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キーパーソンが語る“人と組織”

改革の痛みの先に見えたものとは
200年続く老舗を超人気企業に生まれ変わらせた
社長と社員による「全員参加経営」への挑戦

株式会社船橋屋 代表取締役社長

渡辺雅司さん

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株式会社船橋屋 代表取締役社長 渡辺雅司さん

「元祖くず餅」で知られる「船橋屋」は、参詣客で賑わう江戸の名所「亀戸天神」参道に本店を構えて200年余り。老舗として伝統を守り続ける一方で、旧態から脱却するため、若手社員を中心とした「組織活性化プロジェクト」などのさまざまな改革を断行し、注目を集めています。新卒採用では1万6000人を超える学生がエントリーするなど、近年は人気が急上昇。このように活力があふれ、魅力のある組織は、どのようにして生まれたのでしょうか。八代目当主である代表取締役社長・渡辺雅司さんに、具体的な取り組みについてうかがいました。

Profile

わたなべ・まさし●1964年生まれ。立教大学経済学部卒業後、大手都市銀行に入行。融資業務やディーリング業務などに携わった後、モノづくりへの思いから1993年、家業「船橋屋」に入社。2008年に八代目当主として代表取締役に就任し、老舗の組織改革を進める。新卒採用では1万6000人を超えるエントリーを獲得するなど、若い世代も注目する企業へと大きく成長させた。

「老舗」を継いだものの、銀行員時代に培った経営手法には限界が

 渡辺さんのこれまでのキャリアについてお聞かせください。

1986年に大学を卒業した後、銀行に入行しました。最初に配属された日比谷支店では融資を担当。1988年に市場営業部で債権トレーダーの仕事に就いた後、1991年から銀座支店で営業を担当しました。銀行員時代はバブル経済の始まりから終わりの時期だったので、浮かれ、そして沈んでいく会社の様子を目の当たりにしました。企業経営の根幹(本質)は、このころに学んだように思います。

「船橋屋」に入社したのは1993年です。銀行を辞めて家業を継ごうと考えたのには、いくつか理由がありました。銀行では、世の中の情勢に合わせてその都度、方針が変わります。バブル経済の真っただ中、融資をどんどん進めていったかと思うと、総量規制が始まると一転して貸し剥がしに方向転嫁することなどは日常茶飯事。企業にとってお金とは、人間で言うと血液に当たる存在です。それを司る銀行がこんな状態でいいのか、という疑問が芽生え、仕事に価値を見いだせなくなっていました。

そんなとき、「船橋屋」の六代目である祖父が倒れ、余命1年と宣告されました。祖父と七代目の父は二人とも養子でしたが、自分は長男として家業に携わることができる。200年以上続く家業のモノ作りに対する信念、そして日本の大多数を占める中小企業の力を強くすることへのチャレンジなど、いろいろな思いを持って八代目を継ぐことを決意しました。

ただ実際に家業を継いでみると、大変な状況にあることがわかりました。職人気質が跋扈(ばっこ)するまさにタテ型組織だったんです。もちろん職人が昔ながらの製法を守ってくれたからこそ、現在の「船橋屋」があるのは事実。しかし、職場には改善しなくてはならない問題が山積していました。例えば、仕事が終わったら夕方から酒盛りが始まり、土日は場外馬券場通い。身なりは自由でけんかも多く、正直、職場風紀が良いとは言えませんでした。

当時はいろいろと問題があっても、下町の小さな会社なら、銀行員時代に培ったやり方で楽に回せると考えていました。経営者にとってもっとも大切な仕事は利益を上げることであり、飽くなき利潤の追求が経営の目的だと。期間収益を上げることが企業価値を高めることにつながるとかたくなに信じ、徹底して実践していました。

200年の伝統を守って作られる船橋屋名物のくず餅。
発酵食品としても注目され、人気は高まるばかりだ。

最初に行ったのは、その考え方に反対する抵抗勢力を一掃すること。当時の職場は「職人絶対主義」でしたが、同時に成長期でもあり、黙っていても売上が上がる時代でした。普通に仕事をしていれば、給料は自然と上がっていくので、ぬるま湯につかっている状態の人たちがたくさんいたわけです。銀行員時代とはまったく違う「世界観」の中、経営者と社員が対立する構図でした。

店の業績は、ずっと好調が続いていました。当社は昭和26年に株式会社となりましたが、これまで一期の赤字もありません。ひとえに商品が良かったからですが、そのために納入業者にも問題が生じていました。数十年以上、長い取り引きのある業者はあぐらをかき、適正価格とはいえないものを納入していたんです。そうした取り引きには、すべてメスを入れていきました。結果、現在も取り引きのある業者は1~2社ほどに絞られ、先代から残っている社員は3~4人程度となりました。このように最初の10年間は、徹底して大ナタを振るいました。

