援の必要性を花田氏は訴える。これが第3番目の問題提起だ。

「今後、企業における人材開発の役割は二分化していくのではないでしょうか。組織の視点からの人材開発と、個の視点に立って一人ひとりのライフキャリア支援に近い立場からのキャリア開発です。すなわち、『人事本部の人材開発』という位置づけと、『キャリア開発本部によるキャリア自律』の位置づけに二分化していくように思います。人事本部から独立したキャリア開発本部が個の視点に立ったキャリア支援を行うことによって、企業と人材を成長させていくことになるのです」

花田氏によると、従来の「人事本部と人材開発本部」の関係性が、「人事本部とキャリア開発本部」という関係性へと徐々に変化し、それぞれが独立して機能するということになるという。従来のCDP、階層別研修、職能別研修などの業務は人材開発部門に集約され、人事と近い立場となる。一方、キャリア開発、ライフキャリア支援、キャリア自律、ダイバーシティ開発、福利厚生型キャリア開発、節目研修などの業務は、キャリア開発本部が対応する。つまり、学ぶこと、成長すること、チャンスを拡大するようなことの位置づけや意味が、人事本部とキャリア開発本部とでは異なってくるのだ。

人事本部的対応 キャリア開発本部的対応
  • 情報を把握し、統制する
  • 使用者、事業者側の立場に立った管理・運営
  • リスク管理などを想定した警察権
  • 社員一人ひとりが自律する支援
  • その自律度を支援し、把握する運用
  • 自律度を組織の活性化につなげる運用策

「これまでは、労務や人事、教育・研修、福利厚生など各部門が、その機能・役割に応じたサービスを提供してきました。しかし今後は、個に対する “コンシェルジェ”的な対応が求められるのではないでしょうか。各部門が似たようなサービスを行っている場合は、部門調整が必要となります。そうした点をどのように作り込んでいくかが、これからのキャリア開発本部の重要な仕事になると思います。その中で特に重要なのが、CHO(チーフヒューマンリソースオフィサー:最高人事責任者)などに匹敵する“CCO(チーフキャリアオフィサー:最高キャリア責任者)”の存在です。個の視点に立ったサポートを徹底して行うことのできる責任者(執行役員クラス)をCCOとして別途任用して、組織の中で位置付けるのです。イメージとしては、IBMにおけるダイバーシティ担当オフィサー。傘下にスタッフを多く持つわけではないけれど、組織内に位置付けられた部署を持ち、個の視点に立って組織に働きかける、オンブズパーソンのような役割です。社内の各部門に対して、個の視点からの提言や勧告などを行う、幅広い権限を持った立場の人です」

花田光世氏 Photo

問題提起(4)キャリア自律が人事の中核に

現時点では、キャリア自律をベースとした人事制度、序列の構築などができていない。しかし今後は、キャリア自律に向けた個への支援が、人事の役割の中核となっていくだろう。日常の現場では個がキャリア自律を実践することが要請されると同時に、個々人が当事者意識を持ったキャリア自律の推進が展開される。そのためのサポートは重要であり、人事との協働関係がこれからますます必要となる。これが4番目の問題提起だ。

「キャリアコンサルタントを置いてはいるけれど、人事とは別の組織としているケースが多いようです。もちろん守秘義務の問題はありますが、人事と距離を置くことはキャリア自律の進展ではマイナスに働きます。仕事を通じた能力開発を、組織の活性化にいかにつなげていくかが大事なわけで、そのためにどんな工夫をするのかが、人事に問われています」

花田氏は、キャリア自律を支援する風土・インフラ・仕組み・制度で大切な事を以下のように整理する。

キャリア自律・ダイバーシティを
重視する風土
  • 経営者の意識
  • 管理者の意識
  • 組織・部門が大切にするポジティブアクション
  • 一人ひとりの従業員の働き方の意識
キャリア自律を支援する
運用インフラ
  • キャリアアドバイザー
  • メンター
  • 管理者のコーチ的役割、パワーコーディネーター的役割
  • EAPの活動支援者
キャリア自律が育ち、育む開発の仕組み
  • キャリアデザインワークショップ
  • キャリアステージ研修
  • ライフステージ研修
  • 人間力・ 360度フィードバック
  • キャリア健診
キャリア自律の受け皿となる
組織・人事の制度
  • 社内応募・公募・社内FA
  • 自己申告・キャリア面談
  • キャリアトラックの明示・プロフェッショナルレベルの確立
  • OJD、コミュニティ活動
  • コンピタンシー・スキルマトリックス

「ここで強調したいのは、従来の人事がライフステージとキャリアステージを、職制、職位、資格、等級など組織の視点で同期・統合してきたということです。それが現実には崩壊していることが問題です。そしてこれから先は、ますます同期化していくことが難しくなると思われます」

これからは自分自身のライフスタイル、自律的なキャリア作りを、個人の視点で同期化していくことが個人に求められ、個々人がそれに対応せざるを得なくなるわけだが、その職業生活設計の目標づくりを個人が求められ、またその支援を行うことが組織の責任ともなり、それが冒頭に述べた、職業能力開発促進法で事業者に求められている内容でもある。

「ただし、これを行うことは今の人事には難しいでしょう。もちろん、できるなら人事が行うべきです。できない場合は、個の支援を行えるようなメカニズムを、組織の中に作ることを考えなければなりません」

問題提起(5)職務と仕事の違いとは?

現在、多くの企業で職務をベースとした人事制度の改編が進展している。しかし、日常的な仕事の場面では、技術の陳腐化、M&Aの進展、アウトソーシングなどによって、短期間に拠り所とする職務が変わっていく。一方で、職務を超えた非定形対応の仕事の進め方がますます要請されている。そのような状況では、職務をベースとした人事の仕組みを避けた方がいい、というのが花田氏の考え方だ。「果たして、欧米のグローバル企業で行われている職務をベースとした仕組みで変化を切り拓いたり、想定外の課題に対処したり、非定型業務に対応したりすることが可能でしょうか? そうではなく、職務から仕事への転換が必要だと考えます」。これが花田氏の5番目の問題提起だ。

職務は、組織から与えられた活動役割(業務タスク)であり、活動を実践するのはマストであって、マニュアル、職務記述書で管理されている。一方、仕事は個人が能動的に行う活動役割のことである。創意工夫、働きがいなどは、こうした個人の能動的な活動により、与えられた職務・業務が仕事に変化してこそ可能になる。仕事では、こうした自分らしさの発揮が重要な視点となる、と花田氏は強調する。

「職務分析による職務では、定型的業務の先に、難易度の高い非定形業務、判断企画業務が出てきます。では、こうした業務を担当する人材をどのように育ててきたかと言うと、その職務以外の職務を担当させて、対応力を付けさせてきました。OJTや定期的なローテーションなどによって、多様な職務や職場を経験させ、非定形業務、判断企画業務ができる人材を育成してきました。しかし、いま多くの人事が行おうとしているのは、それとは異なるロジックです。少なくとも、現場における普通の社員に対しては、標準化された仕事をベースとした職務中心主義で、人と組織を回そうとしています。非定形業務、判断企画業務は可視化できず、また、KPI化もできないからです。しかし、これではできる仕事の範囲・レベルが限られてしまいます。普通の社員であれば、仕事とはマニュアル通りに進めるものではなく、それを通じて学ぶものです。人は仕事を通じて成長・変化し、チャンスをつかみ、自分の可能性を開いていきます。一人ひとりの可能性は、職務のように、限定されてものではないと考えます。今後、ダイバーシティが進む中で、自分の持ち味を活かし、創意・工夫していくことがますます求められます。そういった仕組みを、人事が作っていけないものでしょうか」

花田光世氏 Photo

問題提起(6)入社後3年間の直属上司の総合的支援

少し古い調査だが、「わが国産業組織における大卒新入社員のキャリア発達過程:その継時的分析」(『組織行動研究』)という研究論文がある。その中で何が証明されたかと言うと、最初の上司からの3年間の評価とその間のきめ細かい総合的な現場指導が、キャリア形成(本人の成長)に大きな影響を与えるということだ。特に、良好・密接な関係にある信頼できる上司からの指導は重要であり、逆に、それがなければ仕事に対して強い幻滅感を覚えることになる。ちなみに、入社時試験に評価された〈潜在能力〉は業績評価に影響するが、人事考課への影響は弱く、〈仕事への満足〉〈組織コミットメント〉など、主観的な認知には影響を与えていないという。これが6番目の問題提起だ。

「いま新人教育の中で、何が行われているのでしょうか。職務中心主義の教え方で教育が行われ、、多くはマニュアルや職務記述志向によるミニマム標準の把握で終わっています。マニュアル対応のスキルや知識の獲得で、果たしてこれからの激しく変化する環境に対応できるでしょうか。しかも最近の新人は、最も簡単に答えを出せる、解決策を学びたがり、それを先輩や上司が教えてくれることを期待もします。これから求められる状況対応の力は、単にスキルや知識のマニュアル対応を超えています。だからこそ、働く作法・マナー、仕事に対する責任や意欲、働くことに対する自分の価値観との整合性などを、個の視点に立った形で叩き込むことが重要なのです。これができるのは、3~5年先輩のトレーナではなく、直属の上司に他なりません。新人が育つかどうかは、スキルの伝承を超えた、最初の3年間の直属の上司との深い関係性が重要なのです。ところが実際には、トレーナー制度によるトレーナーの育成という名目で、新人の成長チャンスが疎外されています」

グループディスカッション&まとめ「働く個人を元気にするための支援」

以上、花田氏からの問題提起と解説が行われた後、第二部は以下のような視点から各テーブルでグループディスカッションが行われた。

  • ・個人の総合力をどのように組織としてとらえ、人事として活用していくか
  • ・個を支援するリーダーの役割の重要性をベースに、上司支援ができているか
  • ・個々人の長いライフキャリアに向けた支援のあり方として、次世代経営者の育成などに関する問題提起をどう考えるか
  • ・結果だけでなく、プロセス貢献などをもっと評価の軸に据えるべきという問題提起をどう考えるか

花田氏は各テーブルからの意見と質問に答えていった後、最後に総括として以下のようなまとめの言葉を語った。

「これからは、組織の一人ひとりの個人が元気になるための支援が重要になると思います。では、〈元気〉とはいったいどういう状態なのでしょうか? 例えば、WHOの『健康の定義』によると、『健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも精神的にも、そして社会的にも、完全に(十分に)満たされた状態にあることをいう』とありますが、これはおかしいと思います。そもそも、完全に満たされた状態などを想定すること自体が無意味です。私たちはだれもが悩みや不安を持っています。その悩みや不安を完全に解消することなど、とてもできません。完全に解消された状態が元気や健康ではなく、むしろ、悩みや不安を抱えていたとしても、前向きに一歩を踏み出す気力が重要なのではないでしょうか。私はそれを元気と捉えます。だからこそ、そのことに対する支援がとても大事なのです。自分らしい生き方、キャリアのあり方を目指して、自分なりに一所懸命、毎日を生きているか。こういったことにもっと軸を置くようなモノの見方を、人事はするべきだと思います。働く人の元気に向けた意識付けを行い、一人ひとりの可能性をもっと引き出すことが、人事にはできます。一人ひとりが元気になり、組織が活性化していくことによって、組織の持続的な成長が実現できるのではないでしょうか」