当然のごとく、私の周囲は敵だらけの状態。また、効率良い経営を目指そうとルールやしくみで社内をがんじがらめにしたためか、自分だけでなく、社員も幸せそうではありませんでした。PDCAを回しても皆の顔には元気がなく、やらされ感が職場に充満していたんです。銀行では、稼ぐ人材こそが正義。そのことに疑問を持って私は退職したはずなのに、実際に自分が経営側に立つと、同じことを社員に強いていました。会社をシステマチックに回し、キャッシュフロー経営が大事だと盲目的に思っていたからです。この状況を何とか解決していかなければならないと考え、社内の状況を分析すると同時に、いろいろな研修に出て経営のあり方を学びました。また、外部からコンサルタントを招き、改革を進めていった結果、現在の形に至ったわけです。

ISO取得、新卒採用から始まった社内改革への取り組み

 具体的には、どのように改革を進めていったのでしょうか。

最初に手を付けたのが、属人的な仕事内容の「見える化」。具体的には、ISO(品質管理)の取得です。当時、和菓子メーカーでISOを取得している会社はなかったので、私としてもチャレンジのしがいがありました。品質管理のしくみを一から作り上げようと、社内に向けてISO取得宣言をしたわけですが、職人からは「良い製品を作って売れているのだから、特に品質管理をしなくてもいいのでは」と反論されました。しかし、ISOの取得に向けて動かなければ、「職人絶対主義」から脱却できません。嫌がる職人をパソコンの画面に向かわせ、自分の仕事を一つひとつISOの仕様に従って、書き出すよう命じました。そして約1年かけて、「船橋屋」の品質管理のルールができ上がりました。属人的な仕事が見える化されたことによって、全員で品質管理の進め方を共有することができたんです。思えば、これが社内改革に向けた第一歩でした。

同時に、定期新卒採用を始めました。改革を進めていくには、私と同じ「志」を持った人材が不可欠だからです。当社には、「くずもちイズム」という経営理念があります。「くじけない心意気」「ずっと磨き続ける自慢の商品」「もっと良いを実現する経営体質」「ちからを強く今ここに全力投球する人財」の頭文字を取って「くずもち」です。これに共感し、実践できる人材を採用することで、人材の底上げを目指しました。

実際、新しい人材が入ってくるにしたがって、組織の体質が徐々に変わっていきました。それまでは中途採用で職人を採用したり、地方から集団就職してきた人材を住み込みで採用したりしていましたが、すべて大卒者に切り替え、新しい血を導入したんです。すると、新卒で入社した社員が過半数を占めるようになったころには、以前の職人気質の組織風土とは大きく異なる、チャレンジ精神のあふれた会社へと変革していました。

さらに、社内組織の改革にも着手しました。それまでの部門制では、いやおうなく年長者が部門長を務めることになり、考え方のフレームが自分の枠内に収まってしまいがちでした。これから新しいことに積極的にチャレンジし、風通しの良い会社組織にしていくには、タテ軸ではなく、ヨコ軸で走るプロジェクトチームを立ち上げる必要があったからです。

プロジェクトマネジメント

誰もが自らの意思で参加できるプロジェクトチームは
部門を横断した「ヨコ型」体制。風通しのよい組織の
活性化を実現している。

 具体的なプロジェクトの取り組み内容について、お聞かせください。

まずプロジェクトチームにおいては、アメーバ経営の考え方をベースに、職位や勤続年数に関係なく、社員が自らの意思で主体的に考え、行動するプロジェクトマネジメント体制を確立しました。プロジェクトリーダーも、若手・中堅・幹部社員など、役職やキャリアに関係なく就任します。最初にスタートさせたのが、先ほどのISO取得を目指した「品質管理(ISO)プロジェクト)(2001年~)で、それに続いて「衛生管理プロジェクト」(2003年~)、「組織活性化プロジェクト」(2007年~)を順次スタートさせ、現在も継続中です。

プロジェクトの中でも、現在の「船橋屋」を形づくる根幹となっているのが「組織活性化プロジェクト」です。社員がのびのびと仕事に取り組むことで成長できるよう、職場環境の改善や社員のモチベーションアップ策を提案・実施する、というものです。全社員が管理されて動くのではなく、自律型人材を目指し、自分の意思で創意工夫を積み重ねながら仕事に取り組む。また、それを通じて自己の能力を高めていく組織を作り上げていくことを目的としています。

「中期経営計画プロジェクト」は2012年からスタートしましたが、来年度にはまた新しいプロジェクトが始まります。この中期経営計画も、銀行に提出するような形式のものと、社内用のものと、2種類を作成しています。何が違うのかと言うと、社内向けのものは社員が理解しやすいように、漫画で作っています。例えば「3年後の姿」を描くにしても、視覚でわかるように表現し、これを全員が携帯します。このようなプロジェクトを社員が一から立ち上げるようになり、社内の雰囲気は大きく変わりました。

その他にもいくつかプロジェクトを立ち上げましたが、それらは現在、実際の業務へと移行しています。私はこのようなヨコ軸展開の成否が、会社経営を大きく左右していくと考えています。これも、定期新卒採用を進め、同じ「志」を持つ人材を採用してきたからこそ、実現可能になったことです。


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